6.アップルパイと魔女の店
小説の内容、一部追加・変更しました。
「おはよう。姉さん」
朝起きてから、ダイニングルームへ向かうとルーカスが先に朝食を食べていた。
「おはようルーカス。あれ?お父さんは?」
「父さんならもう王宮に行ったよ。昨日残して帰った仕事があるんだって」
「…昨日あんだけお酒飲んでたのにすごいなぁ。」
「本当にね」
昨日のお父さんの姿を思い出してルーカスと笑い合う。
あんなにいっぱい泣いて、はしゃいで、酔っ払っていたけど大丈夫だろうか…少し心配になる。
それでも、私が帰ってくるから出迎えたいと仕事があるのに急いで終わらせて、家で待っていてくれたお父さんはやっぱり自慢の父だ。
「じゃあ姉さん。僕も仕事があるから行ってくる。」
朝食を食べ終えたルーカスは、料理長に挨拶をして席を立つ。
昔と比べて、身長も伸びて大人っぽくなったルーカスは、紺色に金の刺繍が施されている軍服をかっこよく着こなしていた。
昨年に王立魔術学園を飛び級で卒業し、今はお父さんの仕事を手伝いながら外交の仕事をしている。
甘いマスクが印象的なカッコいい自慢の弟は、お父さんから聞いた話によると王宮でもモテモテらしい。
私と同じ淡いベージュ色の髪のはずなのに、ルーカスの方がサラサラで艶がある髪で少し悔しい。
「ルーカス、本当に立派になって…姉さん、感動で泣きそうだよ」
「大げさだよ。…あ!そういえばこれ渡しとく。」
そう言ってルーカスが何かが入っているカゴバックを渡してきた。
中を覗くと、そこにはアップルパイが入っていた。
「ルーカスのアップルパイ!!作ってくれたの!?嬉しい!!」
ルーカスは昔からお菓子作りが得意で、お母さんが残してくれたフォルディナント家秘伝のお菓子レシピを見ながら私にいろんなお菓子を手作りで作ってくれていた。
「今日東の魔女のところに行くんでしょ?」
「え、なんで分かったの!?」
「姉さんが帰ってから行きそうな所といえば、あそこくらいしか思いつかないからね。手土産に持っていって」
どうやら弟には全てお見通しだったらしい。
…それにしても、手土産まで用意してくれるなんて、高スペックすぎないかウチの弟は。
「じゃあ、東の魔女によろしくね。」
「ありがとうルーカス。いってらっしゃい」
アップルパイをありがたく受け取って、仕事に向かうルーカスを見送る。
お父さんもルーカスも仕事に行ったことだし、私も準備しないと。
そう思い、急いで朝食を食べて、東の魔女の家に向かうために準備を進めた。
ヴェルヘイン王国の王都にある城下町。
多くの人で溢れ、たくさんの店が立ち並び、華やかで綺麗なその街並みを抜けて裏路地へ入る。
薄暗い場所にポツンと灯りのついた店があった。
魔女の帽子が描かれた看板が付いている怪しいその店は…“東の魔女”メアリーの店だ。
彼女は“薬草の魔女”とも知られており、彼女の薬を求めて店を訪ねるお客さんもいるとかいないとか…
私が初めてこの店に訪れたのは10才の頃。
その時も…そういえばルーカスのアップルパイを持っていった気がする。
フォルディナント家のスパルタ教育をこっそりサボり、王都を散策しながらルーカスが作ってくれたアップルパイを独り占めしようとしていた時、偶然この店を見つけた。
私は6才の時に魔法無効化能力に目覚めてから、ずっと能力制御の仕方が分からずにいたため、メアリーと初めて会った当時も常に能力が発動している状態だった。
東の魔女・メアリーは用心深く、人嫌いなため、店の中に様々な仕掛けと結界を張っており、簡単には会えない。
それはヴェルヘイン王国では有名な話だった。
しかし、私は普通にお店に入った。
なぜなら、メアリーがお店の扉にかけていた結界を能力で無効化してしまったからだ。
正面からそのままお店の中に入ると…
「…いらっしゃい。私の店に正面から堂々と入ってきたのはアンタが初めてだよお嬢さん。」
出迎えてくれたのは、エメラルド色の長い髪に黒いローブを着た妖艶な女性。
その女性こそ…東の魔女メアリーだった。
「何か私に要かい?」
そう聞かれたが、特に用事があって訪ねたわけではないため困る。完全な好奇心でお店に入ってしまったのだ。
考えた末、私は思わず手に持っていたアップルパイを思い出し、
「一緒に食べませんか?」
独り占めしようとしたアップルを一緒に食べようと誘った。
すると、
「ははは!(笑)魔女をお茶に誘うなんていい度胸してるじゃないの。」
メアリーは大笑いしていた。
「今からお茶入れてあげるからそこに座りな!」
張り切ってお茶の準備をしてくれた。
その日を境に私は東の魔女メアリーと友人になったのだった。
店の正面入り口にある古い扉をノックし、ドアノブを右に1回、左に2回回す。
能力を使って入ると、また1から結界を張らないといけないと怒られるため、メアリーが教えてくれた方法で店の中に合図を送る。
すると扉がギギ…と音を立てて、勝手に開く。
ルーカスが作ってくれたアップルパイを片手に、扉の中へ入る。
そして、長い長い廊下を抜けて、突き当たりの部屋に向かう。
「メアリー、アップルパイ持ってきたよ〜」
初めて会った日と同じ、ルーカスが作ってくれたアップルパイ。
彼女は甘いものが大好きだから喜ぶだろう。
そう思い、ルンルンで部屋に入ると…
「ルーーーナーーー!!!」
私のお腹に目掛けて何かが突進してきた。
ドンッ!!
すごい衝撃に耐えきれず、私は手に持っていたカゴバックを手放す。
中身のアップルパイが…カゴバックから出て、宙を舞う。
さらば、アップルパイ。
宙に舞うアップルパイを見つめながら、心の中でそう呟いたのだった。