動かない身体
俺は日向に笑顔を向けた後、さっき思ったことを実行しようと口を開く。
ほら、やっぱ人が電話してるの見てるだけとか居辛いだろうし。
「ごめんねぇ、いるのに電話しちゃってー」
「だ、いじょぶ……です」
ふるふると首を横に振る日向。でもやっぱりどこか申し訳なく思っちまうのは、俺が気にし過ぎなだけなんだろうか。
でもこれ以上つっこむのも微妙だよな。
「そう?ありがとー」
俺はさらりとお礼を言うと、そのまま自分と日向の食器をシンクへと運び、蛇口を捻って水を出す。そして、スポンジに洗剤を付け二、三度それを揉んで泡立てた。
さっさと食器洗っちまおう。
「あ、の……甲斐、せんぱい」
俺が食器を洗っていると、躊躇いがちな声が背中へとかかる。
随分言い難そうにしてるけどなんだ?
「なぁにー?」
「……あ、の」
何なんだ、気になるっての。
しかし俺はつっこまず、日向が喋り出すのを待つ。多分話してくれるだろうしな。俺は手を動かしていよう。うん。
「甲斐せんぱいは……ほんと、は、駿河……どう、思って……ます、か?」
……ちゃんと言ってはくれたが、この質問とはな。おもわず一瞬手が止まっちまったじゃねぇか。
俺は食器を水で濯ぎながら、どう答えようか必死に考える。
「嫌いじゃ、ないよー」
「ていうかー」と俺は付け足す。
「眩しいっていうかさぁ良い人だ、って思うよー、でもそんな彼が俺を好きになるなんて何かの錯覚だよねぇ」
「でも」
はははーと自嘲気味に笑うと、日向は強めの口調で言い放った。
俺は振り返り日向の顔を見ると、日向は睫毛を伏せ悲しそうな表情をしている。
「駿河、泣いてた……」
そりゃ、勇助くんはフラれた立場だしな。
男でも泣いたりするだろう……って、何で俺ムカムカしてんだろ。多分勇助くんを泣かせた自分に、イラついてんだ。
胸が、痛い。
それを選択したのは自分の筈なのに、どうしようもなく胸が痛い。
申し訳なく、思っているからだろうか。
「……そっか」
俺は何とか言葉を絞り出す。
笑ったつもりだったが、うまく笑えてるだろうか自分では分からなかった。
「嫌いじゃ、ないん……です、ね」
「へ?だからそう言ってるじゃーん」
「甲斐せんぱいは、真剣に……考え、て……駿河を」
ああ、駄目だ。
これ以上踏み込まれたら、バレる気がする。
そうなるわけにはいかないと、俺は言葉を遮ろうと口を開いた。
「俺がそんなに考えるわけないじゃーん、一番の理由は俺のタイプじゃないって――」
言葉を言い終える前に身体が硬直する。
口もぽかんと開きっぱなしで、なんて情けない姿だろう。
手足が動かない。頭も働いてくれない。
動け、俺の身体。
ただ単に、日向が俺を抱き締めてるだけだろ。
動けよ。




