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第13話 CSAのブル・ターコイズ

 俺の名はブル・ターコイズ。

 政府の中央特務機関CSAに戦争の道具としてバケモノの力を授けられた『奇動員(マシンズ)』だ。

 静謐な闇の一室で顔を見せないCSA長官は俺に命じた。


「ターコイズ。逃亡したムライ・コナーとキナを捕えよ」と。


 かつて『リュウジ』だった男は今、『ムライ・コナー』と名のっている。

 先に出動したムライの同胞クリーガーは奴と『ギュルコ』という者に倒され、おめおめと帰還した。


 クリーガーの話ではムライは完全にソルバの力に目覚めていない。だが、その能力は計り知れないと。

 キナの力も大きい。モンキャットの姿とはいえ彼女のサポートもあるだろう。

 しかし何故、械奇族の戦士=カイジングのギュルコと組んでいるのか。

 カイジングたちの目的はおそらくソルバの復活。

 そのギュルコがムライの脳内のマシン回路を摘み出さずに行動を共にしているわけを知りたい。


 ……まさか、逃げ隠れていたムライは行き場を失い、械奇族として生きるつもりか?

 諦めてソルバにその身を捧げるというのも――考えにくい。

 奴も己の運命を呪ってるだろう。

 連れてか、連れられてか、その女カイジングとどこへ向かうのか。


 女か……。


 思えば俺も女に狂わされた。



 * * *



 俺は死刑囚だった。


 俺はナモン中部の(あお)い谷に生まれた。

 開拓者たちによって作られたレールウェイと街の缶詰工場で父親は働いていた。

 先住民族の血を引く我々を栗色髪の奴らは見下していた。

 敬意などなく、見下すのが奴らの慣習だった。


 静かな夏の夜、俺はカーリーの家を訪ねた。

 彼女とは俺が働く靴屋で知り合った。

 デザインもサイズもぴったりの靴を差し出すと、彼女は俺に笑いかけた。

 それから電話番号のメモを交換し、密かに会うようになっていた。


 二階の窓辺にカーリーのシルエットが浮かぶ。服を脱ぎ、ワンピースを着て化粧をしていた。

 藪の中からしばらく見惚れていると、彼女の父親が部屋に現れ、口論が始まった。

 ついに父親が声を荒らげ暴力を振るった時、俺はそこへ駆け上がっていた。


「なんだキサマ! 勝手に人の家に!」

「カーリーから手を離せ!」

「はあ? そうか、わかったぞ。娘をたぶらかしたのはおまえだな! わかるぞその顔。碧い谷の者だろう? よくもぬけぬけと我々に関わるものだな!」


 ベッドで泣き崩れているカーリー。

 俺は頭に血がのぼり、棚の花瓶を手にした。

 父親は叫びながら階下へ降りたが、俺は追いかけ花瓶で頭を殴り、殺した。

 そして書斎の銃を奪い、カーリーの手を取り車も奪った。



 黒いセダンの中から41口径のショットブラスターを振りかざした。

 セントブレストからウェストンベイまで、俺は目の前に立ちはだかる十人の人間を殺した。

 彼女は泣き止んでいた。

 俺たちはいつしか楽しんでいた。

 彼女の目におれへの蔑みが無かったかどうかはわからない。

 ただ、彼女は楽しみたいだけだった。


 とある酒場に立ち寄り、小便に行った隙にカーリーは男に言い寄られていた。

 汗を光らせながら現れた俺に男は首を傾げ、「おまえをテレビで見たぞ」と言う。

 俺はそいつを殴り、彼女を連れてすぐに逃げた。

 それまでうまく逃げていたつもりだったが隣り町で三台のパトカーに包囲された。


 俺たちは逮捕されても後悔はしていなかった。

 カーリーは錯乱して正気ではなくなっていた。

 陪審員は俺たちに有罪判決を下し、裁判長は彼女に懲役、俺には死刑を宣告した。

 拘置所でベッドに縛られ、一晩中俺は彼女の啜り泣きを聞いていた。


 カーリーに罪はないし、恨んでもいない。

 狂ってしまった俺が悪かったんだ。

 彼女が服役中に履くぴったりの靴を思い浮かべた。

 ぴったりの靴を履いて二人で外国へ逃げることを夢に見た。



 真夜中。電気椅子に座らせられ、死刑執行人を待つ俺に黒い皮の袋が被せられる。


 死ぬことも怖くなかった。

 俺など生きるに値しない。

 始めから死んでいたんだ。

 こうなった原因は昔から俺の中にあるとわかっていた。

 申し訳なさそうに生きていた親父の背中と、闇雲に人に怒鳴られるお袋の肩を見て、俺が生きられる世の中の辛辣さと限界を知った。

 知ってからはただ野生の血の臭いに身を委ねた。

 いつだって人を殺せる怒りを携えていた。

 みんなも本当は知っているだろう?

 誰しも秘めているはずだ。誰しも野蛮で、いとも容易く隣りの人間を殺してしまえるような恐ろしい心を持っている。


 この世の中には理由もなくただ卑劣な行為というものがある。


 食って食われての世界で、俺はもう何も感じていなかった。

 俺は元より生きていない。

 だから死にもしないと。



 ……長く冷たい暗闇で宇宙(そら)が回っていた。


 俺が想像していた血の海や針の山の地獄は遠のき、電気信号が明滅していた。





 《目が覚めたか? ブル・ターコイズ》


 俺の頭の中でしわがれた低い声の男が呼んだ。


 《君は死んではいない。……いや、正確に言えば君は一度死刑に処され、また生き返った。マシン回路によって》


 ……マ……シン回路?


 それは『ソルバ』という機械生命体から作られた生体変換装置で、俺はいわゆる〝サイボーグ〟なのだと言う。

 その男――CSA長官は言う。


 《君は組織の機動員……いや、奇怪な力を持つ『奇動員(マシンズ)』とでも呼ぼうか。君の死をも怖れぬ覚悟を、その新たな命に生かしてほしい。この国のために使ってほしい》



 頭から角の突き出たこの異形を、俺は受け入れた。

 恐れられ目を背けられることにも慣れている。

 全身すべての細胞が凄まじく稼動しているのを感じる。

 黒鉄の腕を振るい、敵地に赴き、上部の指示通り破壊工作を行った。

 そうして影で何年もCSAのため、ナモン国のために働いた。



 * * *



 ムライ・コナーとキナそしてカイジング・ギュルコはマグナビークルでとある町の工業団地付近を走っているという情報が入った。

 二人はドクター・プラテンの研究所から南東へ向かっている。その先にあるのは――墓地(セメタリー)

 なるほど、そこでソルバを復活させるというわけか。


 ソルバが〝キョジュウシン〟と戦い、死んだ場所。呪われた果てしない荒野で。



 * * *



挿絵(By みてみん)

俺とカーリーがしたことに対して、後悔なんかしていない。

少なくともしばらくの間、楽しい思いをしたのだから。

行く手を遮られ、銃で足を撃たれても、俺たち二人は走っていた。

走って風にのり、空を翔んでいた……。


次回、『ムライ・コナー、ターコイズと赤い砂塵』

待っていろムライよ。おまえの企みを暴いてやる。

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