震える犬
俺は今、試練の門の前に立っている。
って、どんだけだ俺。違ぇっつーの。
ただ、生徒会室の前に立っているだけだ。
昨日部屋へ戻って一休みした後書類をちょっと処理して――んで会議のことを考えていた。
明日の会議の時は予算についてあまり触れないからいいだろう。しかし問題はその後だ。がっちり予算が絡んだ会議が、後々あるわけで。
そうなると、流石に生徒会室にある資料を頼りにしないといけない。
ってなわけで俺は今その資料を取りに来た。
去年のやつとか参考にするために。文化祭――ここでは咲華祭っつーんだけどよ。
めっちゃ当て字だよな。ま、別にいいけど。
去年の咲華祭は俺どこも回れなかったんだよなぁ。何だかんだで会長のパシリにされ、副会長のパシリにされ、
男には追い掛け回され――ってまぁ可愛い子達とは写真とか一緒に取ったけど。
喜美花が行く行く五月蝿かった記憶がある。後中学ん時のダチとか。全力で止めたが。
喜美花はともかく、中学のダチに金髪になった俺とか、チャラ男の俺とか見せられねぇだろ。
ぜってぇ引かれる自信がある。
って今はんなこと関係ねぇって。
今は六限目――本日最後の授業だ。
まぁ六限目抜けるって言った時委員長に変な顔されたけど、仕方ないよな。早めに資料はあった方がいいし。
それに六限目は数学だったから好都合ってことで。つーか微かにまだ跡が残ってて、腹立つ。
でも二日連続で髪下ろしたら変と思われるかもしれないと思って、首に掛かる部分だけは下ろして残りは一つに括ってる。
明日には消えてろ、消えてくれ。
何だかこの跡のこと考えるとドキドキすんのは、昨日の石見先生の所為だ。
いつもにこにこしてるのに、すっげぇ真剣な目でびびったっつの。
――それにしても久しぶりの生徒会室だ。
転校生くんが来てから、極力近付かないようにしてたからな。
いつも授業をサボってここで転校生くんと戯れている生徒会のメンツは今はいない筈。
何たって今の一年S組の授業は体育で、転校生くんはそれに出ているから。
武蔵にメッセージを送って聞いた。転校生くんは体育は必ず出るから生徒会のメンツは一緒にサボることはしない、ってよ。
つーことは体育以外だったらサボることもあるってことだよな――本当あの人達は。
昔はあんなんじゃなかったんだけどな。
俺は一つ溜息を吐きながら、ドアノブへと手を掛ける。生徒会室の扉が、やけに重く感じた。
「――あ?」
俺が扉を開けてすぐに目に入ったのはソファで寝ている生徒会書記――日向乾だった。
っていうか何で今いんだよ?!お前転校生くんと同じクラスなんだから一緒に授業出てはしゃいでろ!
俺はおもわず顔をしかめたが、何だか様子がおかしい。
息は何だか荒いし、前髪でほとんど見えない顔はほんのりと赤くなっている。
俺はゆっくりと気付かれないように日向に近付くと、首筋に手を当てた。
――熱い。
熱があるのかよ!なら部屋に帰ってとっとと寝てろよ。何してやがんだコイツ。
しかも普通に制服着てるだけで寝てるし、せめて何か掛けろ。
まぁでも、それだけしんどいってことかもしんねぇな。
日向が寝返りをうつとサラリと顔から前髪が落ちて、いつも隠れている日向の目が見える。
眉間にはシワが寄っていて、瞼はギュッと閉じられていて辛そうだ。
――ほっとくわけにはいかねぇわ
でも俺そこまで力あるわけじゃねぇし、コイツを保健室まで連れてもいけねぇ。
っていうかコイツ一年のくせに俺よりでかいし。
とりあえず、ここで出来ることだけしとくか。
仮眠用の毛布が確か一枚あった筈だ――あと冷凍室から氷出して……
でも毛布一枚とか不安過ぎるだろ。
俺は自分のジャケットを脱いで、とりあえずそれを日向の体に掛ける。
「えーっと後は……」
今日は六月にしては寒くて助かった――俺は今カーディガンまで着てるからな。黄土色の。
まぁそれも今脱ぐわけだけど。
俺はカーディガンのボタンを外し、それも日向へやる。今度は足の方にだ。
生徒会室の空調はここで調節出来るから、暖房にしておこう。
俺は扉の近くにあるパネルで暖房に切り替え、設定温度を高めにする。
そこから俺は毛布を日向に掛けてやり、給湯室にある冷蔵庫の冷凍室から氷を取り出し、それをボールに入れる。
何でボールかというとボールしかなかったからだ。タライとかそんなもんねぇ。
そこに水を入れるとタオルを浸け、軽く絞る。あんまり絞り過ぎるとすぐに乾いちまうからな。
俺はそっと日向の額に濡れタオルを置くと、ピクリと日向の体がその冷たさに反応した。
いつ起きるかヒヤヒヤもんだが、日向は寝入っているようで起きる気配はない――良かった。
薬も棚にあった筈だ。
俺は備品が入っている棚を開けるとそこから薬箱を出し、目当てのものを取る。
ボールと薬をソファのすぐ傍にあるテーブルに置くと、日向の近くの床に膝を付いた。
今日どんだけ生徒会室にいたかは知らねぇけど、この様子じゃ朝から辛かっただろうに。
そんなに転校生くんに会いたいのかねー俺には分かんねぇ。
「あんま、無茶すんじゃねぇっての……」
俺は日向の前髪に触れる。汗ばんだ肌に触れていた前髪は、少し湿っていた。
あとで保健の先生でも呼んでおくか――ああ、駄目だこいつあんま他人好きじゃねぇんだっけ。
だから保健室にも行かなかったのか?
コイツの領域にギリギリ入っていいのは、生徒会と転校生くんぐらいなもんだよな。多分。
そんな日向も親衛隊はいるのだが、親衛隊を持ってるのは、中等部の時に断りきれなかったってのがあったらしい。
でも日向の親衛隊は見守っているだけで満足らしく、俺んトコと同じ穏健派だ。
――だが最近は空気がピリピリしてるらしい。壱岐曰く。
放っておくのもなんだから、武蔵にメッセージを送信して、転校生くんを生徒会室に誘導して貰ってもいいだが――病人に五月蝿い転校生くんは駄目だろう。
どうすっかなー……日向が目覚めた時俺はここにはいたくねぇんだよ。
何でいんの?って感じだろ。
だああああ面倒くせぇ!何で俺こんなことで悩んでるんだよ。
「ん……」
「――っ?!」
日向の息が漏れる音が聞こえると、俺はビクッと肩を震わせた。
声が出そうになったがギリギリで堪える。ビビるだろ!?
っていうかこれ起きそうじゃねぇ?ピクピク瞼が痙攣してるし。
俺は急ぎ棚から目当ての資料を取り出すと、音を立てないように生徒会室を出る。
これで日向がすぐに起きなかったらとんだピエロだっての。
結局誰にも連絡してねーけど……大丈夫だろうか。不安だ。
ああ、何だか胸がモヤモヤしやがる。
何か悪いことした気分だ。いや、そこまでは悪くないと――思いたい。
「っていうか……寒ぃ」
ポツリと誰もいない廊下で一人呟く。
そういえば今俺ワイシャツだけだった。
こりゃ寒いわけだ。
俺は両腕で自分を抱きしめる。何か虚しいが仕方ねぇよな。




