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パッカー車の襲撃  作者: 比留間大五郎
4/5

パッカー車の襲撃 その4 国会占拠

 総合指揮所では、大石警備一課長の周りを総監、副総監、刑事部長、警備部長、公安部長などVIPが囲んでいた。

 総監が、「この旨は国会に連絡したのか」と言う。

 副総監が、「今、連絡を取っているところです」と答える。

 公安部長が、「本会議は中断して議員たちは避難した方がいいのでは」と言う。

 総監が、「どこへ避難するのかね、防空壕でもあれば別だが」

警備部長が大石に尋ねる。

「この金田と言う男は何者だ」

「警察庁入庁が同期というだけで特に親しかったわけでもありませんが、入庁後5年くらいしたら警察庁を辞めていました」

「その後は」

「さて、わかりません」

 公安部長が、

「この男は、警視庁に恨みでもあるのかな」と言う。

 総監が、

「大石君、最悪の場合は奥多摩分所の所長には犠牲になってもらう、責任は私が取る」と言うと、各部長も覚悟ができたようだ。しかし、大石警備一課長は、幸運を願おうと、心の中で思った。


 大石は、ばあちゃん子で育った。父母は共に医者で、二人で診療所を切り盛りしていた。青森の片田舎の診療所は、なくてはならぬ存在だった。だから、ばあちゃんといる時間が長かった。

 ばあちゃんのおまじない、万事休すとなったら、このおまじないを唱えればいいよ。「ドキドキしたら、開けゴマ、ドキドキしたら、開けゴマ」

これを心の中で繰り返すんだよ、そうすれば何とかなるもんだよ。

 このおまじないは、東大の入試でも使わせてもらったし、警察署長のときも、難事件があるたびに使わせてもらった。

 

実は、金田と大石は、同じ青森の出身、こんなことは今になっては言えない。方言がなかなか抜けなかった二人は、相哀れむと言うほどのものではなかったが、入庁後、時々飲むこともあった。

それはともかく 今は「開けゴマ」を念ずるだけだった。


大石警備一課長は、取りあえずは金田の要求を入れて、警察官を国会構内から撤退させねばならない、と判断した。


― 警備1から国会指揮所及び麹町(警察署) どうぞ ―

― 国会指揮所です どうぞ ―

― 麹町です どうぞ ―


― 警備一課長の大石です これから指揮命令系統を一切無視して、私の独断で命令します、非常時につき了解願いたい。国会構内の警察官は構内より直ちに撤退されたい どうぞ ―

― 国会指揮所 了解 ―

― 麴町 了解 ―


モニターでは、警察官達がぞろぞろと国会を後にしていた。


 奥多摩分所の大和田所長は、

「金田君、私に無線機でしゃべらせてもらえんか」

 当然、拒否されると思ったが、案外素直に、金田はマイクを大和田の口元に差し出して、プレスボタンを押してくれる。


― 私は大和田です 人質となっている 所長の大和田です わたしは構いません

死んで本望です 言いなりになるのは 辞めてください 警視庁の恥ですよ

国会から警察官が撤退するのは絶対辞めてください 後世に恥を残します 喜んで死にましょう だから辞めてください ―


そこでプレスボタンから金田の指が離れた。


― 麹町1(麹町警察署パトカー1号)から警備1 ―

― 警備1です どうぞ ―

― 麹町1は議員会館前にて警戒中 どうぞ ―

― 五機1中隊長(中隊長指揮下40名)から警備1 ―

― 警備1です どうぞ―

― 五機1中隊長は南門前にて警戒中 どうぞ ―


― 麹町1ですが、国会通用門からパッカー車3台が、入って行きましたが、

あっ、今、パッカー車から

あっ、猟銃を持った男が飛び出してきた

あっ、6人だ、全員 駆け足で国会内方向です どうぞ ―


― 奥多摩分所から警備1 ―

― 警備1です どうぞ ―

― 大石警備一課長さん ここからがあなたの本領だ 警察官が国会に入ったり、手出しをしたら所長の命はないぞ ―


― 警備1から各局 私は警備一課長の大石だ 手出しはするな 国会への突入はするな ―


総監が、

「大石君、私が責任を取る。国会外で待機している警察官を突入させろ」

「しばらく、待ってください、彼らが発砲するか どうか 待ちましょう」

「そんなことを言っていたら、国会議員が殺されたらどうするんだ」

「SATもSITも奥多摩です。国会付近にいるのは、特別な訓練を受けたわけでもない普通の警察官です」

大石は総合指揮所のモニターを見ながら、

「しばらく待ってください。彼らを見ましたか。彼らが持っている銃は偽物です、あんなに軽々しく持って、走れるわけはない。それに、今朝の銃砲店でも強奪されたのは3丁で、その他に6丁も持っているとは考えられない」

総監は、「それもそうだな、6丁も持っているなら、わざわざ銃砲店を襲撃することもないからな」と言った。

大石に自分の発言に確信があったわけではない。自分が大和田所長を知っていることは、この場で言える訳はない。余計な詮索をされるだけだ。


銃を持った男達が突入したことは衛視から議長に連絡されたが、議員達が避難する間はなかった。

男たちは本会議場に突入した。1人が壇上の議長席に位置した。あとのメンバーは議場の各所に散って、銃を議員達に向けて威嚇している。

服装は、全員が清掃員の作業着姿だった。彼らとしては、もう少しまともな格好で革命的事件を起したかったのだろうが、パッカー車では仕方ない。彼らは覆面をすることもなく、堂々と素顔を晒していた。ただ、「日本世直し隊」と染め抜かれた鉢巻きをしている。

広い本会議場の議員達は、何が起こったのか、わからなかった。やたら、首を曲げて銃を持った男たちを見るばかりだった。立ち上がる議員はいなかった。逃げようとする議員もいなかった。議員たちは金縛りにあったように座っていた。


NHKの国会中継はこの模様をすべて中継していた。総合指揮所のテレビを見ると、

壇上の男が、議長席のマイクを手にした。

「NHKの諸君、国会中継をこのまま継続せよ、中断したりしたら銃を撃つ」

 カメラマンは、NHKが中断しないことを願った。

「我々は『日本世直し隊』である。これから私の話を聞いてほしい。君達に危害を加えようとは思っていない、ただ君たちに議員辞職を命ずるだけだ」


 総監が公安部長に聞く。「『日本世直し隊』って何だい」

 「聞いたこともありませんね」

 この総合指揮所には、警備部の他にも、公安部、刑事部、交通部の面々も各デスクに陣取り始めた。公安部長がマイクで、「山さん、ちょっと来てくれ」と言う。

 山さんこと、公安部の面割の達人、山口が呼ばれた。

「この顔ぶれに知った男はいないか」

「全くの新顔ですね、新しい右翼団体ですかね」


壇上の男は、30歳を過ぎたばかりだろうか。

「政権与党の諸君は、与党ばかりでなく野党も同じようなものだが、君たちは常日頃から、無駄を排除しろと言う。一番の無駄は、君たち国会議員だ。

そして、意味のない、言葉遊びのパフォーマンスだらけの議論だ。

与党の諸君、君たちが政権を取ってから始めた事業仕分けだが、真っ先に事業仕分されるべきは、君たち国会議員だ」


刑事部長が、「なかなかいいことを言うじゃないか」

総監が、「そんなことを言っている場合か」とくぎを刺す。


「かつて三島由紀夫は、『このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう』と警告した。

あの警告は君たちも覚えているはずだ。我々『日本世直し隊』は、三島由紀夫の教えにしたがって設立した隊である。

今こそ日本本来の国を取り戻したいと考えている。

今は国防に全力を上げねばならねときに、LGBTとか男女雇用機会均等法とか、外国人参政権とか、馬鹿馬鹿しい議論に終始するばかり。こんな議論しか出来ない諸君は、またパフォーマンスしか考えていない諸君は不要だ。

日本人は古来から人と人のあいだで生きてきた、それを西洋の個人主義にうつつを抜かして、個人が絶対などと言う。ひとりの命は地球よりも重い、開いた口が塞がらない。

全員辞職しろ。この国を動かして行くのは官僚だけで十分だ。

1時間の猶予を与えるから、この辞職願いに署名捺印しろ。それが終わったら、議場から退出しろ。

それができぬなら、1時間後、ここに残った者は、全員殺すだけだ。

命を取るか、議員としての名誉をとるか」


議長席には、辞職願いの書類が山積みにされた。


ざわつく議場の中ほどに座っている一人の議員が立ち上ると、議場を議長席に向かって足早に進む。議場の全員の目がその議員に注目する。そして、議長席から辞職願い書を鷲掴みにすると、近くの机で署名捺印して、それを出口で待ち受ける銃と箱を持った男のところへ行き、箱の中に落とし込む。

その後は、雪崩を打ったように、次々と議員が進み出た。



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