本当を知る人
「そうなんだーよろしくねぇー」
俺が、親衛隊隊長である長門くんを前にして、やっと口に出せた言葉だ。
何かあまり関わりたくない感じだ。だって笑ってるけど、目が笑ってないし。
とりあえず俺も笑顔を作ってみることにする。
「ところで、聞きたいことあるんスけどー」
「んー何ぃー?」
「どうして、そんな演技してるんですかー?」
……は?
コイツに会ってからは?って思うのは二回目だ。この短時間で二回目だ。
ってか何で知ってるんだ?!いやいやでも俺そんなにボロは出してない……はず。
仕事も部屋でやってるし、生徒会室ではサボってるふりしてるし。
今までツッコまれたことがないから、ばれてない筈。うん。
俺は一瞬固まった表情を解き、更に笑みを深くする。
「何言ってるか分かんないんだけどー」
「ーー甲斐 喜美花って知ってますよね?」
俺は長門くんの口から出た名前に目を開き、チャラ男でいることを止めた。
喜美花の名前を出したってことは、知り合いか、それとも調べたか。
前者はない、それなら喜美花は俺に言って来るだろうし。ならばそう、後者だ。
なら俺の過去を知ってるってことで、チャラ男でいる必要もない。
幸い周りに人はおらず、俺達二人しかいないし。
「喜美花の名前を出して、どういうつもりだ?」
俺は相手を睨みつける。どんな形であれ喜美花を材料にするなんて、許せない。
性格はちょっとアレだけど、俺にとっては大切な、大切な従兄妹なんだから。
俺の睨み付ける攻撃も効かないようで、相手はニヤニヤしながら首を傾げて「だって」と口を開いた。
「名前を出せば分かってくれるでしょ?」
「ああ――そうだな、それで?俺を脅すつもりか?」
っていうかコイツ――長門くんは一体何をしたいんだ。俺の演技を指摘して何をしたいんだっての。
風紀にでもいうつもりか?親衛隊に言って解散でもさせる気か?
「そんなこと、したいんじゃない」
長門くんは俺に聞こえるか聞こえないかの声で言うと、距離を縮め俺の肩を掴み、背を木の幹へと押し付けた。
ちょ、いきなりすぎて軽く痛いぞ。
「は?」
「その顔が見たかったんだぁ」
そしてニタァと妖し気に笑ったんだ。――ゾクリと、寒気がした。鳥肌立った。なんだこの野郎。
「素の顔が見たかったんだぁ、ずっとずーっとさ、笑顔なら尚良かったんだけど」
妖しげな雰囲気はすぐに消え、長門くんの笑みはへらりと軽いものへと変わり、俺の鳥肌はゆっくりと消えた。
っていうか初対面の相手に演技のこと言われて、笑顔を見せろとか無茶だっつの。
「無理言うな」
「ですよねー」
俺のツッコミに、長門くんは「ははは」と笑いながら頷く。
そしてどんどんと長門くんが俺に近づいて来る。
「俺ってば隊長だからさー、ちゃーんと甲斐サマのこと守るよー」
「別にいい、遠慮しておくーー後、敬語」
段々と顔と顔との距離が近くなるのを感じながら、俺は長門くんが敬語を使わないことを指摘してみる。
さっきまではちょくちょく使ってたのに消えたところを見ると、あまり敬語が得意じゃないんだろう。
「はいはーい、スミマセーン」
しかも反省してないっぽいし、顔は近いし。何なんだよ。
「これからも、ヨロシクでーす」
唇と唇が触れ合う――というギリギリのところで俺は相手の頭を掴み思いっきり力を入れる。
キスなんてさせてたまるか!
「いだだだだだだだだ」
長門くんが痛がり、一歩後退りをすると俺は掴んでいた手を放す。
「何しようとしやがってんだ、長門くんよー、俺は男とキスする趣味はねぇっつの」
「俺はそんな趣味あるしぃ、後俺のことは壱岐って呼んで下さーい彦センパイ」
俺は軽く相手の頭を叩くと、長門くんは何気に自分が男もいけるんだぜ発言をしつつ、俺の首に腕を回した。
ってか彦って呼ぶな。俺を彦って呼ぶのは喜美花だけなんだから。
「――壱岐、放せ。んで彦センパイはやめろ」
長門よりも壱岐の方が言い易いし覚えやすいしいいか。と俺は名前を呼び彦センパイ呼びをやめるよう言う。
「えぇーじゃあ何て呼べばいいんですかぁー?」
「それ以外なら」
不満げに声を上げる壱岐だったが、それ以外なら何て呼ばれても別によかったので(変な渾名なら別だが)壱岐の質問にその様に答えた。
「なら孝センパイッスねー」
すると今まで誰も呼んだことがない呼び方を、壱岐は生み出したのだった。
「――好きにしてくれ……」
これは折れるしかない。っていうか他なら何でもいいって言ったの、俺だし。
好きにさせておこう。別に俺に敵意は持ってないみたいだし。うん。
とりあえず俺は早く部屋に戻って仕事をしたいんだ。
俺は壱岐の腕を振り払うと、さっさと一人で寮の道を歩く。
壱岐が付いて来る気配がなかったので一度振り返ってみると、奴はポケットに手を突っ込んで微笑みながら俺を見つめていた。
「孝センパイ頑張ってくださいねー」
手を振り、壱岐はそう言った。
もしかして俺が仕事をしていることを知っているんだろうか――それともただ、演技のことを言っているのだろうか。
それは俺には分からなかったが、応援されて悪い気はしない。
「――おう」
俺は微笑んで手を一度ヒラヒラと振り返すと、再び道を辿り始めた。




