第6話 ダン・クリーガー
オレの名はダン・クリーガー。
オレはクアーズ医師を問い詰めた。
「オレは中央特務機関CSAのクリーガーだ。ムライ・コナーはどこへ行った? 吐け!」
「知らんと言っとるだろう! 帰れ!」
「ならばその頭に直接訊く……。……ヘッド・ストレート・トゥ・ヘルズゲート・・クリーガー」
オレの異形にクアーズは恐怖で硬直していた。
オレは力を発動し、黒く染まった両手のひらをクアーズの側頭にあてた。
「……ぅ、ぐっ、や、やめろーーっ!」
* * *
『ムライ・コナー』と名のっているリュウジ。
何故その名なのか、オレは知っている。
リュウジとは同じ村の同じ戦災孤児だった。
同い年のあいつを頼り、近所で泣いてた妹分のキナもいっしょに助け合って生き延びていた。
リュウジはどこか兄貴のように頼り甲斐があって、いつも食い物をオレたちに先に食べさせた。
自分では弱虫だと言っていてもオレたちへの優しさは自然で惜しみなかった。
何故そんなことができるのか不思議だった。
それからオレたちは裕福な大人に拾われたと思っていたが、それは兵隊を作るための事業で、オレたちは揃って洗脳された。
自己否定できる、ギリギリのところまで。
愛国心で尽くすことは誇りに思う。
母国を守ることは当たり前でおまえたちはそのために生まれてきたんだと教え込まれる。
どこまでが自分で、どこまでが国なのかわからなくなる時がある。
敵国のスパイだったリー・ベンソンも、オレと同じ立ち位置で、きっと悩んだはずだ。
中央特務機関科学技術部は、リュウジとキナとオレを任務失敗の代償として真っ先に〝マシン回路〟の実験台に使った。
被験者はオレたちの他にも兵士や受刑者など五万といたらしいが。
マシン回路とは、知る人ぞ知るバケモノ〝械奇族〟の長〝ソルバ〟の身体から作られた生体変換装置。
バケモノの超次元の力を兵器として利用するためにヒトに組み込もうという科学技術部の目論見だ。
大脳新皮質や身体の部位にマシン回路を埋め込まれた後、おそらく半分以上は拒絶反応で死んだ。
壊死、爆死、変貌したおぞましい姿にショックを受け自殺する者もいたが、オレの肉体は耐えられた。
そしてリュウジも、キナも。
当初リュウジは昏睡状態だった。
キナの姿は見えなかったが、手術は成功していると聞かされていた。
薄明かりの集中治療室。酸素マスクをつけたリュウジを、頭や腕に包帯を巻いたオレが見て回る。
「……リュウジ。おまえはオレたちのリーダーだった。ずっとおまえについてきた。オレたちが朝から腹を空かして泣くのを、おまえは山に登って木の実をとってきてくれた。オレたちが寒くて眠れない冬の夜に、おまえは藁と木枝を集めて小屋を建ててくれた。雨に打たれる日も風に吹きつけられる日も、おまえは体を張ってオレたちを守ろうとした。オレにはできないことを自然にやってのけるおまえがいつも不思議だった。おまえを見つめるキナの目も輝いていた。……おまえはいつしかオレの目標となった。おまえよりも強くなりたかった。悔しかったんだよリュウジ。男として、負けたくなかった。おまえを超えるために……だから、起きろ。ここでおまえに死なれたら、オレの心は報われない」
同じように酷い包帯姿のリュウジは動かない。
肩を掴み揺すっても耳元で呼びかけても起きなかった。
しかし十日後の深夜、病棟の強化ガラスがぶち破られた。
リュウジが脱走した。ベッドに寝ていたはずのあいつが姿を消した。
オレが眠っている隙に。キナとともに。
二人の他にも同じ病棟にいたやつら数十人も脱走した。
CSAは脱走者捕獲のために捜査網を張り巡らせた。
オレたち工作員と秘密警察の捜査官たちはマシン回路を探知する波動デテクターを手に、国中を捜し歩いた。
そのほとんどを捕まえたがリュウジとキナは見つからなかった。
それから十五年――仲間たちは〝カイジング〟と呼ばれるソルバの配下たちにマシン回路を狩られる――そしてオレはようやく、網を張っていた病院のMRIデータに怪しい影を見つけた。
そのマシン回路はすでに脳と同化していて専門の技師でも見分けがつかない。
バケモノになったオレの複眼だけが識別できる。
磁界を操作し、情報を手に入れた。
ーー《『ムライ・コナー』》ーー。
リュウジは今、そう名のっている。
調べたので知っている。その名は械奇族ソルバがヒトだった頃の本名。
もはや、あいつはソルバに支配されているということか……?
* * *
あいつを捕獲するため、高速道路を封鎖し、運転しているカーゴ車を強襲した。
リュウジの顔が変わっていた。年齢による変化でも整形でもない。あれはムライすなわちソルバの顔貌。
オレが狙いを定めるとあいつは虹色の光を発した。
いや、胸元にモンキャット=キナらしき顔が見えた。彼女の力かもしれない。
ずっと寄り添ってるはず……。
加えて気になる出現者。
ムライ・コナーの真正面に、一瞬だったが、白いボディの械奇族の女の姿を見た。
あれは何者か――おそらく、カイジング。
……それからオレは再びポー・クアーズを訪ね、今その行き先を知ったところだ。
クアーズ医師の記憶によると、ムライ=リュウジたちは『ドクター・プラテン』という科学者のもとへ向かったらしい。
それにしてもこの医師。十五年前リュウジを救ってくれたのか……。
恩に着るぞ。オレの標的を生かしてくれてな!
次回、『ムライ・コナーの一番好きなもの』
待ってろリュウジ! 必ず捕まえる!