天敵と、友人と、そして
折角久々に外出したっていうのに、どうしてこうなった。
厄年にはまだ早いっていうのに俺は今年相当ツイてないらしい。
俺は今、壱岐に抱きしめられる形になっており――その近くには転校生くんたちがいるらしい。
壱岐が咄嗟に俺を庇ってくれたから、俺はその姿を確認することは出来てはいないけど。
転校生くんの取り巻きってことは武蔵と、勇助くんのことだろうか。会長や副会長がいたら面倒だ。
俺は壱岐に頭を抱えられる体勢になっており、それだと何もできないので首を動かし、壱岐に腕を解いて貰おうと意思表示をした。
しかしそれでも壱岐は俺の頭から腕を放さず、余計にその腕には力がこもる。
息苦しいし、ほとんど身長が同じ壱岐の肩に自分の頭を乗せている状態で、微妙に膝も曲がっており正直キツい。
壱岐が俺を守ろうとしてくれているのは分かるが、このままじゃ俺が限界だ。
俺は何とか腕を俺と壱岐の身体の間から引き抜いて、壱岐の脇腹を掴んだ。
「う、ひゃあ!!!!!」
……予想外の反応に俺は目を丸くする。
いや、だって、なぁ?普段の壱岐からは考えられないっつーか……。
俺は今日、壱岐の知らない部分ばかり新発見してる気がする。まぁ学校内でしか絡まないから仕方ねぇんだろうけど。
壱岐でこういう風に思うってことは、それよりも長い付き合いの生徒会のメンバーや委員長でもこう思うんだろうな。
高校の知り合いとはこうやって遊んだりしねぇし……広く浅く付き合ってるっていうか。
それが悪いことだとは思わないけど、中学の友人とは休みの日とかもひたすら遊んでたりしてたから慣れない。
「待って孝センパイ、ストップ!!!脇は駄目だって!」
「あ、おま……」
俺が脇を摘んだことによって壱岐も焦ったのか、思わず声を上げる。
その声が結構大きくて、俺は止めようと口を開いたが――
「孝彦!!?」
……遅かった。
俺は壱岐に視線を移すと、壱岐は自分の口に手で覆い気まずそうに俺を見た。
「……ごめん、孝センパイ」
「いや、今回は俺も悪いから気にすんな」
まぁ実際俺が壱岐の脇を掴まなきゃ、あんな声上げなかっただろうしな。
俺は右手で壱岐の腕を軽く叩くと、そのままその手で自分の前髪を搔き上げスイッチを入れる。
そのスイッチとは――もちろんチャラ男の【甲斐孝彦】のスイッチだ。
「やっほ~偶然だねぇ、若狭くん」
「ほっホントだな!偶然っていうか運命かも!」
やたらと張り切って俺に近づいて来るけど、そんな運命お断りだ。
しかもこれが運命ってなっちまうと後ろにいる武蔵や勇助くんもその【運命】に含まれちまうじゃねぇか。
俺は周りを見渡し、他のメンバーがいないことを確認しようとすると――
「今日は、俺らだけだ――うるせぇのがいなくていいだろ」
武蔵が両手をポケットに入れた状態で、俺を見据えてきた。
人がいるところで話しかけてきたのは初めてかもしれない――そう思いながらも俺は「あっそぉ」とあくまで他人を装って対応する。
俺と武蔵が友人だということを転校生くんにも――勇助くんにも知られるのは気まずい。
転校生くんが「貴一たちのことうるさいっていうなよ!」と武蔵に説教している中、俺のポケットに入れた携帯が震える。
何やらメッセージが届いたみたいだ。通知画面をみるとその送信者には「武蔵 小太郎」の文字が。
ポケットの中で操作したとしたら器用すぎないか、武蔵。
武蔵のメッセージは短く『わるい』とだけ書かれていた。
これは何の謝罪なのか――他人の振りをしていることに対しての悪い、なのか。
折角の休日を転校生くんと遭遇させてしまったことに対する悪い、なのか。
全部、武蔵が悪いわけじゃないのにな。
武蔵の優しさにおもわずふ、と笑みを零すと俺は素早く、武蔵に短いメッセージを送る。あんまり長い文章打って転校生くんに不審がられたくねぇし。
武蔵は俺が送ったメッセージに気付いたのか、一瞬携帯の画面を見ると俺をチラリと見る。
俺が送った『気にすんな』ってメッセージだけでなく、視線でも伝わればいいなと視線を返した。
「甲斐先輩」
……この声の主とは今、一番気まずいかもしれない。
偽りの【甲斐 孝彦】を好きだと言ってくれた男だ。
何でなのかは未だに分からないし多分、一生分からない。理由を聞いたけどしっくりこなかった。
きっと彼に――勇助くんにしか見えていなかった【俺】がいたのかもしれない。
「しばらくぶりだねー勇助くん」
「はい、本当に」
数日しか経っていない筈なのに、前とは別人に見える。
外見は何も変わっていないのに。なんだ、告白されたからか?俺ってそんなちょろい系だったか?
俺の前で笑みを作る勇助くんの表情はどこかぎこちない。……無理に話しかけなくてもいいのにな。
勇助くんの告白を断ったのは、別に勇助くんが悪いわけじゃなくて全部俺のせいなんだから。
って本人に言えるわけもないんだけどよ。
「あ、ありがとうございます」
「は?何がぁ?」
突拍子もないことを勇助くんが言ってきたため、俺は首を傾げた。
俺は別にお礼を言われるようなことをしてねぇし、寧ろ申し訳ないことをした気しかしねぇんだけど。
「上着、わざわざ洗って下さって」
……良かった。
あの借りた上着はちゃんと勇助くんのところへ戻ったのか。
告白された後、教室を飛び出すように出て行っちまったからちゃんと返せていないなって気になってたんだ。
良かった、ちゃんと見つけてくれていた。
「……や、まぁ……それくらいはねー?」
俺が頭を搔きながら誤魔化すように答えると、俺の目の前にいる勇助くんは目を細めた。
「やっぱり、甲斐先輩は――優しいです」
何で、そんなこと言うんだよ。【俺】に。
そんなこと言われる資格、【俺】にはないのに。
今だって、勇助くんの細めた目の端に滲む涙を見ないふりしてるっていうのに。
俺は、優しい瞳をしている勇助くんの視線から逃れたくて、気付かれないように視線は前を向いたままにして隣にいる壱岐の脇腹を再び掴む。
「うぎょはぁ?!」と壱岐が発した奇声によってこの空気が変わってくれないかと、心から願った。
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