中編
「お、お早うっっ! 愛…」
仕事に行く為、怠い体を起こし、スーツに着替える。軽く口紅を塗り、部屋の戸を開けると、目の前では、体を固くした圭吾が突っ立っていた。で、上記の様な挨拶をするワケだが、愛は其れを無視し、リビングへと向う。
シュン…という効果音が合う位に圭吾は肩を落とし、悲しそうな顔で愛を見る。
「…何? 」
「何で、僕の事を無視するワケ? 僕、何かした? 」
別に、彼自身が何か遣ったとかでは無い。どちらかというと、愛の心の問題なワケで。だが、愛は其れを認めるのが何だか嫌で、つい「昨日、傘持って来なかったじゃない」と言った。
「……ん、そうだよね…。じゃあ、何すれば、許してもらえる? 」
無垢な瞳でそう言われ、愛は戸惑った。そう。此れは罰なのだ。だが、何の罰を与えれば好いのか、分らない。今迄は、そんな感情、芽生えた事等無いのに…。
「愛…? 」
「………水族館」
「え? 」
「水族館、一緒に行ってくれたら、許してあげる。勿論、二人だけで」
言った後に後悔した。此れじゃあ、デートに誘ってる様なものである。愛は照れて、そっぽを向いた。答えなんて、決まってる。あの彼女に裏切る様な行為等、しない筈だ。だから、断る。そう思っていた。…が、
「そんな事で好いの? 」
と、あっさり承諾。愛は肩を竦め、溜息を洩らした。
リビングでは、既に料理が置かれていた。今日は、白米にワカメと豆腐の味噌汁、ほうれん草の御浸しの、和食レパートリーらしい。
椅子に腰を下ろすと、手を合わせ御決まりの言葉を言い、食事に有り付く。
視線を感じた。隣では、ジッと涎を垂らしながら、此方を見る圭吾の姿があった。愛は「あげないわよ」と釘を刺すと、再び食事をとる。
「圭ちゃん、御腹空いたの? 」
「あ…ハイ。実は、昨日の夜から、何も食べて無くて…」
ハハッと笑って誤魔化してる様だが、御腹は正直で、グゥッと鳴る。
「ウチで食べていく? こんなのだけど…」
「好いんですか? じゃあ、御言葉に甘えちゃって…。有難う御座います、おばさん」
圭吾の目の前に料理が置かれたのと擦れ違いに、愛は食べ終った皿を流し台に持っていく。ポケットに入ってる携帯電話を取出し、仕事場に電話を掛け、今日は仕事を休むと言うと、上司に「明日から来なくて好い」と言われ、切られてしまった。
「……クビ…まぁ、好いか。明日から、また、仕事探さなきゃなぁ」
前向きに捉える事が出来るのは、多分、圭吾と今から水族館に行けるからだと思う。愛は、ニヤける顔を何時もの仏頂面に戻し、リビングへと戻る。
「食べ終ったら、支度して」
「何? 二人とも、何処か出掛けるの? 」
流石親といった処か。そーゆう事に素早く反応して、ニヤニヤした顔で此方を見る母を一睨みした後、「分った? 」と圭吾を促すと、圭吾は食べ終った皿を流し台へ持っていく。
「あのさ…今日、行くの? 」
リビングに戻ってきた圭吾の表情は暗く、
「……僕、今日ちょっと、用事があって…」
そう言うと手を合わせ、ゴメンと、何度も謝る圭吾に腹が立った。愛は思わず、圭吾の頬を殴った。
「愛、止めなさい」
母が窘めてるのも聞かず、愛は何度も圭吾を殴った。自分を抑えられない己が何だか惨めで、そして何より、抵抗しない圭吾に、更にイラつく。
「…ゴメンね…ゴメン、愛」
圭吾は足早に部屋を後にした。戸が閉まるまで、彼の背を見詰め、固められた拳を床に叩き付ける。
「何がゴメンよッ! 私は…、私は…、そんな言葉欲しくない! 」
そして、声を嗄らして泣いた。
続く
後書き
もう少し続きます…。
初出【2011年3月16日】




