面影探して
日向が俺の部屋から去ると、俺は携帯を取り出して登録数の少ないアドレス帳からある人物に電話を掛ける。
前々から電話を掛けると言っていたので、堪え性のない従妹は待ちぼうけをくらっているに違いない。
それを証明するかのように、呼び出しのコールが一つ鳴るとすぐにそれは途切れた。
『彦?』
「喜美花」
その声は弾んでいて、思わず口元が緩まる。
なんだかんだいって俺にとっては大切な従妹だ。守ってやらないとと、守ってやらなきゃと思っている。
喜美花が笑ってくれるなら、俺は出来るだけの事をしないとって。
そんなことを考えていると、先程の声とは打って変わって不機嫌そうな声が聞こえて来る。
『おそーい!』
「悪い、さっきまで部屋に日向がいたんだよ」
昨日喜美花と電話する前から日向が部屋に来ることは決まっていたけど、それを喜美花に伝えるのを忘れてたな。
俺は前髪を搔き上げながらそういえば、と思い出した。
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、「はぁ?!」と耳に痛い声が喜美花から発せられた。
『え、何?!私の知らない間に何が起こってるの?』
えーっと…どこまで俺喜美花に説明したっけか?
一週間前に連絡しているから――ってことはあれだ、日向とこんな風になってることとか報告してねぇや。
ていうか怒涛の一週間だったな……こんなに長い一週間ってあっただろうか?て感じだ。
真とも知り合いになったのも一週間くらい前だしな、その後も勇助くんに告白されたり……
……今思い出しても、胸が痛むけど。
俺が記憶を整理しながら喜美花に近況を報告していると、やはり喜美花も気になったようで。
『スルガくんの告白、何で断ったの?』
「――え」
何でって、なんだよ。
断らないと駄目だろ。そもそも俺恋愛対象は男ってわけじゃないし。
委員長にも言ったけど勇助くんがどうとかじゃなくて、俺が。
【俺】は、本当の俺じゃないから。学校の【俺】は人に好かれる資格なんて――ないから。
でもそれを口にしたら、喜美花はきっと傷付く。だって【俺】を作り上げたのは喜美花だから。
俺はもう、喜美花を傷付けたくない。傷付けちゃいけないんだ。
「だって、【俺】ってチャラ男って設定だし、しかも自分より大きい男は駄目だろ」
「キャラ的にさ」と誤魔化すように笑いながら、そう口にした。
喜美花に気付かれませんよう。ああ見えて喜美花は聡い子だから、察してしまうかもしれないけど。
そんな俺の本当の思いを理解しているのか、喜美花は一つため息を吐いて
『――そうよね、その設定じゃ、仕方ないわよね』
その声は、少し寂し気に聞こえた。
前もそんな感じの声を聞いた気がして、焦る。
俺は何か言わないとと口を開くが、その前に喜美花の言葉がそれを遮った。
『明日とか、来週とかなんか予定はないの?』
「え、あ、明日は壱岐と買い物に行く約束をしてるけど……来週からは委員長とテスト勉強」
『きゃ―――!やっぱりこの二人は強いわよねぇ!!』
……さっきのしおらしい態度はどこにいったんだ。
まぁこんな風にはしゃいでる方が、喜美花らしいけど。
どんどん暴走して『委員長さんは絶対彦のこと好きだしー!』『長門くんもグイグイ来てグッジョブ!』とか言ってるし。
いやいやいや、待て待て待て!好き勝手に想像したら委員長に申し訳ないだろうが!(壱岐はまぁいいけど)
――俺が止めても止めても、喜美花の妄想トークは小一時間ほど続き――というか、母親である香苗さんが喜美花を呼びに来るまで続いた。
俺は来週も電話かメールで報告することを約束し電話を切ると、大きく深呼吸してのそのあと寝室へ移動し、ベッドに寝転がる。
背中にはふかふかの布団の感触、視線の先には白い天井。
ゆっくりと目を閉じる。視界が黒に染まり、音楽も流していない部屋には俺の呼吸音くらいしか聞こえてこない。
――筈なのに。
「……ごめん、喜美花……」
あの時の声が聞こえそうで、あの時の夢を見そうで。
それがどうしようもなく怖くて、嫌で、つらくて。
俺は両手で自分の耳を塞ぎながら、閉じている瞼に力を入れる。すると――
『お前のせいじゃないだろ』
――ふと、温かい光が差した気がした。
この声を俺は――知っていた。どこかで聞いたことがあった。
でも、その人の顔は思い出せなくて。思い出したいのに、思い出せなくて。
その人の事を思い出そうと躍起になっている間に、気付いたら俺の意識は夢の中へと消えた。




