第17話 ダン・クリーガーの懇願
オレは『ダン・クリーガー』。
アシュリの高原に風が吹き荒んでいた。
朝靄の中、草むらに仰向けになっていたオレは目を覚まし、体を起こした。
ボロボロのアンダースーツ姿の全身をまさぐる。
あれから……どうなった?
リ、リュウジは?!
生きている。
オレは……あの狐のバケモノに……。
そうか。オレのマシン回路は抜き取られた。そう、キナが――彼女の声が聞こえた気がした。きっと、キナが助けてくれたんだ……。
キナの力によるものだろう、オレの頭には何の損傷もない。それに元のオレ、身体も心もヒトに戻された。
キナは……そしてリュウジはどこへ行ったんだ? あの狐が術を使って連れ去ったか。
あれこれ思いを巡らせふと気がつくと、目の前で白い布切れがいくつかカゲロウのように揺れていた。
これは……『包帯』か? これは……もしかしたらキナが身に着けていたものでは。
それを手に取った時、オレに声をかける何者かが現れた。
「ひっっ!」
「おお。そんなにびびんなや」
え、誰? 音もなく近づいた……おまえは、
「儂はピスタという。猫ちゃんだよーん」
「……」
「だから。猫ちゃんだよーんて。ほんとは包帯だけど」
「……(だよーん)て。お、おまえはふざけてるのか?」
「あ。いやいや、そう言った方がなごむかなーっと思って」
「というか……猫が喋るわけないだろう? ……ははん、そうか怪我をして全身包帯巻いた時に間違ってどこかにスピーカーもくるんじゃったのか! だろう?」
オレとその『包帯猫』はしばらく見つめ合う。やっぱり変な空気だった。
「だから儂は包帯猫ピスタ。このアシュリの高原に住んどる械奇族の古老じゃ」
「ま、まさか……」
「ほれ。このひらひら立って揺れとる切れ端たちは儂の体の一部。何百年ぶりの再会かのう。どこで置き忘れたのかのう」
「……ひ、ひえーーーーっ!」
ぶっ飛ぶオレをさておいて、ピスタは『切れ端たち』との再会を喜び懐かしむように戯れあい、それらはやがてピスタの体に取り込まれていった。
コホンと咳をして彼は訊いてきた。
「儂はかなり長い間寝とったのだが。これはいったい何の騒ぎだ? かなりの地響きと光ですっかり起きてしもうたわい……」
オレはここに来るまでのあれこれを時間をかけて説明した。
包帯の切れ端のことはよく知らないが、おそらくそれらはキナを守ってくれていたんだと思う。
やがて朝陽が眩しく射し、草むらで長話もなんだからと、ピスタさんは彼の家へ案内してくれた。
そこは赤い髑髏を模したポストが立つ家。てくてく歩いて軽く石段を登りながらたどり着く。
木造の誰もいない一戸建て。応接間に招かれ、ソファに座る。ピスタさんは器用にお茶を淹れてくれた。
なんとも温かいと、オレは産まれて初めて心から癒やされた。
着替えを用意してくれた。
心休まる時がなかったオレを、ピスタさんは理解してくれようとしていた。
ありがたい。
そして彼はうんうんうなずきながら本題に戻った。
「……で。『ソルバ』の復活を止めてほしい』と?」
「はい」
「そしてキミの友達『リュウジ』君と『キナ』君を助けてほしいと」
「はい。……オレはもうヒトに戻り、〝力〟を失った。こんな自分じゃどうすることもできません」
「……うむ。しかしもう。ソルバは復活してしまったよ」
「えっ?!」
「早暁東の空で闇黒の門が開いた。間に合わんかったようじゃ」
「……そ、そんな」
「厄介じゃな」
「なにか手立ては、ないのですか?」
「……ひとまず。グラノア婆に話をせんとな」
ピスタさんに連れられ、オレは家を出た。
CSAにオレのことがバレるとまずいのでピスタさんが体を貼って(張ってというか貼って)オレの顔を隠してくれた。
しかし包帯男だとかえって目立ちはしないか? それに包まれてると妙に気力が失せてゆく。
「いやあ、すまんすまん。生もの触れるとついつい儂、精気を食ってしまうんじゃよ。悪い癖じゃて」
あらためてマスクとキャップで変装して、ピスタさんの空間転移であちこち飛び回った。
『グラノア』さんは列車で旅をしてるという。
国中の列車や駅、旅人が集う町や酒場も捜した。
でもピスタさんも齢だから何度もテレポートはできない。
気が遠くなるほど歩いたりもした。
並んで歩きながらピスタさんは訊いてくる。
「……一度はそのリュウジ・・『ムライ』くんのことを恨んだりもしたんだろ? なのに」
「はい。ん……でもオレ、なんかもう暴れて久しぶりに会ったあいつに思いをブチまけて、まともに向き合って……スッキリしたんです。狐女にマシン回路を引っこ抜かれて楯突くキバも抜かれたのかもしれません。……リュウジはやはりオレらのリーダー。思いやりのある男です。リュウジである頃から、あいつの生まれ持った懐の広さにオレは興味を持っていた。あの滲み出る優しさは天性のもので、オレには授からなかったもの。あいつの行動原理は血肉から沸き上がる熱情なんだと。オレとは違う。羨んでも仕方のないものと。……いつしかあいつのことばっか意識してて。……それにあらためて、キナの気持ちもよくわかったし……」
「……そうか。彼を取り戻したい理由。よぉくわかった」
「リュウジは半分『ソルバ』に成りかけてました。あれからどうなったか、心配でならない。もう一度、彼に会いたいんです。もちろんキナにも」
* * *
とある町。コンコースの人集りが気になる。ピスタさんと行ってみる。
注目を浴びていたのはハイビジョンに流れるニュースだった。
ナモン国東部山稜で発生した『赤い砂嵐=レッドダスト・ボウル』の被害状況が伝えられる。
二十年前の悪夢が再来したとアナウンサーが言っている。
それはまさしくソルバ襲来の悲劇に他ならなかった。
ダンです。オレはマシン回路を引っこ抜かれて、荒れた心も引っこ抜かれたみたいで、とても落ち着いた気持ちでいる。この、ピスタ老師と話すことでも穏やかになれるんだ。ただ……抱っこするとやっぱり精気を吸い取られてしまうけど汗。。
次回、『レッドダスト・ボウル。ギュルコのゴーストネット』
リュウジ、キナ、どうか生きててくれ!




