第16話 ドド降臨。さらばムライ・コナー
CSA機動車両によるギュルちゃんへの銃撃を目の当たりにしながら、おれは手も足も出せずに光の球体に包まれ、アシュリの高原に押し出された。
草むらに這いつくばり拳を地に叩きつける。
「くそぉ!」
そして立ち上がると聞こえる、翅の音――振り向くとダンがもうそこに来ていた。
「おれの邪魔をするなダン!」
「リュウジ……いや、ムライ・コナーよ。キサマを捕獲する」
「頼む。ギュルちゃんを助けてくれ!」
「はあ? おい、おまえ。あの女に惚れたのか? バケモノだぞ。おれら以上の」
「うるさいっ! ……キサマ、もう容赦しない!」
おれは怒りにまかせて械奇化を遂げる。
マシン回路が起動し全身が波打ち、熱を帯びた。
青銅色の鬣と甲冑の如き皮膚。しかし雄叫びが沸き起こるも、ターコイズとの戦いのダメージが著しい。身体が鉛のように重い。
「グガァアアッ!」
「ふっはっは、終わりだムライ・コナー。オレの力を見せてやる」
黒い二本の鎌で斬りかかるダン。おれは避けきれず、左腕でまともに受けた。激痛が走る。ダンはもう片方でおれの胸を狙う。どうあがいても動けず、振り下ろされる鎌を覚悟した時、ダンは急に固まってしまう。
おれの胸元にはキナ。包帯に巻かれ、あれから回復して目を覚ましたキナがポケットから這い出て、ダンを睨んでいた。
「キシャーーーーッ!」
キナの威嚇に圧倒されるダン。
「キナ、おまえ……」
《……ダン。許さない。これ以上リュウジを攻撃すると……》
キナの激情がダンにもおれにも伝わってくる。
「キナ……」
ダンは振り上げていた鎌を下ろし、ガクリと膝をつき嗚咽した。
轟音が大地を揺らした。
町の方から光が走る。ただの地震ではない。おれは立ち上がり、うずくまるダンを尻目に下を見下ろせる場所を探した。
走って暗がりに広がる森を抜け、小高い丘を目指した。
ギュルちゃんが心配だった。CSAの砲撃をどうかわしただろうか。まさか、まさかおれは、信じない……。
下界からこちらへ伸びる閃光。眼前に人影が現れる。
たどり着いた草原の丘の上に立つそのシルエットにおれは目を見張った。それは赤いマントを翻し、二本の角を誇示している。
目を凝らすと月明かりに浮かび上がる胸元には抱きかかえられたギュルちゃんが。傷つき、焦げついた身体が見える。顔をよく見たい。
「ギュルちゃん!」
そのマントの――女性は赤く光る目で、艶めく声で訊いてきた。
「……おまえがムライ・コナーか」
「そ、そうだが、あなたは?」
「ドド」
ギュルちゃんが言っていた『ドド』か。
ともに旅をしたという彼女の『師』であり、セメタリーの司祭役。
狐を想わせるフォルムと妖艶な眼差し。醸し出すその気高いオーラにおれは固まり、息を呑んだ。
ドドはギュルちゃんを草むらに下ろし、おれに真っ直ぐ右手を伸ばした。
「マシン回路を回収する」
危険を察知したおれは地に伏した。しかしその狙う先はおれの後を追ってきたダンへ向けられたものだった。さまよい歩いてきたダンはドドからの光線を頭に食らう。
「うぐっ!」
「ダン・クリーガー。ここまでだ」
ダンの頭に組み込まれたマシン回路が抜き取られてゆく。血まみれで光に包まれ、中空をヌルリと移動しドドの右手に収まった。ダンはそのまま膝をつき、突っ伏した。
「ダン! おい、ダン、おまえ……」
おれが向かうより先にキナが胸元から飛び出し、巻かれた包帯を振りほどいてダンを介抱しに行った。急場の械奇療術。おれも急いで彼を抱きかかえる。
ドドは告げた。
「ムライよ。あとはおまえとキナだけだ。それでソルバ様は蘇る。今からおまえたちをセメタリーに連れてゆく」
「ドド……さん。彼は、ダンは助からないか?」
「……運だな。待ってやる。キナの力次第だ」
続けておれは訊いた。
「ギュルちゃんも、大丈夫なんだよな?」
「ああ。撃たれはしたがあれぐらいどうってことない。CSAの装甲車はわたしが一掃した」
ナモン国が誇るあの火力を一人で? ……おれは背筋が凍る思いがした。
ギュルちゃんの師とあって、途轍もなく強大な力を秘めている……。
「……ぅ、うう……」
ダンがうめき声をあげ、一命をとりとめた。ターコイズの時と同じように、奇動員の姿は消え、元の『ダン』に戻りつつある。
キナは潤んだ目でダンの様子を確かめ、安堵した。
しかし喜びも束の間、ドドがおれとキナの手を引きこの場を発とうとする。
「行くぞセメタリーへ。おまえたちよ」
「ま、待ってくれドドさん。ダンを、彼をこのままで置いてゆけない」
「この男にはもう用はない。命が助かったんだろ? それだけ叶えてあげたんだ。もう充分だろ」
「ドドさん!」
「うるさい!」
ドドのあり得ないほどの腕力でおれはギュルちゃんが横たわる場所まで引きずられ、キナとともに再び空間を移動させられる……。
* * *
セメタリーはナモン国東部山稜にある。
そこはソルバと〝キョジュウシン〟が戦い、ソルバが散った場所。
ヒトの肉眼では確認できなくても、械奇族にはソルバが地に伏したアウトラインが見える。おれの目にも。そこには十メートルほどの巨人の姿が浮かぶ。
その中心に位置する石碑に回収されたマシン回路=ソルバの肉片が集められた。
墓地を目の当たりにおれは身体が打ち震え、いよいよその鼓動がリアルに感じられた。
陽はまだ昇らない。
ドドは負傷したギュルちゃんを木陰で休ませた。そして天を仰ぎ、全身を金色に輝かせて械奇文を展開する。
《……この道は真っ直ぐ、地獄へと繋がっている。時空を超えた門よ、開け。来たれ、偉大なる我らが主よ。闇黒のもとに蘇れ……》
おれは闇黒の門を超え、自覚していた『ムライ・コナー』を、そして『リュウジ』のことも見失った。
黒い山々と空に咆吼が轟く。
そこに『ソルバ』が復活した。
* * *
みんな、今日までおれの話を聞いてくれてありがとな! 誰か一人でも聞いてくれてると思うと、嬉しかったよ。……じゃ、元気でな。また会おう!
次回、『ダン・クリーガーの懇願』
……てかマジで、また会おうぜ!
まだ別れじゃない。これが別れな気がしないんだ。




