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2.入学式・続

入学式の話はこれでお終いです。

無意識にいちゃつく幼馴染って可愛いですよね。

 担任になるという女の先生の簡単な挨拶を聞き一組から順に廊下に並び出す。俺は五組だから動き出すのはまだ先だ。

 隣の席の男子に話しかけられて他愛のない話をする。どこの中学出身かとか希望の部活はあるのかとか。本当に当たり障りのないことを話していた。


 そうしていればあっという間に時間になりぞろぞろと廊下に出始める。ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべながら壁に沿って並ぶ。

 入学式が終わったらすぐに帰れるのかなと考えながらなんとなく隣の教室を見た。すると、ちょうど扉が開いた。

 どうやら六組も並び出すようで、次々と人が出てきた。一人でいる人もいれば二人、三人組でいる人たちもいる。


 移動すると担任の声がして前に向き直ろうとすれば、視界の端に見慣れたこげ茶が現れた。

 俯いて視線を泳がせていたが俺を見つけると、パッと花が満開になったような笑顔を見せて手を振った。小さな声だったのか聞こえなかったけれど、口元は俺の名前を呼んでいた気がする。

 整った顔で可愛い笑顔を見せるたくに周りの人たちはチラチラと視線を向けているが、その笑顔は俺に向けられたものなので見るなと言ってしまいたい。

 が、きっとさっきまで不愛想な対応しかしてなかったんだろうから、これがきっかけで友人ができればいいなとも思った。

 「前向かなきゃ」と言うクラスメイトに空返事をしてからたくに手を振る。しっかりと、「また後でな」と口パクに近い小声で呟きながら。



 盛大な入学式が終わり教室へと歩き出す。入学式の前後も何人かのクラスメイトと話をしていればあっという間に終わっていた。

 それから簡単なホームルームが済むとみんなぞろぞろと教室から立ち去って行く。最初に話した隣の彼も別のクラスに友人がいたようで「じゃあな!」と爽やかな笑顔で出て行った。


 俺も鞄を持って立ち上がり扉へ向かう。とりあえず六組にたくを迎えに行こうと思っていれば、扉を出た直後にドンッと体の正面に衝撃を感じた。

 「うっ」と多少のうめき声を出しながら目の前の衝撃の原因を確かめれば、そこにいたのは今まさに迎えに行こうと考えていた張本人のたくだった。


「たく?」


「けんちゃん……」


 ぐりぐりと俺の胸元に頭を擦り付けてくるたくの体温があたたかい。というかこいつだいぶ可愛いな。

 胸元にある頭を髪を軽く崩すように撫でてたれば、さらにきつくぎゅっと抱きしめられる。


「どうしたどうした」


「寂しかった」


「……そっか」


 ずっとこのままでも俺得ではあるけれど、場所的にあまり良くないのでたくを引っ付けたまま歩き出す。ズルズルと効果音を出しながらも一緒に歩くたくに笑いながら。


 校門を通り過ぎ家に向かって帰路に着く。

 元々俺たちの中学からの出身者が少ないこともあってかどんどん人の通りは少なくなっていく。


 高校ではクラスメイトで知ってる人は誰一人いなかったけど、席が近い人たちと多少は話したしなんだかんだすぐ馴染めるだろう。 

 そう、俺は問題ない。


「誰かと話せたか?」


「話せてない、けど……けんちゃんだけでいい……」


「それじゃ寂しいだろうが」


 でも、たくは問題大ありだ。

 俺と出会った時も最初は持ち前の人見知りスキルを発揮してたし、今も初対面の人や慣れていない人の前だと話さなくなる。中学のクラスメイトも数ヶ月かけてやっと慣れたレベルだ。

 それでも、こいつの中じゃ友人にはなっていないらしい。


 きゅっと俺の右手の指を数本握って、ピッタリと側面に引っ付く。歩きにくいが、朝に比べたらマシだ。

 ちらりと目を向ければ、進行方向を見つめながらも目を落とすその姿に、しゅんと垂れた耳が見えた気がした。


「ほんと、たくの人見知りは直らねぇな」


「けんちゃんがいるから、いいもん」


「クラスに俺はいねぇだろ」


「……さびしい」


 ぐずっと鼻を鳴らして泣き始めるたく。仕方ないな、と立ち止まってハンカチを取り出す。それで軽く涙を吸い込ませて赤くなった目を見つめる。


「俺ばっかりに重きを置くな。たくは変わらなきゃ」


「今のままじゃ、ダメってこと?」


「ダメじゃねーよ。でも、少しずつでいい。俺がいなくても進めるようになるんだ」


 手を伸ばし少しくるんとした柔らかい髪を撫でる。一本一本が細く、スルスルと簡単に指の間に入ってくる。

 俯いてしまったたくはそのままポソポソと言葉を零し始めた。


「けんちゃん、いなくなるの……?」


 自分の制服をギュッと握りしめている様子から察するに、きっと涙をこらえているんだろうなと思う。


 いつも俺たちは一緒にいた。家が隣の正真正銘幼なじみ。幼稚園も小学校も中学校も、俺たちは隣にいたし一緒に成長してきた。

 たくは俺以外の人とあまり交流をしたがらなかったけど、元々子供の少ない地域だったから、クラスも一つしかなく文字通りずっと一緒だった。


 だから、高校生になって初めて離れ離れになる時間が増えることになる。不安でいっぱいなのもわかるし、きっとたくは思ってないんだろうけど、俺だってたくと離れるのは不安だ。

 でもさ、俺と四六時中一緒にいるのはそろそろ卒業した方がいい。そう思うのも確かなんだ。


 もう一度優しく頭を撫でて俺の気持ちを伝える。


「クラスもそうだけど、この先、大学とか就職とか、ずっと同じ進路って訳にはいかねーだろ。今から俺のいない状況に慣れとけってことだ」


 たくは俺の言葉を聞いてゆっくり顔を上げると、目にたくさんの涙を溜めて俺を見つめた。


「同じとこ、行く」


「お前は俺より賢いんだから、大学だってもっと上狙えるだろ」


「けんちゃんと同じとこにいけるように勉強しただけ!けんちゃんと同じとこじゃないなら意味ない!」


「それはお前の可能性を潰すだろ」


 たくは、昔から要領が良かった。なんでも人並にできたし、やる気を出せば人並み以上にだって出来ていた。


 だから俺は、俺のせいでたくの可能性を潰したくない。

 たくが出来たかもしれないことを、やりたいと思ったことを、俺のせいで出来なくなってしまうなんて。

 そんなのは嫌だ。


「潰さない、ちゃんと、できること、探す」


「……無理やりしてほしいわけじゃないんだ。それはわかってな」


 ハンカチでもう一度涙を吸い込ませてやれば、その手を掴んで頬に添えられる。涙でしっとりと濡れた肌は吸い付くように俺の手に触れた。


「……けんちゃんは、僕と離れ離れになっても、寂しくないの……?」


「寂しいに決まってんだろ。でも、人は成長するんだ。一人で進まなきゃいけない時、新しい場所に飛び込まなきゃいけない時が、来るんだよ」


 「それが今なんだ」と言えば、たくは少しの間考え込むように口を閉ざし、それから触れていた手をギュッと握り締めて「そっか」と言った。

無自覚な甘えん坊も自覚のある甘えん坊も可愛いですよね。

自覚ある方は若干質悪めですが、それを全面的に許すのが無自覚甘えん坊なので。


甘えん坊と言う名の執着心とも言う。

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