犬の選択
俺は目の前で泣いている日向に対して、どうするべきか内心焦っていた。
っていうか俺の所為で泣いてんのか?いやいやいや、勘弁しろよ。
本当、泣き顔って見てて心地いいものじゃねぇし。
俺ははぁ、と一つ溜息を吐き、床に畳んであったタオルを一枚取るとそれを日向へと投げつけた。
「うっ……」
「泣かないで貰えるかなー?俺が悪いみたいじゃん?」
タオルで顔を覆われて苦しそうな声を上げるが、俺が悪いのかと言うとブンブンと首を横に振った。
どうやら、俺の所為ではないようだ。俺はホッと肩を撫で下ろす。
「じゃー何で泣いてるわけ?申し訳ないとでも思ってるの?」
「う、ん」
じゃあ何で泣いてるんだ、と俺は疑問を口にすると、日向はタオルで目を擦りながらも答える。
「別に俺は謝って欲しいわけじゃないよー?ただ俺は自分がやらなきゃいけないことをやってただけだからさぁー」
まぁ、申し訳ないと思ってくれてるってことは――普通の、まともな人間なんだろうな日向は。持っている感覚的に。
でも俺は別に懺悔して欲しいと思っているわけじゃない。褒めて欲しいわけでも、謝って欲しいわけでもない。
「で、日向はこれからどうするわけ?」
そう、大事なのはこれから日向がどうするか、だ。
過ぎ去った時間はもう巻き戻りなどしないんだからよ。
涙が止まったのか、タオルを瞼から外し日向は顔を上げた。
「す、る……おれ、も」
「仕事を、ってこと?」
コクリと、日向が頷く。俺は「でもさぁ」と口を開いた。
「――それは、当然のことでしょー?日向は生徒会役員なんだから」
「ご、ごめ……」
ってか仕事するっていうのは当たり前だろ。元々俺達がするべきことなんだからさ。
しかも謝れても困るっつの。
「謝んないでいいってー、っていうかさぁー日向は相手に何を求めてんの?」
「……え」
「若狭くんは、日向のことそのままでいい、って言ったらしいけどさぁーそれって若狭くんだけが思っているとでも思ってるわけ?」
日向は信じられない、って顔で俺を見る。
タオルで目を擦っていたせいかいつもよりも見える顔の範囲が大きく、表情の変化も分かった。
やっぱり、生徒会に選ばれるだけあって格好良い顔してんな。
「言葉だけが全てじゃないでしょー、かいちょーや副会長だって君に自分を変えろなんて言った?」
「言われ、ない」
「だよねー?まぁそりゃ言葉にした方が伝わりやすいってのはあると思うけどさー日向は思っているよりも、周りの環境に恵まれてると思うよー?」
日向が何でこんな引っ込み思案なのかは、俺は知らねーけどよ。
それでも会長も副会長も双子も、ちゃんと仕事をする日向に何の不満もなかった。会話はし難いが理解出来ないわけではなかったから。
しかも会長達は日向とは中等部からの付き合いだったから、結構信頼してる感じだったし。
あまり話さないってことは、自分がした話を他の人にもしないってことだから、日向に副会長とか結構愚痴ったりしてた。
「ま、俺は日向が変わろうが変わらまいが別にどうでもいいんだけどねー、結果は自分に返って来るものだし?」
「ど……して」
「今の現状に甘えて自分を変えずにいれば社会に出た時に苦労するのは日向ってことぉ、親にいつまでも甘えてていいと思っているならこのままでいいんじゃん?」
「あま、え」
「甘えでしょ?親以外なら若狭くんもだよねぇ、君を甘やかす代表、現状だけで満足させて未来を見ちゃいない」
日向が必要最低限っていうか、片言で話すのに対しては別に好きにすれば良いと思っていた。
まぁそれで将来、会社とかに入らなければならなくなって苦労するのは日向だろう。
俺達子どもはいつかは自立しなければならない――親の会社を継ぐにしても、だ。日向がこのまま親に甘えて生きていくつもりならそれでいいって感じだった。
俺には何の被害もないし。っていうか俺は菩薩でもなんでもないただの人間だからそこまで優しくない。
「まぁ――ここからどうしたいか、行動するかは君が決めたらいい、未来は君次第なんだからさ」
俺は一応、日向の意思が聞いてみたくてどうするか、って聞いただけだし。
まぁその返答は当たり前すぎることだったので思わず突っ込んじまったけど。話脱線したけど。
でも俺が欲しい答えは――そんな言葉じゃない。
これから日向は、変わるか変わらないかだ。
転校生くんに甘えっぱなしでいるか、甘えずに自分で歩いていくかなんだ。
俺の視線の意味が、少しでも日向に届けばいい。




