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第13話 感染抑制施術

(あっという間に処分を為してしまうとは、凄いな。しかし《タリウム(Tl)》とは、また強い毒素のウミヘビが来たものだ)


 タリウムといえば工業用試薬に添加剤、そしてかつては殺鼠剤として扱われていた劇物。加えて、無味無臭で検知が難しい特性から数多の暗殺に使われていた歴史を持つ。故に現在流通するタリウムには着色と着味が義務化されている。


(それにしてもマスクで顔半分が隠れているというのに、目鼻立ちがはっきりしていて整った顔立ちをしているのがわかるな。セレンといいニコチンといい、もしやウミヘビの特徴だったりするのだろうか?)


 モーズが黒い青年タリウムを観察していたからか、銀白色の瞳とフェイスマスク越しに目が合う。

 その直後、腰からもう一本ダガーナイフを取り出したと同時にモーズへ向けて投擲した。


「うおっ!?」


 反射的に仰け反ったからどうにか直撃は免れたが、刃先をかすったフェイスマスクにヒビが入ってしまう。


(何て威力だ……!)


 驚愕している間にもタリウムは一瞬で距離を詰め、投擲を避けた拍子に後ろに倒れ込んでしまったモーズに向け、ダガーナイフを振り下ろしてくる。

 銀白日の瞳から読み取れる明確な、機械的な、一切の躊躇を感じられない作業感のあるな殺意。

 羽虫を叩き潰す時と、同じような。


『ラボにいればきっと、貴方は遠からず命を落としてしまう』


 ルチルに言われた言葉が、脳裏に過ぎる。


(……覚悟はしていたが、まさかラボに到着する前に命を散らす事になってしまうとは)


 タリウムの動きはあまりに速すぎる。これは避けられない。だからか逆に、全てがスローモーションに感じた。


 ――待っているよ


 走馬灯だろうか、ふと、懐かしい人の声が耳元で聴こえた。……気がした。

 ガキッ!

 モーズに突き刺さる前に、ナイフの軌道が変わりモーズの髪をかすってゴミの残骸に突き刺さる。

 タリウムの軌道を変えさせたのは、セレンの手刀であった。


「……何で邪魔するんスか、セレンさん」


 銀白色の瞳がセレンを睨む。


「彼は処分対象ではないからですよ」

「はぁ? その人も『珊瑚』じゃないっスか」


 突き刺さったナイフを抜いて再びモーズへ刃先を向けようとするタリウムの手首を、セレンが掴んで止める。

 力が拮抗しているのか、そのまま二人は暫し硬直状態となった。


「『珊瑚』は処分。それが俺たちの役目でしょう」

「ステージ3は処分対象じゃないんですっ!」

「ステージ?」


 がしり

 その時、ニコチンがタリウムの黒衣の襟首を鷲掴みにし、ぽーいと宙へ投げ飛ばしてしまった。頭ひとつ分程の身長差があるのにも関わらず、あまりにも軽々と。

 突然の事に受け身が取れず、うつ伏せでゴミ山に落ちてしまうタリウム。するとニコチンは彼が起き上がる前にと馬乗りになってマウントを取り、駱駝固め(キャラメルクラッチ)を決めた。


「人の話を聞くときゃ大人しくしてろ、タリウム」

「いだだだだっ!」


 容赦のないプロレス技に悶え暴れるタリウムだが、ニコチンを振り解く事が出来ていない。どうやらニコチンの方が力が強いようだ。

 一瞬の間に命の危機を覚え一瞬の間にそこから脱するという、目紛しく変化した状況を飲み込めきれず、その光景を呆然と眺めていたモーズ。そんな彼の元に、フリーデンが慌てて駆け寄って来る。


「タリウムが悪いなモーズ! 怪我ないか?」

「あ、あぁ。しかしマスクが……」

「あちゃー。こりゃもう使い物になんねぇな」


 タリウムのナイフによりヒビが入ったマスクはそのまま割れ、ダメ押しと言わんばかりに髪をかすったナイフによってベルトも切れて顔から外れてしまい、もうマスクとしての機能は期待出来なかった。


「タリウムさん、謝ってっ!」

「何でスか!?」

「お前ぇが壊したからだろ。あとついでにマスクの予備あげてやれ」

「えええ」


 ニコチンから解放されたタリウムは渋々、彼らに命じられた通りモーズに頭を下げると、腰のバックポーチから黒い不織布マスクを取り出し差し出した。

 しかし彼は未だ、空いた手をナイフの柄に手を添えたままだ。


「納得いかないス。『珊瑚』は感染源で、見付け次第処分しなきゃ駄目なんじゃないスか?」

「確かにどのステージでも感染源である事には違いないが、ステージ3までは『感染抑制施術』で他者への感染を極力抑えられるんだ。完璧にとは言えないが、九割九部九厘。その上でマスクを付ければ他者感染の心配はないと言っていい」

「そうなんスか?」

「珊瑚症はインフルエンザやコロナとは異なり、完治しないからな。感染抑制施術による社会復帰を認可しなければ労働人口が激減する」


 タリウムに説明をしながら、モーズは黒い不織布マスクを付ける。珊瑚症という病が発見されてから早20年、ワクチンの研究が進み症状抑制の薬も開発された。そして点滴または注射で薬を投与する事により、寄生菌『珊瑚』を弱らせ感染抑制をする施術も生まれた。

 常識といって差し支えのない話なのだが、ウミヘビは知らないのだろうか。


「フリーデン、ウミヘビの教育環境はどうなっているんだ?」

「一応、珊瑚症について一通りの教育はしているけど、ウミヘビが接する珊瑚症って基本コールドスリープしたステージ4か処分対象のステージ5だけだからなぁ。他は関心が薄くて覚えてないのもわかるっちゃわかる」


 ぽん。

 フリーデンはタリウムの肩に手を置いた。


「まぁタリウムはラボに帰ったら再教育な」

「えええっ!?」

「人間さまに危害加えようとして廃棄(・・)されないだけ有り難いだろが。よかったなぁタリウム」

「先輩、他人の不幸で笑わないで欲しいス……!」


 にやにやと再教育宣告を笑うニコチンとそれに憤るタリウム。

 彼はセレンとニコチンに対して敬称を付けて呼んでいる辺り、若干の上下関係が垣間見える。


「しっかし、処分が完了したのはいいが、フェイスマスクがないままラボには行けないんだよなぁ。寄り道したくなかったけどこればっかりは仕方ない、買い直すか」

「私の家に予備があるが、どうだろうか? 携帯端末やパソコン、感染抑制施錠の証明書……は病棟に置いてきてしまっているな。そういえば」


 着の身着のまま警官に拘置所に拘束されて以降、私物を一切所持していない事を今思い出したモーズがハッとする。


「後で院長にラボまで郵送して頂きましょう、先生っ! 私の方で連絡入れますからっ!」

「あ、あぁ。しかし端末とパソコンはルチル医師か警官に押収されていそうで憂鬱だな……。私の書きかけの論文……」


 セレンが案を出してくれるが、パソコンらは戻って来なそうな予感がして気落ちしてしまうモーズ。

 そんな彼を気の毒に思いつつもフリーデンは「家にも病棟にも寄らない」とはっきり伝えた。


「悪いがマスクは店で買い直す。ペガサス教団や拘置所の警察にエンカウントしたくないし、ラボ入所の際は文字通り『顔』になる大事な装備だ。金なら俺が出すから、よく吟味して選んだ方がいいぞ」

「……そうか。そうだな。了解した」


 そして一向は『珊瑚』の後始末を行政に任せた後、店に向けて車を走らせたのだった。

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