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第63話 一時帰宅

 フリッツから順調に研修を教わること三日。モーズがラボに入所してから七日目の朝。彼は入所してから初めての休暇と、一時帰宅許可を得ていた。

 以前勤めていた感染病棟にはフリーデンに頼んで退職届け(あと騒動を起こしてしまった詫びの手紙)を手配して貰ったが、無人となっている賃貸アパートの自室は放置状態。契約更新が来る前に引き払わなければ。

 モーズは寄宿舎の自室で最低限の荷物を鞄に詰め込み、廊下に出た。


「お、準備できたかモーズ」

「あぁ、待たせてしまったな」


 その廊下には港まで見送るつもりだというフリーデンが待っていて、二人は一緒にエントランスに向かう。


「万が一、感染者と遭遇した時の為にもウミヘビ連れて行った方がいいぞ〜。そうでなくとも強盗とかひったくりとか、世の中物騒だしなぁ」

「一時帰宅するだけだというのに、仰々しいのでは? まぁ引っ越し作業をするんだ。人手は欲しい、か」

「それにニコチンが昨日の夜、やっと目を醒ましたって話だ。ちょっとネグラを覗いてから行っても」

「よし、行こう」


 フリーデンの情報を聞き終える前に迷うことなくネグラに向かうモーズ。その後をフリーデンも慌てて追う。

 行き先は勿論、医務室だ。


「あ゙ぁ゙? 何しに来たんだお前ぇ」


 五日ぶりにベッドから起き上がったニコチンは、入院服(寝巻き)を着たまま窓辺で早速タバコを吸っていた。

 ニコチンの他にベッドを使用している者はいないものの、相変わらずである。


「病み上がりの身体にタバコは毒では? まして君は昨日まで中毒症状だったのだし」

「人間の基準に当て嵌めんじゃねぇよ。俺にとっちゃ喫煙が健康の秘訣だっての」


 アセトアルデヒドの予想よりも一日長く眠っていたニコチンだが、目視で確認出来る範囲とは言え身体に異常はなさそうで、モーズはほっと胸を撫で下ろす。


「この後、私は一時帰宅するのだが、手土産は何がいいだろうか?」

「あ゙ぁ゙? 何で俺にそんなこと訊くンだよ」

「見舞いと、礼だな。君が城の地下で奮闘してくてたから、私は生きて帰る事が出来た」

「それが仕事なだけだ。見舞いだの礼だの何だの、いちいち鬱陶しいぞ」

「それでも何か、渡したい。私の心の整理をつける為と思ってくれ」


 モーズの頼みにニコチンは肩をすくめ、げんなりとしている。


「どうでもいいんだが? なら俺よりアセトを唸らせる酒でも買ってこい」

「そうか。了解した」


 この手土産が快気祝いになりますように、とモーズは心の中で願いながら、ニコチンに別れを告げ医務室の多床室を後にした。

 そしてフリーデンの姿がない事に気付いた。確か廊下で待っていてくれた筈なのだが。


「フリーデン? 一体どこに……」


 その時、廊下の曲がり角から話し声が聞こえた。フリーデンと、塩素(クロール)の声だ。


「約束してくださいよ先生! 次の遠征は絶対、絶対俺を連れて行ってください!」

「だからぁ、約束出来ねぇよ。てか俺はお前を連れ歩く気はない」

「どうしてですか! あんな中毒に陥るような、自己管理の出来ない反抗的なヤニカスと違って、俺は必ずやお役に立ちます! 俺はただフリーデン先生の隣で、特等席で、貴方が()()()()()()()()()()()()様が見たいのです! それこそが俺の唯一のねが」

「クロール」


 普段の陽気な声からは考えられない、冷え切ったフリーデンの声。


「あんまり騒ぐと、その口縫うぞ」


 次いで聞こえたのは、平和主義な彼から発せられたとは思えない程に、物騒な台詞。

 今までの印象とかけ離れたフリーデンの一面を垣間見て、モーズは声をかけるにかけられなくなってしまった。


「……ええ、ええ。気を付けます。今日は貴方のその声が聞けただけで、満足すると致しましょう」


 しかしそんなフリーデンを見たクロールは、嬉しそうな様子で去っていく。去り際にモーズとすれ違ったが、視界に入らなかったようで上機嫌な顔のままだった。


「ええと、フリーデン?」


 それからモーズが恐る恐る廊下の角に立つフリーデンに声をかけてみると、


「おっ! モーズ、もう見舞いいいのか?」


 普段と何ら変わりのない陽気な声で返事を返してくれた。ただクロールと話をしていた事に言及はない。


(個人的な事だ、彼が話す気がないのならば触れない方がいいだろう)


 そう判断したモーズは何も訊かないまま、フリーデンと共に病棟の出入り口へ向かう。


「おや、おはようございます先生!」


 そして病棟の出入り口で、花束を抱えたセレンと鉢合わせした。


「モーズ先生も先輩のお見舞いですか?」

「あぁ。今終わってな。丁度いい、セレン。もしこの後、予定がなければ一時帰宅に付き合って欲しいのだが、可能だろうか?」

「よいのですか!?」


 モーズの誘いを受けたセレンはパァッと抱えた花束に負けないほどの満開の笑みを浮かべて、飛び上がらんばかりにはしゃぐ。


「是非是非! お供させてくださいっ!」

「ありがとう。では私は港で待っている」

「いいえ、いいえ! このまま行きますっ」

「え、その花束どうすんの?」

「研修医を体験した時に花束は人間の見舞いの定番品、と学習して用意してみたのですが、先輩は興味ないでしょうからフリーデンさんに差し上げますっ!」

「お、おう。ありがとう?」


 押し付けられる形で花束を渡されたフリーデンは、困惑しながらも受け取った。

 綺麗な黄色い花が集められた花束で、香りもよい。セレンのセンスの高さと、人の真似事の上手さが光る逸品だ。


「私がお側に居る限り、モーズ先生にかすり傷一つ付けさせませんからね。悪漢が来ようともミサイルが飛んでこようとも守ってみせます!」

「意気込みが凄いな。ただ帰るだけというか、引越しの手配をするだけなんだ。その作業を君に少し手伝って貰いたいだけで、そう力まずとも……」

「そうですか? しかしモーズ先生は帰国先で指名手配されているのですから、用心するに越したことはないですよっ!」

「……。えっ」


 セレンが言った言葉を飲み込めず、モーズはたっぷり一分間、その場で固まったのだった。

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