第10話 ムライ・コナー、ドクに会う。
光で目が眩み、気づけばおれたちは雑然としたどこかの書斎に転がっていた。
まさか! ここは……ドクター・プラテンの――!
キナは空間移動をやり遂げたんだ!
彼女は……キナは……おれの胸ポケットで、丸まってる。
動かないがちゃんと息はある。がんばってくれたんだな。
ありがとう。そう、おれの胸でしばらく休んでてくれ。
じわじわと光が弱まってゆく。
背中のギュルちゃんも目を開けていた。彼女を降ろし、二人並んで見上げながら立ち上がる。
目の前にいるのは長身素っ裸の男。濡れた体で白髪を逆立たせて大きな目玉でギョロギョロ見下ろしている。
「あ、あなたが……ドクター・プラテン?」
「そ、そうだ。き、キミたち……どうやってここに入った? 虹色の光に包まれ、どこから、ど、どうやってワタシの書斎に?」
「キナが」
「キナ? その子が? ……キミはまさか、ムライくんか?」
「そうですおれはムライ。ポー先生の紹介で訪ねて来ました、ムライ・コナー です。この子はギュルコさん。キナってのはこのモンキャットで……この猿猫の、械奇術で」
「猿猫? カイ……キ術??」
「そうです……というか、ドクター!」
「な、何かね??」
「と、とりあえず、なにか服を!」
ドクター・プラテンは興奮で顔を真っ赤に鼻息が荒く、シャツを着ズボンを履き、バサッと白衣を翻し、おれたちの周りをぐるぐる見て回る。
おれとギュルちゃんは縮こまる。
「おぉおお〜〜、クアーズくんから聞いていて、想像以上の怪奇ぶりだ。その魔法も、彼女のルックスも」
ドクター・プラテンの距離が近すぎる。
「ムライくん。キミもなかなか異様だぞ。クアーズくんの筋トレ仲間か? ムキムキが過ぎる」
「あ、いやこれはその……」
ついにニオイまで嗅ぎ出したのでさすがにギュルちゃんも不快を示して言った。
「もういいだろドクター・プラテン。悪意はないのはわかるが。わたしたちも突然現れて申し訳なかった。……わたしの腕、治せるか?」
ひび割れ、前腕から動かなくなった左腕を見せるギュルちゃん。
ドクター・プラテンはギュルちゃんを見ておれを見て目をパチクリさせながらダチョウのようにうなずいた。
「……もしかしたら……できるかも」
「え?!」おれも詰め寄る。
「ドクター・プラテン。ギュルちゃんは腕だけでなくあちこち痛めてる。全部診てほしい」
「どうぞ『ドク』と呼んでくれ。ワタシは医者ではないが、たしかにここはワタシのジャンルかもしれない」
「ほんとですか?」
「ただし」
「ただし? 何です、ドク!」
「ワタシにそのカイキ術の原理を教えていただきたい」
* * *
械奇術は個別のキーワードによって磁界を制御し、限定的に風や火、気候を操ることができる。反重力場を作り、浮遊も可能。時空移動=次元転移は究極の奥義と言えるーーというのがギュルちゃんの説明だった。
ソファに座ってるおれたち。ドクは書斎の椅子で、ギュルちゃんの話を聴き入っている。
「ニュートンもアインシュタインもびっくりだわな。ギュルコさん。それはその、つまり……キミたち種族はある意味『磁場の端末』。そう考えていいのかな?」
おれは意味がわからなかったが、ギュルちゃんには通じたようだ。おれはしばらく黙って聞いていた。
ギュルちゃんは言った。
「うむ。磁場と繋がっている端末か。そうとも言える。機械生命体である械奇族特有の芸当。しかし我々は元々ヒトだ。一度死に、憎悪や怨念が憑依結合して生まれた細胞からできている。力はすでに備わっていた。その原理など聞かれても、わたしにも説明できない」
「……その起源とはどこにあるのだろうな」
「さぁ、わからない」
「……かつての資源=石油の争奪から世界は核戦争に発展し、ヒトも何もかも滅びたはずだった。だが僅かに残ったヒトが新たな文明を築いた。枯渇することのない無限の重力エネルギーの活用でな」
「……それでも争いは起きる」
「ん?」
「誰にでもどこの国にでも等しく資源が行き渡れば、争いなど起きないはずなのに」
「ふむ。……そこは生物である以上、種を保存しようとする以上、それは宿命。仕方のないことなのかもしれん」
寂しく諭すドクに、ギュルちゃんは悲しみを隠せず、右手で顔を覆った。
少し間をおいてドクは言った。
「というか、ギュルコさん。『機械生命体』か。その、是非、唾液を貰えんかね? い、いやいや、変な趣味ではなく顕微鏡で調べるんじゃよ」
研究室へ移動し、綿棒でギュルちゃんの唾液を採取する。
細胞を調べた結果、「やはりそうであったか」とドクは感極まる。おれは訊いた。
「どうなんですかドク」
「うむ。これは彼も打ち震えるだろう」
「彼? え、他に誰かいらっしゃるんですか?」
「包帯くんさ。まあ、後でゆっくり紹介しよう」
ほ、『包帯くん』?
えっ、ミイラ男の実験でもやってんのか? うええー気持ち悪ぃ……。
……積み置かれた機材や部品、書物を掻き分けるように入ってゆくと、そこには無数の計器とチューブと配線が伸びる機械の塊、そして真ん中に丸っこいビークルが鎮座していた。
「これが次元転移装置とワタシの愛車〝スーパーマグナビークルDMC13〟である!」
まるでとっ散らかったガレージみたいな研究室で誇らしげに両手を広げるドクはどこか偉大だった。しかし彼はさらに奥の暗い部屋を案内する。
仄かなランプ灯りがドクの陰影を際立たせる。顔がかなり怖い。歩きながらドクが言う。
「……ナモン神話にある現代ヒト族の創造神〝オルガ〟はキミたち械奇族の存在に脅威を感じただろうな」
ドクの話にギュルちゃんが首を傾げる。
「創造神オルガ?」
「神さまのことさ。その術で重力エネルギーを狂わせるなとお怒りに……。ふふん。想像のお話だよ」
階段を降りてゆく。先は地下牢か?
狭く真っ暗になってドクの背中で前がふさがれて後に続くおれとギュルちゃんはいよいよ震え出した時、その鉄の扉が開かれた。
広がる、光の楽園。え? そこは……まるで別世界。
「どうだ? 驚いたろう?」ドクが振り向いて笑ってる。
「な、何ですかこれ、えっ、どこ? ここは」
「タイムトリップしたかと思ったかね? ハハッ、残念。それは永遠のテーマだ。ここはワタシが作った包帯くんの楽園、棲み家さ」
一見、緑に囲まれた南国。
白い砂、茂る木々。小さな木造小屋と木影。
どこまでも続くジャングル、海と空と雲は実は壁に描かれた絵で、温かく棲みやすく設定された広めのリビングだった。
おれはドクに訊ねた。
「……ここに『包帯くん』が?」
「そう。プラテン家代々のお友だち。機械生命体の彼が住んでいる」
立ちすくむおれとギュルちゃん。
ドクが軽快に小屋の方を指差すと、そよぐ風のように小さな人型の包帯……いや、包帯の切れ端が人の形を作りながらこちらへ向かってくる。顔はなく、ぎこちなく、崩れては形を作って。どこかご機嫌そうに歩くところはドクに似てると思った。
「ドク、あれが」
「包帯くん。……いろんな形になろうとする。ワタシを真似たりもするがうまくいかないんだ。でもごらん、ギュルコさんの方に近寄ってる。きっと仲間だと感じてるんだ」
固まっているギュルちゃんの目の前に立つと、包帯くんはまた分解し、ギュルちゃんの左腕から肩や太腿にまで貼りついていった。
「包帯くんはどうやらご主人を捜しているようでな。彼女がご主人かはわからないが、おそらく同じ械奇族に出会えて嬉しいのかも」
驚愕して一度青ざめたギュルちゃんだったが、徐々に血色が良くなってきた。
包帯が光を帯び、彼女の目も赤く光る。まさに共鳴している。
「ギュルちゃん……」
「癒される……割れた腕が修復されてゆく……身体に力も」
そして彼女は鋭い眼光をおれに投げた。
右手を差し出してる。握手か、よしきた! と思いきや、伸びてくる鞭。おれの右手をニュルニュルと縛った。
「え?」
「行くぞムライ。早く。おまえを墓地へ連れてゆく」
「ちょ、ちょっと待ってよ、え?!」
ギュルちゃんは振り向きドクに左腕を構えて言った。
「ドクター・プラテン。受け入れてもらったことに感謝する。もう一つ頼みたい。どうか、あの上のマグナビークルを貸してほしい。目的を終えたら必ず返す。だから抵抗せず、言うことに従ってくれ」
奇妙奇天烈ドク・プラテンに圧倒されながらもギュルちゃんは包帯パワーで元気になった。でもやっぱり彼女はおれをセメタリーへ連れて行こうとする。
次回、『ムライ・コナーのファングセイバー』
外は地鳴りで穏やかじゃない。また新たな敵が来る予感が……。




