第7話 ムライ・コナーの一番好きなもの
ガチャリ!
と仕掛けられる重い金属音。
ふと振り向くと、後ろで寝ていた白強化服の彼女が起きあがっていた。
そしてまたおれに筒状の危険な左腕を向けてる。
「どこへ向かおうというのだムライ・コナー。もう死ぬ覚悟はできたのか?」
と、彼女の問いにおれは両手を上げ無抵抗を示した。
「……キ、キミ……だ、大丈夫? 動けるように、なったんだ」
「質問をしているのはわたしだ。死ぬ覚悟はできたのかと訊いている」
「で、できてません」
白い強化服の彼女。いいかげん名前が知りたい。
おれはバンザイしたまま精いっぱい後ろを向く。
でも彼女の照準を合わせる手は震えていて、本領を発揮できそうにない。
おれを見つめる目が、何故かつらそうに感じた。
彼女におれは狩れない。そう直感した。
「できてないけど、わかった。できるようにがんばる。だ、だから、せめて最後に君の名を……教えてください」
「くっ、おい、ムライ・コナー! ふざけやがって」
「いや、そんなつもりじゃなくて。いつまでも『キミ』とか言うの、距離を感じるし、『おまえ』とか『YOU』とかも変じゃん? キミだけおれの名を知ってるのもフェアーじゃない。ヒトとヒト。対等に向き合おうとか、思わない?」
「……思うか。そんなこと。だいたいわたしはヒトではない。械奇族だ」
「……はっ(それはキナの言っていた……)? 何なんだそれは」
「械奇細胞によって蘇生した者。怨恨や憎悪が憑依結合した、機械生命体だ」
「……ど、どうしておれを……そのマシン回路を回収するって。何の目的で?」
「ソルバ様復活のためだ。だからおまえを狙っているのはわたしの他にも大勢いる」
「うげっ。……そ、そのバケモノが復活して、どうなるっていうんだ?」
「ほう。バケモノとは、言ってくれるな。ソルバ様を筆頭に我々は元はヒトだ。ヒトによって潰され、生み出された存在。おまえらの方こそバケモノだろう。ソルバ様の目的は全人類の支配。悪しき魂を餌として〝星団〟に捧げるのだ」
「星団とは?」
「外宇宙から迫ってくる。直に降りてくるぞ。遅かれ早かれヒトは滅びる。もう時間は残されていない」
とんでもない話を聞いた。
これは、この世の終わりかもしれない。
ジタバタしたところでおれたちは死ぬのか?
「ただ……」と彼女が言った。
「ただ?」
「おまえのマシン回路はどうやら溶け入って脳と同化しているようだ。こうして喋りながら解析してる。むしり取るのは極めて困難。おまえごと回収し、墓地に献上するしかない」
「セメタリーって……おれごと?」
「ムライよ。おまえはソルバ様の力を感じぬか? 話しているとおまえという男は少々ぬけていて豪気も野心も感じない。衝突時は力を発動したと思ったが」
そこでキナがおれのポケットから急に飛び出す。肩にのって牙を剥いた。
「キシャーーーーッ!!」
びびってのけぞる彼女。
「うわっ、なんだこいつは!」
「キャオオオオオ!!」
毛を逆立て激怒しているキナ。おれはその頭をくりくり撫でる。
「キナ、落ち着け。彼女は話せばわかる。こうして随分いろいろ話してくれた」
全然納得いかない様子のキナに、彼女はフッと息を吐き、またおれを見た。
「そうか、こいつがキナか。情報は入っていた。一石二鳥だな。……とにかく。どうだムライ。そろそろ覚悟が決まったか?」
「……は、はあ」
そのときおれの腹がキュルルルルーーッと、けたたましく鳴った。
彼女がびっくりして声を詰まらせる。すると続いて呼応するようにクゥルルルル〜〜ッと、彼女のお腹もかわいく鳴った。
見つめ合っておれはあやまる。
「ごめん。なんか腹減っちゃって」
「おいっ! そんなデカい音で驚かせるな。つられたではないか。そもそもこれはどこへ向かうつもりだったのだ?」
「あ、ああ。ドクター・プラテンのとこ。ポー先生……あのムキムキドクターね…… 先生が、キミを治せるのはドクター・プラテンしかいないって。で、連れてゆくところさ」
「……も、もうわたしのことは、よい」
「てか、今はまず」
「ん?」
「なんか食わない?」
「は?」
「そう。せめて死ぬ前に、一番好きなもの食わせてくれ」
「一番……好きなもの」
「見て。明るくなってきた。あそこに朝からやってるラーメン屋がある。この辺は港の近くで朝から市場の食堂も開いてる。奢るよ。なんか食べたいものない?」
「な、何を言い出す」
「食わなきゃ。気力も授かんないぜ」
「……うむぅ……くっ、くそっ……そ、その……ラーメンって、何なんだ?」
「スープに麺が入ってる、超美味いもんだぜ!」
「だれでも、食えるものか?」
「そうさ。いろんな味がある。箸っていうものを使うが、おれが教えてあげるよ。なんなら、フォーク使ってもいい」
彼女の手が下がった。少し穏やかな表情に変わった気がする。頬もピンクに染まった。
「……わ、わかった。じゃあ、行こうか」
「よし来た! 一時休戦だ」
* * *
木目の看板に太い筆文字で『ラーメン・コイケ』。
おれたちは車から降り、そこのガラス引き戸を開けた。
モジャモジャ髪に眼鏡の店長が待つ店。
おれは常連とまでは言えないが、仕事でも何度か立ち寄ったことがある。
ダッシュボードにあったキャップと不織布マスクで顔を隠したおれと白い強化服姿の彼女に、店長も客も普通の反応。
この辺りは実は映画のロケ地で有名で、奇抜なキャラクターの格好の客に周りは慣れている。
隅っこのテーブル席に座り、向かい合った。
「全開なら、トレース機能で完全に変身もできるが、髪ぐらいこうして……」
と、彼女は壁にあるアイドル歌手のポスターを見る。
彼女の目から放たれる青い光。するとウロコみたいなヘルメットがしなやかな頭髪に変わった。
おれは目をパチクリだ。アイドルの髪質をコピーしたのか?
「そ、その方がいいよ。素敵だ」
「バカもの。戦闘モードを軽く解いただけだ。わたしは基本戦うために存在る」
小さなモンキャットのキナには膝下でこっそりチャーシューをあげるとしよう。
ラーメンをたのんで、ツンとした彼女におれは笑いかけた。
箸の使い方はバッチリだった。
彼女のお婆ちゃんが「蕎麦」というものを作ってくれてたらしい。
ラーメンおれは味噌、彼女は塩。
ほんと美味そうに食べてくれた。
械奇族のことなど知らないが、同じように魂に響いたらしい。
おれも本気で空腹だったし、打ちつけた腰と打たれた頬の痛みもさっぱり消えるほど、ヤバいくらい美味かった。
「ムライが懇願するのがわかった。わたしの好きだった蕎麦と張りあう」
「だろう? この麺に絡むスープがたまんない。ポー先生が教えてくれた食べ物だ」
先生の好みはこうだとかここのチャーハンも評判だとか、そういうやりとりをしているうちに、彼女がぼそりと言った。
「……『ぎゅるちゃん』」
「へ?」
「祖母が、そう呼んでいた。わたしを」
「ぎゅ、るちゃん?」
「うむ。祖母がそう呼んでいた。わたしの名はギュルコ。カイジング・ギュルコ」
「……かいじん……ぐ……ギュルコ」
「な、なんだ。そんなに見つめるな」
「いい名だ。ギュルちゃん。おれもそう呼んでいい?」
「……おまえにはもう後がないからな。いいよ。勝手にしろ。それより」
「それより?」
「おかわりだ」
うんうんうなずくおれを膝下のキナが睨みつけている。
そう怒るな。食べてる時は笑おう。
店を出て、また車を走らせる。北へ千キロ。
食べたお陰でギュルちゃんはだいぶ元気が出たようだが、まだ節々が痛そう。
彼女は右手から伸ばした白い鞭をおれの腹に巻きつけている。
逃げないよ。でもキミは不調だからちゃんと治しに行こうと誘うおれ。
自分でも不思議だった。きっと今は逃げられないと覚悟したから開き直ってんだ。
警戒はしている。いつ、他の械奇族戦士=カイジングが襲ってくるか。
ダンが現れるか。
助手席の彼女は流れる景色を見ていて、しばらく黙っていた。
それにしても。おれはこの先どうなるってんだ。
おれの直感などハズれ、やっぱり彼女は冷静に任務を遂行し、おれを献上する。きっとそこで集められたマシン回路とひとつになり……ソルバになる。のか?
おれはどうなるんだ? おれの意識は。これまでの記憶。思い出は。この、助けてくれたキナとの思い出は。
消えてなくなるもの。言葉では理解できても……いや。理解できない。
死ぬってどういうことだ。
キナもどうなるんだ? 彼女も混ぜこぜに……何もかも忘れてしまうのか?
みんなどうだ? 人は自らの死に直面した最期に、何を思うのだろう。
緩やかな湾岸道路を静かに走ってる。
海が綺麗だ。輝く海がどこまでも続いてる。あの岩山の形がいい。
ギュルちゃんはこの美しさをどう感じているのだろう。
戦うために存在るだなんて、悲しすぎやしないか。
そりゃあ生存競争、闘争本能、弱肉強食、わかっちゃいるが、そのためだけに生きているなんてもったいない。
燦然と輝く海の光を見ていると、この一瞬が永遠でありますようにと願いたくなる。
彼女も、戦うことを一瞬でも忘れてほっとしてると思う。多分。
「絶景だな。ムライ」
「だろう? サンセットはさらにいいぜ」
「……おまえは、なんというか、相手が女だからとか、そんなふうに見ないんだな」
「そりゃあ……キナも嫌ったしな。男は強いなんて遺伝子に刷り込まれてるだろう? 男の方が偉いとか。なんかそんなの嫌なんだよ。おれは強くない。心が弱い。強くありたいとは思うけど」
「わたしは男が嫌いだ。男は戦争で狂う。悪魔に魂を売る。ケダモノになってなんでもする」
「ああ。極限状態に人は試される」
「……この世には理由なくただ卑劣な行為があるとドドちゃんが言った」
「ドドちゃん?」
「わたしの仲間だ。ほんとは師と仰ぐほどのお方だが、ともに旅をしてからは友だちだからそう呼んでと」
「師か。……旅は二人で?」
「ほんのしばらくな。マシン回路を狩るための旅だった。戦い方も学んだ。彼女もヒトへの復讐で蘇った械奇族。聞けばわたしと同じ境遇だった。卑劣な奴ら……そういう人種にはそもそも善悪などないのかもな。ただの肉食。そいつらは見つけ次第駆逐してきた。そういう奴らを殺してと、心でわたしらを頼るヒトもいるのだよ」
「そういう人種か。たしかに。『この世には理由もなく卑劣な行為がある』……それはヒトに潜む獣性。悪は誰の中にでも潜んでいる。簡単に隣人を殺すことができる。……大事なのはそれを自覚しているかどうか。じゃないのかな」
「……自覚……か」
「うん。もしそれをはっきりと自覚してたら、卑劣な行為に至る前に踏みとどまる。そういうことじゃないかな」
「獣性を認めるということか」
「そう。自認すること。じゃあどうしたら獣性を自覚できるようになるのか。たとえば性悪説を唱えるならば。その人を教え導けば善に目覚めるかもしれない。生まれた赤子には何もわからない。親や兄弟、社会や環境がどう教え育てるかにかかってる」
「教え……育てる。『教育』」
「うむ。教育ってそりゃあいろんな知識や観念を授けることなんだけど、他にも。それは心の中に教師を宿すこと」
「教師を……宿す?」
「ほら、いろいろ迷った時にどうしようかってなる。そんな時に胸の中の〝師〟を思い起こす。心に師が宿っているかどうか。心の師のもとに、自分自身を教え育てられるか。それが教育の真価だと、おれはそう思う。生きてれば常に道を選ばなければならない。そんな時、頼れる師がおれを見つめてる。(これが正しい道だ)と」
ギュルちゃんがじぃっとおれを見つめてる。
調子こいてしまった。真っ直ぐ話を聴いてくれる相手と感じてしまって、つい喋り過ぎたかも。
「……ごめん。次から次へと、不快だった?」
「……いや。思慮深いのだな意外と。穏やかに話すから嫌悪感はない」
「たはは。……いや、これってポー先生が教えてくれた話なんだけどね。好きな学校の先生なんて覚えてないけど、おれにとっての師はまさにそのポー先生。一番好きな先生。あの人に出会えてよかったと思ってる。キミにとってはその……ドドちゃん」
「わたしにとっての、師」
「きっと人はひとりじゃ生きられない。出会いって、ありがたいよな」
* * *
ぷはぁー! ラーメン美味かったぁ〜!
ギュルちゃんも「ラーメン、一番好きになった」って顔に書いてあるで〜! ……おれのことも……好きになって……くれないかな〜 なんちって。
次回、『ムライ・コナーの変身』
のんびり景色を眺めたいのに。
迫ってくるザワザワ感。