第14話 ムライ・コナー、ターコイズと赤い砂塵
おれたちが乗るDMC13のマグナユニット警告灯が点き、ひとまず停車してボディを展開していたその路上に、今度は二・五メートルの巨体が現れた。
「ムライ・コナーよ。キサマを捕えに来た」
青年の顔からたちまち姿を変える、血の気の多い猛牛タイプ。
おれはスパナを置き、そいつに向かおうとするギュルちゃんを制して訊いた。
「誰だ? おまえ」
「ブル・ターコイズ。CSAの者だ」
「おれのダチ、ダンは? 元気にしてる? 今いないの?」
「生きてるさ。そのうち来るかもしれんが、奴に会う間もなくおまえは俺に捻じ伏せられる」
「やめようよ。おれたちは同じ被害者だぜ。この国に戦争の道具として作り変えられた被害者だ。漲る力を試したいっての? 馬鹿馬鹿しい」
「違う。俺は生まれながらに被害者だ。こうなるべくしてなった。だからこの『力』を利用してやるのさ」
落ち着き払ったターコイズの声は自負と豪胆さに溢れていた。
茜色の空に稲妻が走る。
《……ヘッド・ストレート・トゥ・ヘルズゲート・・ソルバ》
詠唱とともにおれのビジョンに情報が飛び交う。
まず、そこは人気の少ない古びた工業団地の一角。現状、奴は単独で来ている。
ギュルちゃんは左手を向け、告げた。
「ターコイズよ。よくぞ現れた。おまえのマシン回路を回収する」
彼は鼻で笑った。
「ちょっと待てよネーちゃん。いや、カイジング・ギュルコ。俺の邪魔をすると痛い目見るぜ」
ギュルちゃんが「ラトルブレイク」を放つと同時にターコイズは角ばった顎を大きく広げ、おぞましい咆吼を轟かせた。
「グゥオオオオーーーーッ!!」
「きゃあっ!」
音に弾かれ突き飛ばされたギュルちゃんにターコイズが突進する。
「させるかっ!」と、おれは瞬時に跳び、割って入った。ターコイズのデカい頭を胸で受け、二本の太い角を両手で掴む。
「でぇええいっ!!」掴んだ頭を軸にそのまま持ち上げ投げ飛ばすも、ターコイズは身軽に着地した。
熱い鉄の塊のような彼に、おれの身体も呼応している。
再び下顎から二本のファングセイバーを抜き取り、口も肩もプロテクトして構えた。
「ムライ。それでこそ同じソルバの化身」
「ターコイズ。戦いたくはないがギュルちゃんを攻撃するなら話は別だ。おれは彼女を守る」
「……はっ! これはどういうことだ。そいつらカイジングたちの目的はわかっている。おまえはまさか、ソルバ復活にその身を捧げるというのか?」
「ああ。そうだ。おれのマシン回路は頭ン中で溶け入って切り離せないらしい。だから身ごと行くしかねえんだ!」
思わず口に出た、おれの覚悟。
彼女を守るために、言ってしまった。
聞いていたギュルちゃんはやはり驚いている。
「……ムライ。おまえ」
「そう、そうだ。覚悟は決まってんだ。……怖いけど。ギュルちゃん。とにかくそれまで、キミを死守するぜ」
ターコイズは唾を吐き捨て言う。
「馬鹿かおまえは。おまえの力なら抵抗してそいつを封じることができるはず。何か企みがあるんだろう?」
「……何もねえよ。感情のおもむくままに突っ走ってるだけだ。ただ信じてんだよギュルちゃんを。……死んでも、おれも生かしてくれるって」
「はあ? 意味がわからん。……だが、その捨て身。俺に通じるものがある」
赤い砂塵=レッドダストがおれとターコイズを包んでゆく。
スペックは互角、勝敗は一瞬だと悟った。
おれがギュルちゃんに《廃ビルに隠れろ、キナをたのむ!》と目でサインした次の瞬間、目の前にターコイズが現れた! 激しく突き上げられるおれ。
一時脳震盪を起こしたおれはまるでリフティングされるように中空を上下する。朦朧と傷つきながらなんとか目を覚まして剣を逆手にターコイズの頭上を襲う。しかしその石頭には敵わず、剣は片方弾かれ、おれは腕を掴まれた。
「本気を出せ、ムライ!」
「うっ、わあああっ!!」
おれは三十メートルほど飛ばされ、鉄塔に叩きつけられた。
痛ぇーーっ! くっそ、反撃だ!
鉄塔の避雷針をもぎ取り、ターコイズに投げつける。奴は両掌を伸ばし、気体を圧縮した衝撃波でそれを返した。その波を剣で縫いながら襲いかかるおれ。
響く金属音と散る火花。重量級のターコイズだが動きも速く、おれの先の一手を読んでいる。ターコイズは反撃しながら言う。
「《読んでいる》って? ムライよ。俺とおまえはソルバの力を得た兄弟みたいなものだからな」
「……だな。おまえも風を操り、レッドダストを巻き上げる」
「この砂塵はソルバの象徴。深い悲しみと憎悪が具現化したもの。暗黒から巻き起こり無限の力を秘める。どうだムライ、俺と組まないか? 俺たちなら……CSAに従わずとも世界を手に入れられる」
「世界を手に? アホか!」
しばし打撃と蹴撃で攻め合いながら気流を読み、風の束を作る。ターコイズもおれの隙を見て砂塵を操る。
風の束で奴の四肢を固めると、おれは砂嵐に飲み込まれた。
「……さ、さらばだ……ターコイズよ」
「負けを認めるか? 往生際が良すぎるな。さあ、とどめだ! ムライ・コナー!」
「……おれが勝っての……別れだよ」
ターコイズが口から衝撃波を生み出そうと口を開いた瞬間、おれは砂嵐の渦と一体になり、スピンしながら奴の口に突っ込んだ――巨大な渦の鋭利な尖頭でその喉を貫いた――!!
* * *
熾烈な戦いは決着がついた。
おれたちは地に伏し、ターコイズは仰向けに。
おれの手には血塗れの金属の部品――マシン回路。ターコイズの大脳皮質から抜き取ったものだ。
奴の口から噴き出た血は逆流し、傷口も修復されてゆく。
バッファローのような角も肩の鎧も消え、元の〝ヒト〟の姿に戻ってゆく。
おれは械奇療術で限定的に彼の〝時間〟を戻した。回路を奪取してからの奇策が成功した。
ターコイズはうめき声で言う。
「……ム……ムライ……おまえ、まさか」
「……なんだ……?」
「俺を……助けたのか?」
「へっ、そんなんじゃない。……今からおまえはまた死刑囚に逆戻りだ」
「し、知っていたのか……」
「おまえのデータが、頭の中に流れてきたんだ。『ブル・ターコイズ』そうか。ちょっとした……有名人だったな」
「……ああ。そしてすぐにCSAに消される運命だ」
ターコイズは動けず、冷たいコンクリートを背に、呆然と空を見つめている。
おれも力を使い果たし、顔を上げても話すのがやっとだった。
「……ブル・ターコイズよ。それまで、殺した人たちの魂を弔うんだな」
「……ああ。わかった……」
視界には土手の片隅に咲くかすみ草。しかしゆっくりとその名のとおり霞となってぼやけてゆく。
力尽きたおれの耳元でギュルちゃんが呼んでいた。
おれには、彼女がおれのために泣いてるように聞こえた……。
泣くんじゃない、ギュルちゃん。ターコイズは倒した。行くんだ、おれを引っ張って……。おれは感じる……おれの中の《ソルバ》が暴れ出してる……。おれは侵されつつあるが、心は、キミと、まだまだ話したい……。
わからない。おれが、わからなくなってゆく……。
次回、『ムライ・コナーの中のソルバ王』
見渡せば白い蕎麦の花が辺り一面に広がる……。




