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1話

初投稿です。

某ゲームの影響で弟子を溺愛する師匠と全力で甘える弟子ちゃんのお話が書きたくて出来たお話です。

二次創作ではなく弟子の呼び方以外は別人なので、ご容赦を。

お付き合い頂ければ幸いです。


 ぼんやりと、薄暗い。でも瞼の向こうから突き刺す茜の強い日差しに、地べたに寝転んでいた少女は瞼を押し上げる。



「流石は俺の愛弟子だ。よくここまで帰って来れたね」

「し、しょー……」

「あと、もう少しだ。君なら出来る。そうだね?」



 少女に声をかけた男は、逆光で顔は翳っているが穏やかな目で少女を見下ろしていた。


 少女は十歳くらいだろうか。前髪は眉より上で切り揃えられお下げにした薄紫の髪、小柄ながら白い四肢はしなやかで細かい傷が幾つも見当たる。菫色の瞳が特徴的で、まだあどけないながら、愛嬌が有り目鼻立ちの整った顔立ちの少女だ。

男は、少女より一回りは年上だろう。顔の下半分を黒い布で隠していて全貌は知れないが、左目を縦にまたがる古傷や、軽装備の隙間から覗く鍛えられた逞しい肩や腕には少女よりも多くの傷がある。


 互いの呼称から師弟関係であることは明白だ。

弟子である少女を屈んで見下ろす男の目はどこまでも優しげでありながら、肩で息をして起き上がれずにいる少女に手を差し伸べる事はしない。ただ、にこにこと見守っている。



(あと、もう少し……)



 少女はチカチカと明滅する視界に、吐き気も痛みも感じながら状況を把握する。

この原因は、扱いに苦手意識のある重い大戦斧を武器として選び訓練中に湖に落ちた時か、少女の気配に群がってきた狼のモンスターを相手にした時か、崖を素手で登った時にぶつけた時か、その他の何れか、或いはその全てだ。


 混濁する意識の中では、どうやってここまで辿り着いたのか所々思い出せない。

何とか見渡しの良い平原にまで辿り着き、先程まで対峙していた赤々と燃えるような気配から逃れたつもりでいたのに、まだ終わっていないと告げる本能によって肺が酸素を取り込んで、その勢いのまま丹田に力を込めて立ち上がった。

少し向こうには、赤い毛皮の大きなグリズリーが逆毛を立てて少女を睨み、猛スピードで向かってきていた。

少女の頭よりも大きな掌の赤毛熊。その一撃を喰らえば、頭と体は離れ離れになって少女の灯火も消えるだろう。



「もうそこまで赤毛熊が来てる。シルヴァ。君なら出来るね」

「……う、ん」



 ふら付きそうになる足に、構えた武器の重さに耐えきれないと悲鳴を上げる腕に、そんなこと知るかと力を込める。

まだ幼く、短い四肢の筋繊維が悲鳴を上げる。なのに、沸騰しそうな血が怒涛に流れる感覚に、思考が麻痺していく。



「うあ、ぁぁああああぁぁああぁあああ!!!!」



 少女、シルヴァが吼えて、その手にした大戦斧を振り抜いた。

はらり、と、赤が舞った。

空気をも切り裂いて、爆風を巻き起こしながら赤毛熊を襲う一撃。シルヴァはそれを御しきれず、大戦斧の引力に一度、二度とくるくると躍りながら前に進む。



(あと……もう少し)



 赤い掌が、シルヴァに迫っていた。

赤毛熊はその巨体でありながら、シルヴァの放った渾身の一撃を紙一重で躱し、巻き込まれた数本の毛先の事など露程も気にもせず、必殺の一撃をシルヴァに振りかぶる。


 それでも、師は動かない。ただ、じっと見詰めている。



「こ、……んのぉぉぉ!!」



 踊りながら、腕の骨を軋ませて、先程の一撃を繰り出した時に内出血して黒くなった腕で大戦斧を持ち直し、武器に振り回されるのを両足で地を削る勢いで踏ん張り、右下から左上に向けて斜めに斬り上げた。

ぼたぼたと赤が、降り注ぐ。

熱く、鉄錆びの様な生臭い赤が、シルヴァの薄紫の髪を染め、細い白い肢体を染め、大きな掌がシルヴァの後ろに吹き飛んだ。

けれどシルヴァは落ちた掌には一切構わずそのまま大戦斧を振り抜くと、空中に放り出された体を捻り、重力に従って落ちていく大戦斧で赤毛熊の頭を叩き割り、シルヴァを含めた武器の重さで押し潰していく。

赤毛熊は上から潰され、頭蓋が割れて脳漿が飛び散り、目玉が飛び出し、ひしゃげていく。

そのくせ、まだ繋がっている掌を振り回してシルヴァを振り払い牙を剥き出して襲おうとする姿に、背筋に凍る。それは生への執着か、闘争本能の成す怨嗟か。


 何とか振り落とされないようしがみつき、遂に赤毛熊が地に伏すと口から涎にまみれた舌がだらりと投げ出された。

視線を向けると、ぐちゃぐちゃになって息絶えた凄惨な死顔の赤毛熊。その容貌に、胸のうちから冷たく刺す様な感覚が襲う。気が付けば菫色の双眸からぼろぼろと涙が零れた。


 滲んでぼやける世界。茜の向こうに数多の煌めきと群青を従えた黒が迫っていた。

その、真ん中。

ただぽつんとある人影。

表情も何もかもがぼやけていても判る、いつもの微笑みを浮かべているだろうその人影は、そっと両腕を伸ばしたのが判った。

それはまるで、広げられた腕の中こそが自分の居場所だと思わせる。

限界を越えたシルヴァにはもうまともな判断は出来ず、ただ其処へふらふらと引き寄せられ、何とか辿り着くと優しく抱き止められた。



「うん。あの激昂した赤毛熊を倒すなんて、本当に凄い事だ。流石、俺の愛弟子だ。よく頑張ったね」

「……」



 息をするにも痛む体も、何度も頭の中にちらつく熊の死顔も、その低く優しい声と頭を撫でる温かい手に、柔らかいものへと塗り替えられていく。



「さあ、帰ろう」



 視点の定まらないシルヴァの口に丸薬を落とし飲み込むのを見届けると、その小さな体を片腕で軽々と抱き上げ、赤毛熊に突き刺さった超ヘビー級の重量である大戦斧を軽々と背負うシルヴァの師、イェルド。

その腕に包まれた瞬間から、シルヴァの意識は世界と同じく輪郭がぼやけ、色んな色を混ぜた水のように濁った渦に呑まれていた。もはやあの苦くて臭い丸薬の味も匂いも解らない。


 イェルドはそんなシルヴァに向けて「凄い」「よく頑張った」と繰り返す。聞いてはいないと判っていても如何に誇らしい気持ちかを聴かせ続け、鼻唄でも歌い出しそうな程上機嫌に軽い足取りで帰路を歩いていく。

その周囲には、赤毛熊の肉塊と血の匂いに誘われた魑魅魍魎が蠢くのも構わずに。



ーーーーーーーーーー



「はっ……!」



 初めて一人で赤毛熊を討伐したあの日の事を、7年経った今でもシルヴァは夢に見る。

あの後、酷い熱を出して丸三日寝込んだ間、イェルドはシルヴァの側を一切離れず看病していたと聞いた。目が覚めた時に見たのは目の下を真っ黒にして少し窶れた様子の師で、ずっと手を握っていてくれたことを嬉しく思い、自分の弱さが悔しかったのを覚えている。

当時まだ十歳の子供だということを考えれば、常識的には決して弱くはない。

それに始めからイェルドが手を貸していれば、大戦斧の重さで溺れ掛ける事も、狼の群に囲まれて崖を飛び降りてまたある程度まで登る事も、赤毛熊と対峙した時でさえ満身創痍までは成らなかっただろうし、その所為で熱を出した子供の面倒を三日も寝ずの番をしなくて済んだはずなのだ。


 ただ、それ(師の助け)がシルヴァにとっての当たり前になってしまえば、イェルド不在時にシルヴァは動けないだろう。

そうならない為の師匠なりの教えなのだと、シルヴァは気が付いていた。


 ふと横目に窓から差し込む光を見て朝の訪れを知り、手早く着替えて朝の準備を済ませるとキッチンへ向かう。

あの頃伸ばしていた髪は肩の上で切り揃えて、イェルドの古い知り合いから今ではすっかりお姉さんになったと言われるようになった。


 エプロンを着けて、冷蔵庫から卵と加工肉を取り出す。なんでも炭にしていた昔と違って、今ではきちんと彩りと栄養を考えた食事を作れるし、その味だって誉められるのだ。

裏庭に続く勝手口の向こうから聞こえる素振りの空を切る音と、熱したフライパンの上で加工肉が焼けるジュージューという音を聴きながら、肉の隣でくるくると卵をかき混ぜながら固まっていくのを見計らい、まだ少しとろりとしている所で火から下ろして皿に盛り付ける。

昨夜のうちに仕込んでおいた、野菜たっぷりのポタージュをスープカップによそい、テーブルに二人分の食事をセットして、自分達を示すマークの入ったカトラリーを各々の何時もの席に並べる。稲妻はイェルド。月はシルヴァ。


 朝食の出来に満足げに頷くと、勝手口を開いて裏庭で素振りしている背中をすぐに見付けた。



「ししょーう!おはようございます!ご飯出来ました!」



 小走りから地面を蹴って、師の後頭部目掛けて飛び掛かるシルヴァ。

狙い定めた通り肩に飛び乗って、落ちない様に足を絡め、両腕でその後頭部を抱き締める。

一歩間違えれば殺人行為。通常なら共倒れのシルヴァの行動に一歩も動じず、上半身にも僅かなブレもなく受け止めたイェルド。

慣れや気配を感じ取っていたにしても、筋骨隆々とは言えないまでも鍛え抜かれた体躯は流石である。



「おはよう、愛弟子。今日も朝から元気いっぱいだね」



 そう言って首を反らす程の角度で顔を上げてシルヴァと目を合わせ、シルヴァの腕を優しく解くと左手を繋ぎ、右手でシルヴァの頭を撫でた。


 常にシルヴァを甘やかしているイェルドにとって、毎朝タックルやら飛び掛かってくる弟子の行動は可愛い戯れでしかない。

それをしなければしないで、元気がないのかと心配される事もあってシルヴァも止めないし、全力でイェルドには甘える事にしてる。


 そんな師の甘やかしと厳しい指導を受けてきたからこそ、シルヴァは赤毛熊の夢を見ても魘されないのだと思っている。

きっとあの時の「よく頑張った」と誉め称える言葉と、優しい温もりが魔除けの様に今も残っていて、日々何かにつけて誉めてくれるからその効力は衰えない。



「師匠、大好きです!」

「うん、俺もだよ」



 保護者と娘として、師弟として。これ以上ない程、男女の情が入り込めない程、互いに信頼し合っているからこそ親愛の言葉を絶やさない。周りは呆れてすらいるけれど、当事者達にはそんな反応は関係ない。


 とはいえ、四六時中こうかといえばそうではない。

二人で朝食をとった後、シルヴァは二人分の食器を洗って片付けると、テーブルを拭いていたイェルドに抱き付く。台布巾をテーブルに置くとイェルドもシルヴァを抱き締め返した。



「師匠、いってきます」

「いってらっしゃい、愛弟子。必ず帰って来るんだよ」

「はい」



 数秒の抱擁から離れると、シルヴァはガラス玉と房飾り以外に飾り気のない槍を背負い、玄関を開ける。


 外に出て、道に出る。

その途中振り返れば、こちらに向けて大きく手を振る姿が見えて、負けじと手を振りながらシルヴァは道を進んでいった。



ーーーーー



 人魔戦争が停戦して12年。この世界では一昔前までは人間と魔族が各地で激しく争っていた。

魔族と呼ばれる人々は、人間とそう変わらない見た目ながら魔素と呼ばれるエネルギー体を扱う事が出来る人達であり、知的であるが強大な力を得た代わりに短命で、大昔は人間と関わらないようしていた。

けれど各地では魔族の大量虐殺が相次ぎ、この原因が人間からの迫害と知ったある魔族が立ち上がり、争いながらも魔族の奴隷解放、侵略の禁止等を条件に各地の争いを一時は鎮めた。


 けれど、魔族の安寧や生活に必要な魔素やその結晶は魔物を増やし、病の原因になった事もあり、人間にはただただ毒でしかなく、共存は不可能だとまたしても戦争に至る。


 そんな報復合戦が200年以上続いたある日、勇者が現れた。

魔族優勢の中、魔王が宣言した滅亡へのカウントダウンの3日前、人間の誰もが諦めかけたカウントダウンを止め、魔王を倒したその若者は、叙爵されルベリオン伯爵として土地を与えられると、人魔融和を試みることにした。

魔王の庇護下にあった力の弱い魔族や、魔素から毒を失くす研究をする学者等、人魔共に利点を見出だした者が幸いにも協力を申し出たことで、たったの12年でここまで平穏を築くことが出来た。



「あらぁ、シルヴァさん、おはようございますぅ」

「おはよう、ミーネさん」

「今日も討伐依頼が来てますぅ。最近魔物が活発ですねぇ」



 イェルドとシルヴァの家から丘を越えると、王国の北西に位置する小都市、パルヴォラがある。

この小都市こそ件の勇者が拝領した土地であり、人魔融和のモデル都市へと成長を遂げていた。魔物が多く生息する旧魔族の森と隣接した都市ではあるが、人魔融和が成り立つ事で商業も盛んになり、また魔物の被害を減らすべく多くの傭兵が集まり、必要な物資を売る商人で賑わっている。


 そして訪れた多くの傭兵達を管理と治安維持のために、ギルドが設置された。その方が色々と都合が良く、今では重宝されている。


 シルヴァが目指していた場所は大通りの突き当たり、赤い屋根と尖塔が目印で、誰でもそれと判る王国共通のギルドマークを掲げた建物。

そこに訪れたシルヴァを見付けるや話し掛けてきたのは、長い黒髪を一つの三つ編みにした、おっとり口調と分厚いレンズの顔からはみ出すほど大きなメガネ、シルヴァと比べるまでもなくたわわな圧倒的戦力差(胸部)を持つギルドの看板受付嬢、ミーネ。

断っておくがシルヴァはまな板な訳ではない。慎ましく、淑やかなだけである。ミーネが凄いだけである。



「それからぁ、今ぁ、奥でもめていますぅ」

「何かあったんですか?」

「えぇとぉ、余所の魔物の買取り価格にぃ、不満爆発ぅ、だそうですぅ」



 傭兵に気の荒い者も少なくないため、ここではギルド登録が無い者には魔物を狩っても報奨や換金は認められない。

その上、旧魔族の森の魔物を他の都市や国で換金することは出来るが、パルヴォラで売れば相場より3~15倍の値が付く為、わざわざ輸送コストを掛けてまで他国に売るメリットは無いと言われる。

と、なれば勿論、その逆を付こうとする輩が稀に現れるのだ。そういうのは大体、流れの新米傭兵だと知れる。



「だーかーらー!この青蠍は旧魔族の森で狩ったって言ってんだろ!」

「魔力があの森のものとは違うと言っておろう!そもそもあの森にゃあ青蠍なぞ出んわ!」



 普段は相談や作戦室として使われている応接室から、小汚ない身形の如何にも破落戸という風体の男が三人、怒鳴り声と共に蹴り出された。

応接室に向けて悪態を付く破落戸は、遂には禁句を扉に向けて言い放つ。



「何でも知ってるつもりかよ!クソババァ!」



 遠巻きにその様子を見ていた他の傭兵達は、破落戸に呆れていたり面白がってその反応を賭けていたりと様々だったが、その言葉を聞いた瞬間にしん、と静まり、瞬時に金属製品をその場に残してその場から離れたり、談笑スペースのテーブルを盾にして隠れたりと素早い行動に出る。

ミーネも受付カウンターの下に身を隠し、シルヴァも例に漏れず槍をその辺に放ってカウンター内に滑り込み、ミーネの横にしゃがみ込んで両耳を塞ぐ。槍がごとりと鈍い音を立てて床に落ちた。


 そして次の瞬間、轟雷が駆け抜ける。



「誰がババァだ!!!!!!!こンのクソガキャア!!!!!!!」



 扉や破落戸、周囲の物を吹き飛ばす爆風と、金属という金属が帯電して浮き上がる。憐れにも装備の所為で浮き上がっている者も何人か居て、すっかり慣れた様子の二人と何がなんだかという顔をして暴れる数名。

慣れた二人は暴れる数名にこの後どうするのが得策か告げる。



「祈れ」



 数名の中に含まれる破落戸達は、その意味を理解できなかった。

受け身を取らねばと腕を付き出した瞬間、思い切り上に引き上げられギルドの建物を支える鉄骨に背中を強打し、今度は地面に叩き付けられゴムまりの様に跳ねて転がる。骨も内臓も痛めたに違いない。

幸い、と言うべきか、そうなったのは狙い済ましたように喚いていた破落戸だけで、巻き込まれた数名は無事だった。


 シルヴァとミーネがそろりとカウンターから顔を覗かせると、破落戸が白目を向いて泡を吹いているのが見えた。

そして悪鬼の形相で大薙刀を携えて仁王立ちする人物に目を向ける。

成人男性よりも頭2つ分は背が高く、筋肉質ながら女性らしい湾曲があり、脹ら脛まで伸びた長い白髪から覗く双眸は魔力の現れである星々のような煌めきを宿した青。



「シルヴァ!来ておろう!そやつら死なない程度に手当てしておけ!」

「はい」

「それからミーネ!そやつら追い出したら塩撒いときな!」

「はぁーい」



 カウンターから覗く二人に指示を飛ばして、悪鬼の如き女はズカズカと足音を立てて応接室に戻っていった。

それを見届けるとシルヴァとミーネは、指示にしたがってカウンターから破落戸の元へと近付く。


 ミーネがカウンターに常備している救急箱と小瓶をシルヴァに渡し、シルヴァは破落戸にまだ脈が有ることを確認すると、手を合わせてから小瓶の蓋を開ける。

その中には、白く丸まった成人男性の親指くらいの太さの芋虫が数匹。



「ごめんね。貴方達の命、使わせてもらうね」



 シルヴァは小瓶の口に蓋代わりに左手を当てて、右手を一番酷い状態の破落戸に向ける。

瓶の中とシルヴァの右手が淡く光り、破落戸の顔色に赤みが戻り弱くなっていた脈が徐々に正常に戻っていった。



(あね)さんを怒らせるなんてぇ、()()()にも程がありますぅ」

「まあまあ……何事も経験だ、ってうちの師匠も言ってましたよ」

「それはぁ、そうかもしれませんがぁ、時として無知は罪ですぅ」



 そう言って、ぷんすかと頬を膨らませて怒るミーネは、胸ポケットに入っていたというか挟まっていた「失敗」と彫られた判子を破落戸の顔にスタンプしていく。

あれは通常、依頼失敗時に依頼用紙に失敗した傭兵の名前の横に捺されるもので、依頼内容にも寄るが基本的には傭兵の沽券に関わるものなのであまり貰いたくないものだ。



「光清虫の幼虫だってぇ、ただじゃないんですぅ。何よりぃ、こんな人達に使ってあげるなんてぇ、姐さんは人情家にも程がありますぅ」

「あ、はははぁ……ここまでしなければ良かったんじゃ……」



 一命を取り留めた破落戸達が意識を取り戻すと、シルヴァとミーネは他の傭兵達に下がるよう言われ、屈強な男達に破落戸達は連れていかれ、ミーネは指示された通りに塩をこれでもかという程入口から外に向けて撒いて、後片付けや掃除を始めた。

ギルドの裏手から悲鳴が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。



「シルヴァさんはぁ、お片付けなんてぇ、しなくていいんですよぉ。それよりもぉ、受けて欲しい依頼があるんですぅ」



 箒を持ち出したミーネは、手伝おうとしたシルヴァにそう言って制止すると、依頼の貼られたボードから一枚の依頼用紙を外して差し出す。



「……赤毛熊」

「はぁい。シルヴァさんならぁ、安心して任せられますぅ」



 依頼報酬14,800ゼム。一人辺りの一日の平均食費が500ゼム前後ということを考えれば、約ひと月分の食費が賄える。

その上、赤毛熊から採れる毛皮や爪や牙、果てには胆や脳まで薬効があり重宝されているのだから、換金すれば相当額が約束された依頼だった。



「お願い、出来ますかぁ?」

「……。はい」



 先程放ったままだった槍を拾い上げると依頼用紙を受け取り、壁に押し付けて受諾のサインを書き込む。



“シルヴァ・ルベリオン” 



「頑張ってくださいねぇ。ルベリオン伯爵様のぉ、いいえ、勇者イェルド様のぉ、お弟子様ぁ」



 小都市パルヴォラ領主ルベリオン伯。子供達の憧れの勇者様。

それがシルヴァの自慢の師匠、イェルドだ。



「はい!行ってきます!」



 シルヴァは満面の笑みを浮かべる。

その顔に不安はなく、駆けていく後ろ姿は自信に満ちていて、ミーネには輝いてすら見えた。




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