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第18話 レッドダスト・ボウル。ギュルコのゴーストネット

「ギュルコ……ギュルちゃん。聞こえる?」


「……え? ……わたしは……ここは?」


「ここはセメタリー。ソルバ様がお目覚めになったわ」



 わたしを呼ぶその声はドドちゃん。

 カイジング・ドド。

 ソルバ様の側近であり、軍師。復活の儀の司祭役。

 かつてともに旅をした、わたしの師でもある。


「ドド……ちゃん……ムライは……?」

「……まずは状況を見て……」



挿絵(By みてみん)



 ナモン国東部山稜から押し寄せる赤い砂嵐『レッドダスト・ボウル』。

 空を覆うほど高く舞い上がる〝悲しみと憎悪の粉塵〟が吹き荒れ、村や町を襲った。

 赤い砂はヴィールスの如くヒト族の内面を食い潰してゆく。


 わたしは咽び泣くソルバ様を目の当たりにしている。

 我らカイジングの(おさ)ソルバ様はむしり取られた故郷の原野のこと、民のことを今も悲しんでいる。


 近年ヒト族の間で蔓延している『ソウルバグ・ヴィールス(魂を蝕む疫病)』は、赤い砂塵レッドダストから変異したものだ。

 それはムライ・コナーの本格的な〝覚醒〟が引き起こしたもので、ソルバ様復活の〝予兆〟でもあった。



 ドドちゃんは説明した。

「その昔、ヒトの報われない情念の粒子=ソウルバグが砂嵐の如く世界中に吹き荒れた。それはソルバ様によって撒かれたもの。ソウルバグを吸ったヒトは脳を侵され、制御された。百万のヒトがソルバ様に操られ、やがて気力を失い、最期は消えたという」


 わたしは前に聞いた話をもう一度確かめた。


「百万のヒトはどこへ消えたの?」

「〝星団〟のもとへ。星団とは我々の祖。我々の身体を構成している械奇細胞ははるか宇宙にいる星団からこの星に降り注いだものだ」

「宇宙からの……機械生命体」

「そう。それは死んだ我々の憎悪や怨念と結びつき、我々を蘇らせた。わたしもあなたと同じような目に遭い、憎しみの中で蘇った……」


 ドドちゃんは目を細め、猛り狂うレッドダストを見つめて言う。


「ソルバ様は星団に従い、ヒトの魂を〝餌〟として彼らに捧げた。彼らはいずれヒトを食らいに宇宙から降りてくる」

「……ソルバ様は一度〝キョジュウシン〟に倒され、力を封じられた。キョジュウシンとは何者です?」

「……〝巨獣神〟とは、(いにしえ)の械奇王。彼の願いはヒトと械奇族の均衡。彼はヒト族の人口減少を悲しみ、ソルバ様の暴虐と星団の侵略を許さなかった。そして今も宇宙を睨んでいる」

「睨む?」

「そう。ずっと何処かで空を見張りながらこの星を守っておられる」

「守って……おられる」

「ギュルちゃん。わたしはヒトだった頃からソルバ様に仕えていた。あの方に未来永劫忠誠を誓った。……でも正直、星団は怖い。彼らが降りてきて、わたしたちがどうなるのか。本当は怖いんだ」



 * * *



 ドドちゃんとわたしは切り立った崖の上から砂嵐を見つめている。

 獰猛な風が身の毛もよだつ声をあげ、町を襲う。

 うずくまる者、逃げ惑う者、飛ばされる者、怪我人が泣き叫ぶ。

 屋根が飛び、牛や車が舞い、作物が潰され、道路や畑や建物に赤い砂が降り積もってゆく。



 ソルバ様の姿は見えない。

 ドドちゃんと二人で呼びかけても、応えてくださらない。

 高さ十数メートルの雄々しき獅子のイメージは赤い砂嵐に包まれたままだ。



 ムライは――どうなったのだ。


 キナも。


 もう……会えないのか。



 並んで立つドドちゃんが訊く。


「……ギュルちゃん。何故、アシュリの地に?」


 わたしは砂嵐を見つめながら答えた。


「……ドドちゃんなら、全部わかってるでしょ?」


「……そう……そうね。あなた、まさかわたしを欺こうと?」


 わたしは目を閉じ、うなずいた。


「ムライに助けられて……わたしも彼を助けたくなった」


「……そう」


 苦しい沈黙だった。

 彼女はきっと、すべてお見通しだと、アシュリに向かう時から覚悟していた。

 そしてわたしは処罰されると。



「好きになったの?」

「……え?」

「ムライを」

「そ、そんな、そういうことじゃ」

「……ないのね。……うん。わかったわ」



 それ以上何も答えられず、わたしはただ眼前の砂嵐を注視し、ムライとキナを捜した。


 彼の声が頭の中で響いていた。


 ――《いや、ほんと、ふざけてないです。いつまでも『キミ』とか言うの、距離を感じるし、『おまえ』とか『YOU』とかも変じゃん? キミだけおれの名を知ってるのもフェアーじゃない。ヒトとヒト。対等に向き合おうとか、思わない?》


 《見て。明るくなってきた。あそこに朝からやってるラーメン屋がある。この辺は港の近くで朝から市場の食堂も開いてる。奢るよ。なんか食べたいものない?》


 《食わなきゃ。気力も授かんないぜ》


 《いい名だ。ギュルちゃん。おれもそう呼んでいい?》


 《ほら、いろいろ迷った時にどうしようかってなる。そんな時に胸の中の〝師〟を思い起こす。心に師が宿っているかどうか。心の師のもとに、自分自身を教え育てられるか。それが教育の真価だと、おれはそう思う。生きてれば常に道を選ばなければならない。そんな時、頼れる師がおれを見つめてる。(これが正しい道だ)と》


 《……うーん。そうか。まあ……いずれムライもリュウジも消えるのだから》


 《そう。覚悟は決まってんだ。……怖いけど。ギュルちゃん。とにかくそれまで、キミを死守するぜ》


 《信じてんだよギュルちゃんを。……死んでも、おれも生かしてくれるって》


 《ギュルちゃん。じゃあさ、キミもそこでいっしょに暮らそう》


 《……行こう、いっしょに》――。



 しかし。やはりもう、いないのか。


 ソルバ様に侵されたムライは覚悟していると言った。


 わたしを助ける時にそう言った。


 わたしはバカだ。


 何を期待していた。


 彼は――死んだのだ。


 そしてキナも、同じように……。


 ぶるぶる震える唇を両手で覆い、必死に抑えた。

 そんなわたしの右手をとり、ドドちゃんは声をかけてくれた。


「……ギュルちゃん。わたしはあなたを妹だと思ってるわ」

「……え?」

「だから信じて、何でも言いなさい」

「ド、ドドちゃん……」

「ただ。助けたいんでしょう?」


 わたしは強くうなずいた。

 ドドちゃんはわたしの前に向き直って言う。努めて明るく。


「わたしもムライを初めて見た時正直驚愕したわ。だってわたしの知るムライ・コナー・十三世にそっくりだったの。データでは『リュウジ』としての顔だったから」

「……そうなの。彼の本当の名はリュウジ。……彼は……もう戻らないの?」


 ドドちゃんはわたしの手を強く握った。

 そして彼女は天空を見上げる。わたしも目で追った。

 紫紺の空が迫り、落ちてくる。ぐらりと、次は身体が浮き上がる感覚。

 雲が怪しく渦を巻き、舞うレッドダストと呼び合っているように思えた。


 ドドちゃんは唇を噛みしめて言った。


「ソルバ様を止めよう」

「え?!」

「我々の国を滅ぼしたこのナモン国は絶対に許せない。死んだ母国の民の悲しみをソルバ様は背負われた。そんなソルバ様をこの国の中央特務機関は散った肉片からマシン回路を造りヒトに埋め込み、それを兵器として利用しようとした。考えられない、まさに悪魔の所業だ。……しかしこの復活を機に星団が降り、ヒト族以外にもきっと被害が及ぶ。生きとし生けるものすべての『魂』を食らうだろう。それは、やはり阻止しなければ」

「……うん。我々も驕ってはならない。でも、どうやって? ソルバ様は姿も見せず、呼んでもお応えにはならない」

「キョジュウシンに頼るしかない」

「それは、いったいどこに」


 目を閉じ、また見開くドドちゃん。


「グラノアおばば様なら知っている」



 * * *

 


 空から鷹が落ち、鹿や猪が街路を暴走する。

 海が荒れ、津波が起きた。

 吠える風に紛れて誰かの呼び声が聞こえる。

 空間移動の光とともにわたしたちの前に突然現れたのは一人の『包帯男』だった。


「ドドちゃん、あれは誰?」

「……あれは、もしかしたら……ピスタ様かも」


 ドドちゃんは右膝をつき、歩み寄る包帯男を跪礼で迎える。わたしも倣って頭を垂れた。

 包帯がにゅるにゅるほどけてゆく。ぱらりと、中から顔を出したのはあのダン・クリーガーだった。

 わたしは思わず拳を握って立ち上がった。


「こ、こいつっ!」

 わたしの手をドドちゃんが掴む。

「待ってギュルちゃん。クリーガーはもうヒトに戻った。『ピスタ様』とはこちらの包帯のこと」

「……え?」

 まさかわたしの腕を治してくれた包帯――?


 それは瞬く間に猫の姿を形作り、耳を立て、三角な黒い目でこちらを睨んだ。

 クリーガーはわたしたちを怖れたのかテレポートで疲弊したのか、青ざめて力なくその場にへたり込んだ。


「……苦しゅうない。表を上げぃ」

 とピスタ様が言うからドドちゃんはニコリと笑ってみせた。

「お久しぶりでございます。ピスタ様」

「おーうおーう、ドド殿。あれから元気にやっておるようじゃな」

「はい。その節は大変お世話になりました。アシュリの地で静養して、身も心もすっかり元気になりました」


 わたしの知らないドドちゃんの過去だ。

 戦いの疲れを、あの地で癒やしたのだと言う。

 ピスタ様は言った。


「テレビを見てな。砂嵐の中、豆粒みたいなドド殿を見つけてこのサンウィッチ断崖を探し当てたんじゃ」

「そうでしたか。実を申しますとわたしもちょうどピスタ様やグラノアおばば様のことを考えておりました」

「なんと」

「おばば様は何処へお出でです?」

「ふむ〜。実は儂も捜しとるんじゃ。このダン・クリーガーという男と話してからずっと」



 ピスタ様とドドちゃんのやりとりを聴きながらわたしの亡霊網(ゴーストネット)がいち早く動いていた。

 ウロコカウル内のスクリーンに『グラノアおばば様』の位置情報が流れた。


「……あ、あの、ドドちゃん。ピスタ様。そのおばば様はコフンザンという山の頂にいらっしゃるようです」



 * * *



挿絵(By みてみん)

立ち昇る赤い砂塵=ソルバ様は宇宙の械奇星団を引き寄せる。それを睨む古の械奇王キョジュウシンに声を届けるにはグラノア様の力が必要だと言う……。


次回、『キョジュウシン出現、ギュルコの念い』

わたしの思いは、ムライに会いたい。彼のことが、キナのことも、心配でならないんだ……。

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