伝わる体温
蛇口からぽたりぽたりと落ちる雫の音が、やけに大きく聞こえる。
他に聞こえるのは、日向の呼吸音と、心音。何で、こんなに聞こえるんだって――抱きしめられているからか。
っていうか、何で俺、日向に抱きしめられてるんだ。そんな表情に出してしまっていたのだろうか。
「……離してくれるー?」
とりあえず離して貰わねーと。男に抱きしめられても、嬉しくねぇし。
しかし俺がそう言っても日向は顔を左右へと振り、離すところか抱きしめる力を強める。
離せって言ったらお前は抱く力を強めるのかよ、天邪鬼かお前は。
「そんな、顔……する、から」
「はいー?」
「しない、で……俺の、前では……」
やっぱり、表情に出していたみたいだ。上手く笑えていなかったらしい。
俺もまだまだだな……でも、でもよ、何で日向にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。
どんな顔をしようが、俺の勝手だろ。まぁ、多分――心配してくれてるんだろうけど。
「無理して、笑うの……は、だめ、です」
何で、お前までそんな悲しそうな顔してんだよ。意味わかんねぇ。
でもそんな顔されると、どうにかしないとってなる。
俺の手は自然と日向の頭へと伸ばされ、気付いたら日向の頭を撫でていた。
無理した笑顔じゃなくて今度は、ちゃんとした笑みを浮かべながら。
「――ありがとねぇ、日向」
「甲、斐……せんぱ、い」
良い奴なんだ。日向は。
俺が無理して笑ってるっていうのが解ってしまって、見ているのが嫌なんだ。
それを指摘するのは、結構勇気がいることだと俺は思う。
日向は俺を離すと、肩に手を置いた状態で俺を見つめた。俺はそれに視線を合わせる。
「でも、これ以上は駄目だよー」
「え……?」
「駄目なんだって」
そうだ、これ以上日向を俺の中へと踏み込ませてはいけない。
だって、また俺が暴かれてしまう。
武蔵はまだいい、壱岐は元々知っていたし――でも日向になると話は別だ。
だって日向は生徒会の一員なのだから、いつボロが出るか解らない。口数が少ないって解っているけど、態度でバレる可能性がないわけじゃない。
結構解りやすいしな、日向は。
だから、もう終わりにしよう。この馴れ合いも。
しては、いけないんだ。
申し訳ないとは思うけど。けど。駄目だから。
俺はギュッと片方の拳を握り締め、空いている手で日向の腕を掴んだ。
ぐにゃり、と日向の表情が歪む。
俺が掴んでいる日向の腕は、微かに震えていた。嫌だということなのだろうか。
そう思うと、何か悪いことをした気分になって胸が痛む。いや、実際悪いことをしているのかもしんねぇけどさ。
日向の意思を関係なしに、俺は今、この関係を終わりにしようとしているのだから。
っていうか俺と日向の関係って何だ?
生徒会の役員同士?先輩後輩?何かどれも違うような気がして仕方がない。
まぁ俺らの関係をそんな枠に入れても、意味なんてねぇんだけど。
俺って日向の髪切ったり、慰めたり、この短期間で結構日向と色々絡んだしよ。
つーか、この学校に入って、こんなに世話を焼いた奴はいただろうか。
多分、いない。
委員長には世話を焼かれる方だし、壱岐も違うだろうしな。
中学ん時のダチともなんか違うんだよな、何か放ってはおけないオーラを出しているというか。なんというか。
捨て犬を放っておけないっていう感覚に似ている気がする。うん。
俺が視線を日向の顔へと移すと、目を丸く見開く。
ああ、何かこの光景には見覚えがあるぞ。
俺は不謹慎だとは思ったがおもわず苦笑してしまった。
「ホント、泣き虫だね」
「だ、だって……甲斐、せんぱい、が」
ああ、そうだな。
俺が駄目だって言ったから、日向は泣いている。
でも、そんな日向の涙を拭ってやることも、もうしてやれないのか。タオルを差し出すことも、出来ない。
だって俺は決めてしまったから。
「――ごめんねぇ」
それしか言えない俺に、日向はぶんぶんと頭を左右に振る。
そんなことしたら頭くらくらするぞ。と暢気に思ってしまった自分が嫌だ。
「い、やです」
「日向?」
「甲斐せんぱい、と……いれ、ないの、は、いや」
でかい図体の癖に、小さな子どものようにぽろぽろと大粒の涙を零している日向。
そんな相手を見るのはとても辛いけれど――
でも。
「――出て行ってくれる?」
俺は日向を受け入れることが出来ない。
こんな俺を日向は許さなくていい、軽蔑していい、恨んでいい。
だって実際俺が悪いわけだし。
「か、い……せんぱ、い」
日向の腕を掴んでいる俺の手の甲に、日向の空いている方の手が重ねられる。
その体温がすごく温かくて、熱いってくらい温かくて。
俺はその体温を忘れたくて、ずっと感じていたくなくて。それを振り払った。




