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毒素擬人化小説《ウミヘビのスープ》 〜十の賢者と百の猛毒が、バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 ……これは治療薬に至るまでの、長い道のりを記した物語である  作者: 天海二色
第十九章 狂信者のカタリ

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第388話 揺さぶり

「ラボからの反応が全くないですね」

「いっそ不気味なレベルだな」


 フランスの都心、アパートの一室にて。

 壁に大きく映し出されたアレキサンドライトのニュース映像を背に、ルチルとラリマーはタブレットを覗き込み最新の世界ニュース一覧をチェックしていた。

 だが求めているオフィウクス・ラボ関連のニュースは一切流れてこない。オフィウクス・ラボの情報を掲載しているホームページへリンクしてみても、これまで発表してきた論文を無機質に掲載されているだけで、何も変わり映えがない。

 通常、デマを流されたら即座に声明をし、印象の低下や混乱を避けるよう努めるものだが、清々しい程に動きがない。


「いい案だと思ったのですが、ここまで反応がないというのは……。下手に騒がず、無視を決め込んだのでしょうかね?」

「俺としてはそれでもいいと考えているぞ。奴はメディアに映る度に、ウミヘビを悪魔だと広げる事が出来るのだから。ウミヘビは自然の理に反して造られた背徳者、この機にさっさと絶滅させてしまえ」


 ラリマーはそう言ってタブレットから離れ、ベッドに腰を下ろす。

 ウミヘビは秘匿された存在とはいえ、ここ最近は特殊学会への付き添い、イギリス感染病棟の調査、日本への旅行、ギリシャでの廃教会での戦闘と、菌床処分以外にも島外を出歩く機会が増えていた。

 それに伴い民間人の目に留まる機会も増え、悪魔と称されるウミヘビの存在を認識もじわじわと浸透していく事だろう。


「ワタクシはウミヘビの立場もラボの評判もどうでもいいのですが……。モーズ先生から相変わらず返事がこない方が心配ですね」

「お前それでも御使いか?」


 『珊瑚』の天敵であるウミヘビもラボもさして関心がないルチルに、ラリマーは両腕を組んで呆れ返る。

 今まで処分対象として見られた事がないからか、妙に呑気だ。


「それにしても。モーズ先生としてメディアや信徒に持て囃されているからか、何だか調子に乗っておりますねぇ。『ガーネット』」


 ルチルはラリマーの苦言を右から左へ聞き流し、壁に大写しされているアレキサンドライト――本来の洗礼名『ガーネット』へ視線を向けた。

 アレキサンドライトの皮を被った、真っ赤な偽物。ただしそれを知っているのはルチルやラリマーといった御使い(※ステージ6)だけで、末端の信徒は彼を司祭と信じ込んでいる。中でも幼い子供達は無邪気に、心から慕っている。

 他人の功績であろうと羨望の的となるのは、気分が良くなるものだ。


「心配しているのか? ならば忠告の一つや二つ、伝えてやればいい」

「いえ心配はしておりませんが」

「……そうか」

鶏血(けいけつ)脚本(シナリオ)で今の立場を得ている事を忘れ、ボロを出すかもしれないのが少し不安なだけです。モーズ先生と連絡がつくまでは、頑張って頂きたいものですねぇ」


 その後はどうでもいい、とでも言わんばかりのルチルに、ラリマーは(薄情者)と内心呟いたのだった。


 ◇


「て言うか先輩方。アレキサンドライトが誰なのか? って話はしないんですね」


 一方その頃。

 人工島アバトンにあるラボの共同研究室では、フリーデンがホログラム画像に大写しとなっているアレキサンドライトを見て、そんな素朴な疑問を口にしていた。


「奴の正体なぞ、重要ではない」


 その疑問に対し、実験台前の丸椅子に座り、自身のパソコンを操作しながらもユストゥスは断言をする。


「他人の空似、特殊メイク、整形。成りすます方法は幾らでもある。加えてステージ6は他人に化けたり、『傀儡』を作ったりと擬態に優れているようだからな。本気で正体を突き止めようと思うと非常に手間だ。また突き止めた所でやる事は変わらん。よって重要ではない」

「えっ。でもあいつがもしステージ6だった場合、めちゃくちゃ危なくないですか? 街中で菌床作られたら悲惨な事に……」


 もしもアレキサンドライトが原因で災害が起きてしまったら、とマスクの下の顔を青くするフリーデン。

 するとメディア向けに発信する情報を整理していたパウルが、「ないない」とあっさり否定してきた。


「わざわざメディアを通してペガサス教団の印象を良くしようとしているのに、菌床を展開するとかないでしょ。そんな事したら、今度こそ教団はバイオテロ組織って認識されて、解散に追い込まれるだろうし。流石にそんな馬鹿じゃないだろ」

「けど教団解散とか気にせず凶行に走る可能性も、なくないんじゃ……?」

「仮に人集めて菌床の養分にするのが本当の目的だったとしても、気にしなくていいよ。あいつ見るからに怪しいんだし、国連警察が対処しろって話」


 アレキサンドライトの捕縛はラボの管轄ではない。心配するフリーデンを他所に、パウルはきっぱりと線引きをしていた。

 そこにジョンのバイタルデータをチェックしていた筈のカールが、パウルの後ろからニョキっと現れパウルにのしかかる。そして「重い」とパウルに文句を言われながらも話に入ってきた。


「こっちは本物のモーズちゃんの事やらステージ6の見分け方やら、ちゃんと情報提供してるもんね〜。自分で対応できるっしょ! ま。俺ちゃんとしては、手ぇ貸してあげてもいいけどねぇん」

「はぁ? こんな事でいちいち駆り出される程、僕たち安くないだろ」

「だってだってぇ。国連警察ってば、未だに『警戒対象感染者』を捕まえられてないじゃない〜? ほら、スペインとアメリカで出た名前不詳の彼っ!」


 以前クスシ達が赴いた菌床に現れた、ステージ6と目される、澄んだ海に似た水色の瞳をした男。

 国連警察であるマイクが追い詰め、ウミヘビのシアンが遠方から男の腕を撃ったものの、赤い繭に身を包んだ後は消息を絶ってしまい、今日まで手掛かり一つ得られていない。


「怪しい人を捕まえるなんてぇ、国連警察の本領なのにねぇ。 力不足な〜のか〜もよ?」


 くすくすと、カールの鹿マスクの下から小さく笑う声が聞こえる。


「だ・か・ら。あんなド派手に活動しているアレキサンドライトも野放しのまんまだったら、手ぇ貸してやってもいいかなぁって! そしたら国連警察の面目丸潰れ! 居丈高もちったぁちっこくなるっしょ〜っ! それはそれで有りだと思うな〜っ、俺ちゃん!!」


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