贈る言葉
社会科準備室の扉をノックし、返事が聞こえると俺はすぐに扉を開け、逃げ込むように室内へと体を滑り込ませた。
俺が顔を上げると目の前の石見先生は目を丸くしていて、俺は平然を装いへらりと笑ってみせる。
素がばれそうになって焦ったなんて、知られたくない。
「はぁーい、いわみーん書類持って来たよぉー」
「あぁ、それはありがたいんだけど……どうかしたのかい?」
俺が書類を石見先生へと手渡すと、それを受け取った先生は心配そうな表情で俺を見た。
その顔に確信めいたものは感じられなかったから、俺は誤魔化そうと笑みを深める。
「別にぃーなぁんにも?」
すると石見先生は空いてる手を俺へと伸ばし、俺の目の下を擦った。
あ、隈がばれてーら。
「無理を、させてしまっているね」
「いわみんが気にすることじゃないってー、俺ってこれでも会計だしねぇ」
悲しそうな顔へ変化させる石見先生を見て、俺は申し訳なくなる。
別に先生が悪いわけじゃないのに。悪いのは仕事しない奴だろ。先生が胸を痛める必要なんてないだろ。
俺は笑顔を作り、俺の目の下に触れている先生の手に触れた。
「でも普段は六人分の仕事なのに、それを一人でするなんて無茶だ」
「大丈夫だよー、別に今は特別なイベントとかないんだしー」
文化祭やら体育祭やら、新入生歓迎会があるわけじゃないからまだマシだ。
とはいえ仕事量は結構なもんなんだけど。特権使ってるし。
しかし流石に夏休み前らへんからはやばい。秋には文化祭と咲華祭(所謂文化祭だ)があるから、仕事量が一気に増える。
まぁ咲華祭実行委員会や体育祭実行委員会もあるから、その手伝いや、最終確認をするって感じなんだけどな。
「それに俺、今日までの書類ちゃんと仕上げでしょー?俺を信用してよー、まぁこんな俺出来ないとは思うけどさぁ」
今日までの書類が終われば後は三日後が期限だったりと、まだ時間があるものばかりだ。
授業を休みながらやれば終わらない量じゃない。まぁ出れたら授業も出るけどよ。
俺はあははーといつもの調子で笑いながら言う。だから石見先生は心配する必要なんてないんだ。なんて。
心配してくれるのは嬉しいんだけどな。うん。
「してるよ」
「え?」
「――信用してるよ、甲斐くんのことを」
石見先生はふわりと優しく、包み込んでくれそうな微笑みで言ってくれた。
俺のことを信用してる、だなんて。
一年の時から迷惑掛けてたのに。俺の所為で不機嫌になった会長を宥めたりなんだりさせたのに。
せめてもの償いのつもりで、ちゃんと仕事は提出期限前に終わらせていたけど。
今は一緒に仕事を背負う仲になったけど、それでも何だか申し訳なくて。
でも先生は俺を信用してる、って言ってくれた。
「なら俺頑張らなくっちゃねぇー」
うん。頑張ろう。
俺は決意を新たにした。
石見先生の信用に応えたいしな。
何て思いながら俺は目を細めると、先生は頭を左右に振った。
「違うよ、甲斐くん」
まさかの否定の言葉に、俺はおもわず目を丸くしたが、一瞬でまた笑みへと変えふざけてみせる。
「えー?」
「甲斐くんは頑張ってるよ、でしょう?」
先生が言ったその言葉は確か――
「いわみんは頑張ってるよーってのがいいよねぇー」
俺が、石見先生に言った言葉だ。
何かしてやられたって感じ。
自分が言った言葉を返されるなんて、何だか照れくせぇ。
「へへ、ありがとうねぇーいわみん」
頬に熱が集中する。柄にもなく俺は照れてるみたいだ。
俺はそんな所見られたくなくて――思わず顔を俯かせた。




