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闇を統べる者  作者: 吉岡 我龍
芽生え
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芽生え -辻斬り-

挿絵(By みてみん)

 次の朝早速カーチフ夫妻が揃って皆を案内してくれた。

郊外にあるナジュナメジナの屋敷は大きく立派ではあったものの、働いている人間は衛兵も含めて驚くほど少ない。

暴動が起きた原因が彼にあるというのに自身の命が惜しくは無いのだろうか?

「そのあたりも彼が急変したといわれる理由なの。」

ケディが簡単に説明してくれた後執事らしい人物に話を通すとすんなり屋敷の中へ上げてくれる。そのまま応接の間に案内されると、

「ようこそケディ様にカーチフ様。それと小さなお客人方。」

まるで部屋の外で待ち構えていたのではと思われるほどすぐに姿を現したナジュナメジナ。

見た目はいかにも資産を蓄えている外見、日ごろから良いものを沢山食べているらしくその身体はかなり肥えている。

しかし纏う雰囲気が全く持って常人らしくない。まるで一国の将軍が目の前にいるようだ。

(な、なるほど。ガゼルが忠告してくれたのも頷ける。)

強者の纏う独特の雰囲気というのは確かに存在する。そしてそれに疎いクレイスですら妙に緊張してしまうのは間違いなくこの男のせいだろう。

初対面の4人は立ち上がって各々が挨拶を交わすと彼は一人一人に丁寧な対応で応えていた。雰囲気はともかく話せる人物だというのはこういう行動からかと一応は納得する。

「それで。私にお話というのは?」

椅子に座った実業家は笑顔で話を始めた。これに関してはショウが発起人なので彼と話したい内容など何も考えていなかったクレイスはただ見守る事を決め込んでいた。

「俺の連れがお前は只者じゃないって言ってたんだけどさ。ちょっと立ち会ってみてくれないか?」

だが最初に口を開いたのはカズキだった。しかも内容が相変わらず彼らしく物騒なものだ。

いくら人のよさそうな男とはいえ流石に無礼すぎるのでそれを静かに咎めようとしたが、

「ははははは。私は実業家です。戦うのなら金銭で、という事になりますがよろしいですか?」

「む?その発想は無かったな・・・金を投げつけあうのか?」

ナジュナメジナの答えに頭を悩ませた結果、金銭を使っても結局肉弾戦しか出てこなかったカズキ。それを聞いて更に楽しそうに笑う実業家は、

「はっはっはっはっは!っげほっげほっ!!す、すみません。笑いすぎて喉が・・・」

息も苦しそうな程笑い続けてむせてしまった。こちらを馬鹿にするでもなく本当に楽しい様子だ。やがて呼吸が整ってきたのを見計らって今度はショウが切り出す。

「では私が本題を。貴方は『シャリーゼ』が崩壊した後何故祖国を助けなかったのですか?」

それを聞いてやっと全てを理解したクレイス。『トリスト』で働き始めはしたもののやはり生まれ故郷の件に関しては放置しておけないらしい。

ただ、この質問には大いに興味を惹かれる。少し話した感じでも彼の器は相当大きい。

こんな男が自身の利だけを追求して祖国を離れるといった選択をするだろうか?そもそも労働者を低賃金でこき下ろして不満を爆発させるだろうか?

皆が注目する中、ナジュナメジナはかなり長い時間考え込んだ後、


「・・・・・ふむ。その答えはまた今度でもいいかな?」


歯切れよくすぱっと答えてくれそうな人物なだけに意外な返答を受けてショウは目をまん丸にしていたが、

「わかりました。では次回またお会いしてくれると受け取ってもよろしいですね?」

「ああ。その時は盛大に御もてなしさせてもらうよ。」

さりげなくまた会う約束を確認すると、それにはナジュナメジナも笑顔で答えていた。




実業家の館を後にした4人はカーチフ夫妻にお礼と別れを告げるとそのまま西へ向かっていた。

「クレイスも何かつっこんだ事聞けばよかったのに。」

カズキが少し不満そうにそう言ってきたが正直何かを聞けるほど興味も情報も持ち合わせていなかったのでこればかりはどうしようもない。

「でもガゼルのおっちゃんが言ってた事もわかったの。あれは何か怪しいの!」

魔族というのがばれないように終始大人しくしていたウンディーネがぴちぴちと尾びれを振って大いに盛り上がり始めた。長い腰巻も相当窮屈だったと感じさせる動きだ。

「怪しいというかかなりの大人物には見えましたが。うーん・・・」

珍しくショウが言葉を濁して深く考えに浸っている。一体どのような疑問を持っているのだろう?

そこだけは少し気になったがサーマの記憶からも実業家に興味を持つ事が出来なかったクレイスは別の話題を持ち上げてみる。

「そういえばカーチフ様がロークスに1人で来てたのって珍しいね。」

元4将筆頭の彼は現在一兵卒ではあるものの基本的にはいつでも動けるように彼の部隊も一緒のはずなのだ。

特に彼が家族のように大事にしている若者の2人、シーヴァルとサファヴがいない事には違和感を覚えていたが、

「ああ。なんか今は自分の家に帰りたくないって言ってたぞ。」

「何ですかその子供みたいな言い訳は?」

カズキの発言に思わず興味がわいたらしい。ショウが間髪入れずに口を挟むと、

「うむ。何でも今自分の娘を巡って激しい争奪戦が繰り広げられているらしいぞ。」

その話を聞いて思い出したのは暴動後に皆で食事をした時のことだ。彼の娘の両隣にはシーヴァルとサファヴが座っていた。

(まさか・・・)

すぐに否定はしたものの、当の若武者2人がロークスにいなかった事が答えとなっているのではないだろうか?

「よくそんな深い所の話を聞きだせましたね。」

ショウは完全にナジュナメジナの事から頭を切り離してカズキの話を聞きながら感心している。

「ふっふっふ。あいつには両腕折られたり正体隠されてたり散々だったからな。付きまとって根掘り葉掘り聞いてやった。」

「ああ。そういう事ね。」

非常に悪そうな笑みを浮かべて私怨を晴らしたといった風なカズキ。

それを聞いてクレイスは思わずカーチフに同情してしまう。以降も馬車の中では話題が尽きないまま街道を進んでいった。






 ナジュナメジナの館を出た時から感じていた気配はカーチフにしかわからなかった。

これはカズキ達がまだまだ未熟だという事だけでなく気配の主はカーチフしか狙っていなかったからだろう。

自身を試すかのように微弱な殺意を放ってくるのは試されているからか。それとも彼の正体を知らないからか。

(・・・いや、一人歩きしていた名声が堕ちてきた証拠だと受け取ろう。)

ケディと結婚し娘を授かった事で家族という大きな絆が自身の人生に深く刻み込まれたのは今でも鮮明に覚えている。

それは心を豊かにはしたものの怖いもの知らずだった彼の剣に良くも悪くも影響を与えていった。

4将筆頭を引退するにあたっては娘シャルアの反抗期が決定打となったのだから自分でも変わったなぁと感心したほどだ。

彼が一兵卒に身を潜めて既に8年、新兵はカーチフの名前こそ知ってはいるものの彼の容姿や顔は知らない者ばかりになってきていた。

静かに名を忘れられていく事に少しの寂しさも感じるが家族と両天秤に掛けたら明らかにそれは軽い。

これまでの彼の行動の全て。偽名を使い始めたのも自身の家族を危険から遠ざける為、守る為なのだ。


(クンシェオルトももう少し上手くやればよかったのに・・・)


彼が自分の隊に入ってから3年鍛え上げた。元々筋はよかったがそれ以上に実直で戦う事に真っ直ぐ向き合っていた。

『トリスト』の精鋭部隊と衝突した時にクンシェオルト1人で全てを斬り伏せた一件はカーチフですら痺れたのを今でも鮮明に覚えている。

4将筆頭の後釜として、娘の婿候補としてすぐに話を切り出したものの彼は首を縦に振ってくれなかった。

後から聞いたのだがクンシェオルトは『闇の血族』という異能の力を持って生まれた存在だったのだ。

その力を解放すれば己の肉体を極端に消耗し寿命を大きく削ってしまうらしい。

ただ、彼には大事にしている妹もいた。更に彼らの両親はとうに他界しているという。

そこで高給取りの将軍位につくことを自身が別働隊から補佐するという条件付きで何とか納得させてカーチフも家族との時間を手に入れる事が出来たのだ。

後は自身の力を温存して長くその椅子に座っていればよかったものの、最後は『闇の血族』の力を解放して散っていった。

不器用だが彼らしい生き様を少し羨ましくも思っていた。


「ケディ。俺は用事がある。」


無事に妻を大役場まで送り届けると短くそう伝えたカーチフ。

まるで挑発してくるかのような微量の殺意が未だ放たれてくるのでどこか郊外でけりをつけようと考えたのだが。

(・・・なんでクンシェオルトの事を考えてたんだっけ?)

確かに強烈な功績を挙げたので『ネ=ウィン』ではこの先もずっと語り継がれるだろう。

(・・・シャルアの婿にしたかった・・・からか?)

今は幼馴染のシーヴァルと突然現れたサファヴとの間で揺れ動いているがあの2人では俺が納得いかないと心のどこかで感じているからか?

耳の傍で蚊が飛んでいるかのようなうざい殺気。これから気を紛らわす為に変な方向に思考が働いていたのだろうか。


平原が広がる場所まで歩いていくとゆっくり振り返ったカーチフ。

そこには黒い外套を被った自分と同じくらいの背丈の者が5間(約9m)ほど後ろに立っていた。

性別こそわからないが肩幅や足の大きさからみて女とは考えにくい。更に何度か耳にした外見は、

「えーっと、確か『七神』だったか?その1人で間違いないか?」

「ああ。流石にもう隠し通せないか。」

声色からも男だというのはわかった。ただ武器らしいものは何も携えていないし今では殺意が完全に消えている。

まるでご近所同士の挨拶にも近いやりとりと雰囲気にカーチフも悩んだが、

「で、俺に何の用だ?」

「お前と戦いたい。しかしお前からはそれほどやる気を感じない。どうするか悩んでいる。」

こちらの心は読まれている上に、そのせいで相手まで悩ませてしまっているらしい。

少し悪い事をしたなと感じはしたものの、正確にこちらの心情を読み取ってくるこの男は間違いなく只者ではないだろう。

「だったらもう話だけでいいんじゃねぇか?聞く耳は持っているほうだぜ?」

ならばと穏便に済ませるための提案をしてみるが、

「・・・ふむ。お前の妻と娘を斬り刻んで目の前に持って来れば本気を出してもらえるか?」

どうやらカーチフの言葉と気遣いは全く届いていなかったようだ。そしてこの瞬間話し合いで終わるという道は完全に潰えた。

「そうかそうか。死を望むならそう言ってくれればいいのに。」

非常に屈託の無い笑顔を浮かべる元4将筆頭はいつの間にか抜いた長剣を構えるまでもなく、


ざしゅっっっっ!!!!!!!!!


この世界で最も強いと称される男の一閃は黒い外套の男の胴を真横一文字に捉えていた。






 黒い外套は胴から下の部分が綺麗に切り裂かれて彼の下半身が姿を現す。と同時に二振りの刃が光って見えた。

円月輪と呼ばれるほぼ刀身全てに刃がついているそれを自身の腹部に十字で構える事でカーチフの一撃を受けきったらしい。

ただ、相変わらず視界の悪そうな外套は深く被ったままなので相手がどういった表情を浮かべているのかは確認出来ない。

むしろ一刀で終わらせようとしたカーチフの方が内心とても驚いていた。

(俺の一閃を受けきるか。)

昨日の晩餐時にショウから聞いていた『七神』の存在とその目的。

ヴァッツが人類の頂点に立つという話も決して眉唾ではないだろう。なのでもし自身が関わるような事があれば遠慮なく排除するつもりではいた。

「強い。お前より強かった人間はすぐに思い出せない。」

「そりゃどうも。」

彼なりの賛辞なのだろうがこちらとしては必殺の一撃を凌がれた事も相まって非常に機嫌が悪くなる。

死ぬ一歩手前まで追い詰めれば多少の情報は拾えるかと考えていたがそんな余裕を残して戦える相手ではなさそうだ。


・・・だだだんっ!!!


足を滑らすように動かして一気に間合いを詰めると今度こそ確実に仕留めようと縦横斜めの八方から剣閃を乱れ飛ばすが、


がががっ!!!がががががっ!!!!


全て片方の円月輪だけで凌がれるだけではなく左手からは反撃の一刀を放ってきた。

大きな動きと武器だったので近距離でも難なく体を捻ってかわすが彼の眼はそれが紐のようなもので繋がれているのを確認すると、


・・・ぎゅるるるるっ!!!


それが回転しながらカーチフの背中に向かって襲い掛かってきた。また奴の手に戻せば厄介だと判断した彼はすぐにその紐らしき部分目掛けて長剣を振り下ろす。


がぴんっ!


妙な感触と共に刀身がとんでもない力で引っ張られるのを感じてすぐに引き戻した。目視するのが難しいほど細いはずだがその耐久力は想像以上のものらしい。

「まさかこれが見えてるとは。ますます面白い。」

黒い外套の男はとてもうれしそうにそうつぶやくと今度は両輪を同時に斜め上に投げ放った。

するとその2枚は男の周囲を残像が見えるほどの高速で不規則に回転し始める。


きゅぃぃぃぃぃぃ・・・・・・!!!


あまりにも速く空を斬っている為耳をつん裂く高音が鳴り響く中、カーチフはそれらを叩き落そうと何度か長剣から剣閃を飛ばしてみるが、


がきんっ!!!がきっ!!!!


激しい金属音と共に長剣ははじかれ手には激しい痺れが走り出す。どうやら彼の力を持ってしても叩き落すのは難しいらしい。威力の差を感じたカーチフはいきなり背を向けて数間だけ全力で後退する。

会話に妻と娘が出ていた為逃げるという選択はありえない。黒い外套の男もすぐに距離を詰めるために後を追うがすぐに相手の狙いに気が付き足を止めた。

振り向いた彼の背後には雑木林が茂っており闇雲に円月輪を放てば枝葉が邪魔をして思わぬ方向に飛んでいくだろう。

もちろんそれらを気にせず振り回す事も可能だが速度や精度が落ちた瞬間をカーチフは見逃さない。

「どうした?大道芸はもう終わりか?」

「ぬかしよる。」

武器による有利不利はある。しかし彼自身黒い外套の男との力量差は感じていなかった。

当てれば倒せるという自信から今回は地の利を利用してみたのだが果たして相手はどう出るか。


きぃぃぃぃぃぃ・・・・・んんっ・・・・!!!


円月輪を再度展開して先程以上の速度で周囲を走らせ始めたそれはもはや常人の目では色すら識別出来ないだろう。

地面近くを走るときにわずかに砂を巻き上げてはいるのと風切り音だけがその存在を辛うじて示している。

それでもカーチフの心に淀みは無く、右手で握る長剣からは全く気配を読むことが出来ない。


互いに一瞬の隙を見極めて最大の攻撃を放とうとしている。


だんっ!!


軽く大地を蹴って前に飛んだ黒い外套の男が仕掛けると元4将筆頭は目をかっと見開いて瞬時に脇を締めて長剣を自身の体に引き寄せると


ぼふっ!!!!!!


未だに間合いの遠い敵へ予備動作が全く見えない強弓のような突きを放った。






 間合いの広さは黒い外套の男が操る円月輪も相当な物だった。

しかしそれとは比べ物にならない達人の突きは一直線に彼の鳩尾に向かって放たれると紐でつながれたそれらと一緒に、


ぎゃりゅっ!!!!


体を捻って致命傷は免れたようだがその刺突によって起こった細い竜巻のような現象は遥か後方にあった雑木林にまで届くと木々が何十本も折れて貫かれて小枝のように空に舞い上がった。

制御を失った円月輪も地面に落ちながら使用者と一緒に後方に吹き飛ぶ。ただ男の体に致命傷は入らなかったらしく見れば右手には短剣を握り締めていた。

カーチフの鋭すぎる突きが見えたのか読んだのか。咄嗟に円月輪を操る紐から手を離し懐の武器でそれを凌いだのだ。

(参ったな。これを見切るか。)

心の中では舌を巻いて驚いていたカーチフ。自身の突きを凌いだ人間は30年以上も前に1人、実父だけだった。

ただ相手も無傷ではない。胸元から右脇にかなり深い抉られたような傷が走っている。普通の戦士ならこれでかなり動きが鈍るはずだが、

「私の体に傷をつけた人間は過去に覚えが無いな。カーチフ=アクワイヤ。お前の存在は私の記憶と心に深く刻み残そう。」

むしろかなりの喜びを感じているらしく、状況としては劣勢の立場であるはずなのに随分余裕を持って相手を褒め称えてきた。

「そりゃどうも。」

先程のやりとりと似た感じの返事を適当に返すと黒い外套の男は円月輪の紐を放し短剣を仕舞ってどこからか刀を一振り抜いて構える。

「・・・お前、どんだけ武器を持ってるんだ?」

本当に大道芸人みたいな事をやっているので呆れながら尋ねるも彼の心中は穏やかではない。

「これが本命だ。」

最近だとカズキが使っていた刀という武器、これは自身の父が使う武器でもある。

その強さは十分熟知しているつもりだがこれほどの男がそれを振るうとなれば父以上の強さを持っている可能性は高い。

余計な雑念を捨てて心を沈め、どのような動きにも対応出来るように体を弛緩させて再度長剣を構えなおすカーチフ。

黒い外套の男も静かに数歩進んだ後速度を一気に引き上げると一瞬で間合いを詰めてきた。

追い払ってもよかったが彼の手の内である突きは既に一度見せている。簡単にかわされて無防備な所へ一刀貰うのは死に直結しかねない。

また、相手の刀がどれほどのものなのか。興味があったカーチフは受けに回る事を決めると彼の一挙一動を見逃す事無く目を皿のようにしてその時が来るのを待つ。


ひゅ・・・っんっ!!!


刀身が光り、自身の体を切断しようと襲い掛かってきたのを右手の長剣で受け流すもその後から音が耳に届き、風が巻き起こる。

少なくとも彼の凶刃はそれらよりも速く動くらしい。しかしそんな攻撃を凌ぐカーチフもやはり只者ではない。

長剣と刀が一瞬交わったにもかかわらず激しい金属音が鳴り響く事も火花が散る事もなかった。つまり同じような速度でそれを操ったのだ。

相手も下手に逆らわず流れ行く刀身を縦にして抵抗を増やす事でその軌道を最小限の動きと力で制御しながら斬り返しの一刀を放つ。

カーチフの左肩から右の腰に振り下ろされる刀は速度が加速し始めた瞬間を狙われてまたも長剣が受け流してくるが、


がぎんっっ!!!!


静寂の攻防に突然激しい衝撃が割って入ってきた。

2人の間に上空から見事な槍撃が振り下ろされたらしい、黒い外套の男の刀が地面に叩きつけられて切っ先が埋もれてしまっている。

久しぶりに肌がひりつく戦いを楽しんでいたというのに誰が邪魔をしたのか。少し感情的になったカーチフが3歩ほど素早く下がって上を見上げると、

「ふむ。」

黒い外套の男はまるで知っていたかのような反応でゆっくりと大地に刺さった刀から手を放して静かに引き下がる。

そこには翼を生やした金の髪を持つ少女が自身の背丈くらいある美麗な細工が施されている槍を手に男を見下ろしていた。

「見つけました。七神の関係者ですね?大人しく従えば手荒な真似は致しません。」

クンシェオルトの葬儀時に出会った第二王女が厳しい眼差しを送りながらそう通告した事でカーチフも湧いていた怒りを収める。

元々彼らと対立し始めたのが『トリスト』だという話も聞いていた為私情よりも先に彼女へ協力する姿勢に切り替えると、

「そいつは強い。足の一本くらい落としておいてもいいと思うぞ?」

直接戦った者として適切な助言をするカーチフ。ただ彼女はあまりよい顔をしなかった。

「天族か。さて、どうするか・・・・・」

しかし男は2人の話などどうでもよいらしく、腕を組み顎に手をやって何か別の事を考え出している。

本命の刀からは手を放し、相当な猛者が一人増えたにも関わらず余裕を見せるのには理由があるのか。

確かに懐にまだどれだけの武器を隠し持っているかはわからない。警戒は十分に必要だ、この時そう考えていたカーチフだったが

「随分無抵抗なんですね。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

イルフォシアはこちらの話を全く聞いていない男に名を尋ねている。槍を構えてはいるものの少し警戒心が弱く感じたので口を挟もうとした瞬間、


しゃんっっ・・・っ!!!


男は一瞬で腰を落とすとまたもどこから出したのかわからない一振りの刀を槍の下から通してきた。






 相手の強さは対峙していたカーチフがよくわかっていた。だがイルフォシアはどうだろうか。

咄嗟に槍の柄でその剣閃を逸らそうと反応するも想像以上の猛者であった事に油断が重なってその動きはかなりの後手に回った形だ。

それに備えていたカーチフは彼女の事を気にかけるより先に力強く踏み込んで男に先程と同じ突きを放つ。

この男を捕えるというのは不可能に近い。強さもさることながらどれくらいの武器を保有しているのか見当がつかないのだ。

(はやり足を落としておくべきだったか。)

愚直な強さを求めている相手なら違ったのだがこの男はカーチフと一戦交える前に妻と娘を口にした。つまるところ勝つためには手段を選ばない人間なのだ。

それに対してこちらが情けをかけたり正々堂々等の勝負をする必要は全くない。


ざしゅしゅしゅっ・・・っ!!!!


イルフォシアに斬りかかった事で大きな隙を見せた所に雑木林の木々を軽く貫通していくほどの突きを放ったことで今度こそ確かな手ごたえを感じたカーチフ。

情けをかけたり捕える必要も感じなかった彼はそのまま両足で大地をしっかりと掴むと、


ざしゅしゅざしゅしゅっざしゅざしゅ・・・っ!!!!


固定砲台と化したカーチフから絶命必死の突きが連続で放たれ続けた。一気に劣勢だと判断した黒い外套の男はそれを受けて躱して距離を取る為に大きく後ろに飛んでいく。

ここで何とか仕留めたい。いきなり空から現れた第二王女の助力があればそれは確実だっただろう。しかし、

「大丈夫か?」

黒い外套の男から不意打ちを食らった彼女は反撃を放つ事無く槍を支えに立っていた。

見れば衣装はするどく切り裂かれており、腹部には刀傷とそれによる出血が誰の目から見ても確認出来る。

胴体というのは生命を繋ぐ臓器が多数収納されている。これに傷が入るという事は即ち死に直結するのだ。

声をかけても動かず、ただ俯いていたイルフォシアの様子から非常に危険な状態だと判断したカーチフは辻斬りの男よりも王女の手当てを優先すべく行動を開始すると、

「カーチフ様ー!!大丈夫ですかー!!!」

同時に街の方から数十人もの市民が手に武器やら鍬やらをもってこちらに走ってきた。その中には先程別れたナジュナメジナの姿もある。

派手に戦っていた為気が付いた人間が声を掛け合って様子を見に来てくれたといったところだろうが、

「すぐに大役場へ向かってくれ!!腹を割られた!!ケディに医者の手配を伝えるんだ!!!」

大声で指示を出すと足の速そうな人間がすぐに踵を返して街へ戻っていった。彼自身は所持していた応急処置用の包帯に軟膏を塗りこむと王女の後ろに回り込んで素早く胴に巻きつけていく。

「担架が必要だ!!誰か持ってきてくれ!!!」

治療の途中で動かす事すら危険だと感じたカーチフは遠慮なく近づいてくる人間に声を荒げて指示を出した。

「でしたらこちらを。」

気が付けば肥えた体のナジュナメジナが一番に到着していて更に大きな戸板を見せて声をかけてくる。

かなり驚きはしたものの今はそれ以上に王女の状態が最優先だ。静かに横に寝させると、

「ナジュナメジナ。お前の持ち駒に早馬はいるか?さっき出立した『トリスト』関係者にすぐ引き返すよう伝えてもらいたい。」

ここは自身で行ってもよい場面だったが先程の辻斬りが戻ってきて王女や妻に凶刃を向けないとは限らない。

手持ちの部隊も村に残してきた為あまり頼りたくは無い人物に声をかけるしか選択肢がなかったのだが、

「すぐに。」

実業家は即答すると懐から銅で出来た鐘を取り出して高く掲げるとそれを大きく振って音を響かせる。

すると騎兵が3体、何処に隠れていたのかかなりの速度でこちらに向かってきたかと思えばあっという間にたどり着く。

「『シャリーゼ』街道を西に向かっている馬車に戻ってくるよう伝令だ。イルフォシア様の身が危ないと。急げ。」

非常に落ち着いた声で命令を受けると騎兵達は瞬く間にその場を走り去っていった。








礼もそこそこにカーチフは1人で戸板を掲げると先程の早馬よりも速い速度で大役場に駆けて行く。

役場内にある一番広く清潔な部屋に王女を運ぶと仕事の速い妻は既に医者を用意して彼らを待っていた。

「すぐに手当てを!!」

詳しい説明など不要だ。何せ国の宝である男が火急だと報せてきたのだ。

意識はあるのか真っ青な顔色のイルフォシアはうつろな目と脂汗を滲ませながら天井を眺めている。

その様子から医者も傷の深さを悟ったのか厳しい表情を浮かべながらカーチフが施した応急処置の包帯を鋏で切り取り患部に目をやると、、

「・・・・・」

カーチフが救おうとしている少女の傷が手の施しようが無いという事実。それを口に出せずにいた。








「イルフォシア様の身が危ない!すぐに戻ってください!」

楽しく『シャリーゼ』への道を進んでいた一向の前に突然現れた騎兵達の発言に皆が戸惑っていたが、

「待て!お前達は何者だ?!」

御者席に座っていた『トリスト』兵がまずは彼らの素性から聞き始めた。

これについては当然の反応だ。何せ未だ『トリスト』という国家がそれほど周知されていない上に第二王女の名を知る者は更に少ない。

格好からして伝令なのは間違いないだろうが自身の勢力外からこのような通達をされてもいきなり信じろというのは無理がある。

「我々はナジュナメジナ様の配下。カーチフ様の命を受けてこの場に参上した。」

だがつい先程別れた面々の名があがった事でクレイスの心はその真偽よりも先に体が動きだした。

「すみません!その馬を1頭貸してください!!」

馬車で戻っていては遅い。なので一番早く移動が可能であろう方法を口走りながら馬車を飛び出したのだが、

「何言ってるの!それじゃ遅いの!」

人目を避けるために巻いていた長い腰巻を投げ捨てて馬車から降りてきたウンディーネが彼の手を掴む。

「急いでるんでしょ?だったら飛んだほうが速いの!」

いつもはイルフォシアに抱きかかえられて飛んでいた空を今日は魔族の力なのだろうか。手を繋いだだけで2人はかなりの速度で上空に舞い上がると障害のない最短距離を飛んで『ロークス』へ向かった。




馬車なら2時間弱はかかったかもしれない距離を5分足らずで戻ってこれたのは間違いなくウンディーネのお陰だ。

「ありがとうウンディーネ!助かったよ!!」

「お礼はいいから!あの鈍感女が心配なんでしょ?!」

街に戻っては来たものの詳しい事情はわからなかったのでとにかくカーチフかケディいるであろう大役場まで飛空して正面入り口に降り立つ2人。

昨日と違ってウンディーネは非常に悪目立ちしているが今はそれどころではない。

「すみません!カーチフ様はどこですか?!」

恋心を抱く少女の身が危ないと言われて遠慮している場合ではなかったクレイスは凛とした声で誰に向けるでもなく声を響かせる。

「こ、こちらです!」

するとかなりの高官であろう男が驚きながらも前に進み出ると2人を案内してくれた。

その途中イルフォシアが現在治療を受けている事だけを聞くと感謝の言葉を述べたクレイスはその扉を静かに叩いて中に入っていく。

「クレイスか?!随分速かったな?!」

そこにはカーチフが驚いた様子で彼らを迎え入れてくれた。と同時にケディが無言でクレイスを抱きしめてくれる。

一瞬意味がわからなかったがその時彼女は少し震えているようだった。

「カーチフ。鈍感女は?イルフォシアはどうしたの?」

隣でぷかぷか浮いていたウンディーネを見て目を丸くしていたが、ここまでの経緯を何も聞かされていなかった2人を見て、


「うむ・・・お前達が旅立ってすぐに黒い外套の男が現れてな。イルフォシアはそいつの凶刃を受けてしまった。」


最も想像したくなかった出来事を簡潔に説明してくれたカーチフ。ケディの行動の意味も含めて理解したクレイスは自身が今まで受けてきたどんな傷よりも体に堪えていた。






 ショウやカズキが戻る前に傷の手当は済んでいた。しかし医者は3日もてばいい方だという。

「腹部の臓物が大きく切断されています。こればかりは・・・・・」

皮膚や筋肉の傷は治る可能性が高く、臓物は極端に低い。これは戦いに身を置かない者でもある程度常識として理解は出来る話だ。

つまるところ手当てをしようにも手の施しようがなかったからこの短時間で処置が済んでしまっただけなのだ。

過去に国を追われ、父が殺されたと思い込んでいた時ですらこのような絶望感はなかった。

あの時はまだスラヴォフィルが心を支えてくれていたしヴァッツも傍にいた。何より父は行方不明という扱いだった為希望が持てていた。


だが今回は全くの真逆だ。


目の前で横たわるイルフォシアはまだ生きている。でも医者ですらお手上げだという。

3日も経てば彼女が死ぬなど一体どうやって受け入れる事が出来ようか。

生まれて初めて味わう本当の絶望にショウやカズキが声をかけて来ていた事など全く耳に届いていなかったクレイス。

気が付けばいつも彼女がそうしてくれていたように、今度は彼がイルフォシアの眠る横に座ってその寝顔を眺めていた。




・・・・・




「・・・クレイス、様。」

いつの間にか部屋の中はあの夜のように月明かりだけが照らしていた。

静かに名前を呼んでくれたイルフォシアにクレイスは気取られないよう優しく答えようとする。

「ど、どうしたの?目が覚めたの?」

しかし心と体が全く言う事を聞いてくれなかった。早口でどもりながら質問を重ねてしまって意味すらよくわからない言葉になって口から飛び出す。

蒼白の顔色に青白い月明かりが相まって真っ白な表情のイルフォシアはそれを見てくすりと笑っているので、

「え、えっと・・・その。ぼ、僕・・・」

あまりにも力無い彼女の表情が本当の別れが近いのだと否が応にも感じさせてくる。

いつの間にか、いや。初めて出会った時から心を奪われていた少女のこんな顔は見たくない。

かといって今それを口に出す場面でもない。結果自分が思っている事を何一つ言い表せなくなっていく。

「私の事を、心配なさってくれるんですね・・・」

「あ、当たり前じゃない!!だって!!いつも僕は・・・貴女に助けられて・・・」

か細い声に小声で答えるもその言葉にはつい力が入ってしまう。

気が付けば彼女の手を両手で強く握っていたクレイスは泣きそうな表情になりがなが初めてイルフォシアの美しい顔をじっと見つめ続ける。

そんな彼の心情をどこまで読み取ったのかはわからないが彼女は薄く微笑むと、


「・・・クレイス様、私の事を信じていただけますか?」


突然よくわからない質問をしてきた。

「・・・・・うん。何があっても信じます。」

何か試されているような感覚。だがそれでもいい。彼女の事は死ぬまで信じよう。この場で決意を固めたクレイスはそう答えた。

するとイルフォシアは更に柔らかく微笑んで、


「ふふっ。私は『天族』。そのせいかどうかはわかりませんが、私は死にません。」


言い終えると彼女が傷を負った部分から柔らかな光があふれ出してきた。

その光はまるでルルーが自身を治癒してくれた時と同じようなぬくもりを感じたクレイス。

寝具が掛けられた上からでもはっきりとわかるそれは数分足らずで収まっていく。

やがて部屋の中がまた月明かりだけに戻るとイルフォシアの顔色はあの夜と同じように血の気が戻り出っており安らかな寝息を立てて静かな眠りについていた。






 夜中に彼女の腹部から眩い光が放たれた後、確かに顔色は良くなっていた。

出来れば掛け布団をどけて確認してみたいが今はイルフォシアの温もりを離したくない。悩みながらその寝顔を眺めていたらいつの間にか部屋に朝日が差し掛かり始めていた。


がちゃ


扉が開いて誰かが入ってくる音がする。その人物は無言で彼の傍に近づいて隣にしゃがみこむと、

「おい。いい加減気付けよ。ルルーに頼めば解決するだろ?」

小声でそう言われて体を雷に撃たれたかのような衝撃を感じたクレイスは勢いよく振り向く。

「『トリスト』に一番早く戻れそうだったからあの後ウンディーネにすぐ伝えてくるように頼んだ。もう戻ってくるんじゃねぇかな。」

見ればカズキの表情はとても自信に満ち溢れ、笑みを浮かべて彼の肩をぽんぽんと叩いてくれる。

「・・・そうか。そうだよね。僕・・・ううん、本当にありがとう。」

気が動転するという経験も初めてだったので心の底から的確な行動を取っていてくれた友人に深く感謝を述べた。


「クレイス様。私を信じてくださいって言いましたよね?」


するといつの間に目が覚めたのか。横になりながらもイルフォシアが普段と変わらない声量でいきなり声をかけてきて2人がびくっと驚いた。

「え、えっと?!お、おはようございます?!あの・・・傷に障るのでもう少し大人しく・・・」

もちろんその話は覚えていたが確信がなかった上に突然の事だったので思わず声が上ずるも彼は彼女の手を離す事はなく、むしろより強く握り締めて無理をしないようになだめたのだが、

「私は死なないって言ったでしょ?!」

しかし彼の心配を一蹴するほど元気よく声を上げて飛び起きると腹部の包帯をしゅるしゅると解いて傷跡を見せてきた。

あまりにも普段と変わらない様子にほっと一安心したのも束の間、彼女の衣服は腹部から下が綺麗に切り裂かれていただけでなく手当ての際に全てを取り除かれていた。

傷の痕がすっかりなくなっている所を見て欲しいイルフォシアの主張より隠れてはいたものの露呈すれすれの大切な部分に目がいってしまうクレイス。

と同時に隣でとても良い仕事をしてくれたはずの友人の目を慌てて塞ぎに入る。

「目を逸らさずにちゃんと見てください!ほら!傷跡はなくなってるでしょ?!」

ここにきてやっとウンディーネが鈍感だと連呼していた意味が何となく理解出来たクレイスは顔をそらして目を細めながらそれを確認すると、

「わかりました!わかりましたから下に何か穿いて下さい!!」

顔を真っ赤にして初めて彼女へしっかりと意思を伝えた事でイルフォシアもまた、初めて恥じらいの心をここに芽生えさせるのであった。




その後お腹がすいたという彼女の要望に応えるべくクレイスは遠慮という言葉を脳内から捨て去るとケディやカーチフの伝手を頼りに『ロークス』内から調達出来る最高の食材と調味料を使って極上の雑炊を作り上げた。

「しかし『天族』か。凄いな・・・」

一晩ですっかり元通りになったイルフォシアがとてもおいしそうに朝食を取る姿をみてカーチフも唸っている。

あの場面に立ち会っていたのがクレイスだけだったので他の面々も不思議に思うしかないのだろう。

「昨日はご心配をおかけして申し訳ありませんでした。何分声と言葉が上手く出てこなかったので説明も難しくて。」

ぺこりと頭を下げて謝意を述べつつ美味しそうに3杯目を食べはじめる王女。

「とにかくよかったじゃない!これで後は犯人をしょっ引けば万事解決よね?!」

ケディは元気になった彼女を眺めながら嬉しそうに話していたがそれを聞いてやっと今回の原因について何も知らない事に気が付いたクレイス。

「カーチフ様ですら手こずる黒い外套の男、それをしょっ引くというのはかなり無謀な気がします。やはりここは『我が国』の方針に則り発見次第ヴァッツに引き継ぐのが最善かと。」

4杯目のお代わりをよそいながらショウの口から『我が国』という言葉が聞こえてきた事に大きな驚きを感じたクレイス。

どこまで『トリスト』に忠誠を誓っているのかはわからないが彼の性格から決していい加減な気持ちで発言した訳ではないはずだ。

「俺も戦ってみたい・・・いや、まずは腕を上げるか。」

いつもなら猪突猛進のカズキもここにきて慎重な意見を口にしている。彼も成長しているらしい。

だが自身の両腕を簡単に折った男ですら苦戦する相手なのだ、普通に考えればまず立ち会わないという選択肢が前提にあっても良いものだがそこは譲れないらしい。

イルフォシアの命が助かった事で病室内が一気に和やかな雰囲気になる中、


どたどたどたどた!!がちゃっ!!


「イル!!無事じゃったか?!」

「イルフォシア様!!おお・・・よかった・・・」

大柄な男2人が文字通りどかどかと入ってきて彼女の傍に駆け寄ってきた。

1人は『トリスト』の国王であり父親のスラヴォフィル、もう1人は御世話役を仰せつかっていたにも関わらずここ最近はずっとリリー姉妹の下にいたハイジヴラムだ。

最後にウンディーネがひょっこりと顔を覗かせると笑顔でこちらに手を振っていた。彼らもまた王女が無事だった事に安堵していたが国王だけは、

「最近のお前はアル以上に自由に動きすぎる。しばらく謹慎処分じゃ。」

熱く抱きしめた後厳しい表情に戻すと我が子を叱る様にそう伝えていた。




その日の内に3人が『トリスト』へ戻る事となり、別れの挨拶を交わす時どうしても気になっていた事があったクレイスは、

「イルフォシア様は何故黒い外套の男がここに現れるのを知っていたんですか?」

その事だけは聞いておこうと尋ねてみる。もしそれが『天族』の持つ何かしらの能力なら上手く活用していけば『七神』の暗躍も止められるのではないか、と考えたのだ。

しかし王女は少し気恥ずかしそうに目を泳がせた後そっとクレイスの耳元に顔を近づけると、

「『七神』との遭遇は偶然です。本当はウンディーネと一緒に旅立ったクレイス様を追いかけるために飛んでいただけなんです。内緒ですよ?」

小声で囁くイルフォシア。

一瞬で体温が急上昇するがすぐに落ち着いて考えを改める。恐らく今の発言に深い意味はない。今までもそうだったし傷を見せようとした行動からもそれはわかる。

よく怪我をするから心配して追いかけてきてくれたか、ウンディーネとの口論に決着をつけたかったか、そんなところだろう。

何せ彼女は鈍感なのだから。


それから3人は護衛の付いた馬車に乗って『ボラムス』に向かっていった。








イルフォシアに致命傷を与えた男は西に向かっていた。

切り裂かれた外套をそのまま身に着けていた為少し目立つ格好ではあったが街道を堂々と歩いていたわけではない。

本当ならカーチフを堂々と斬り伏せたかった。妻と娘を口にしたのも全力の彼と戦いたいが為の挑発だったわけだが横槍を入れてきた女。

『天族』に関しては話が別だ。

あれらは自身の体に長寿という呪われた血を植えつけた憎むべき存在であり断じて許すわけにはいかない。

それこそ周囲の家族や恋人を盾にしてでも惨殺する必要がある。自身の為にも、そして死んでいった天人族の為にも。


「マーレッグ。話がある。」


目立たないように木々の高い位置を飛び移りながら移動していた彼に突然声がかけられた。

よく知る者の声だったのですぐに立ち止まって顔を向けるとそこにはやや肥えすぎな初老の男が中空に浮いていた。

「ア=レイか。随分悪趣味な体に入ってるな。」

「見かけで判断するんじゃない。これには莫大な財と名声と権力が備わっているんだぞ?」

お気に入りのおもちゃを貶された事で腕を組みふくれっ面になるナジュナメジナ。子供がやれば可愛い仕草なのだろうが彼がやれば台無しだ。

「で、話とは何だ?」

価値観が決定的に違うマーレッグが呆れ顔で促すと、ア=レイと呼ばれるナジュナメジナの体を操る男から異様な雰囲気が湧き出てきた。


「『ジグラト』の周辺は私の縄張りだろう?ここで好き勝手に暴れられたら私の楽しみが減るのだ。今すぐ立ち去ってくれないか?」


怒気とも殺気ともとれるそれを惜しみなく放出しているのは自分の感情をより強く伝えるためだろう。

人からは考えられぬほど強い気配を真正面から受けるマーレッグ。周囲では動物や鳥たちがその異変に驚いて逃げ惑い飛び去っていった。

「・・・わかった。悪かったな。」

ただ、彼も天人族であり同じ『七神』の仲間だ。彼らはそれぞれが縄張りを持っておりそこには干渉しないようにするのも暗黙の了解となっている。

唯一それを持っていなかったマーレッグは長い寿命の渇きを潤す為に世界中の猛者と戦う事で唯一の癒しを得ていたのだが、

「いいや、こちらこそ無理を言ってすまんな。でも私が飽き性なのは知っているだろ?いずれ招待状でも送るよ。」

同じく悠久の時を生きるア=レイは全ての物騒な気配を引っ込めると笑ってそう答えた後『ロークス』へ戻っていった。

いつもご愛読いただきありがとうございます。

本作品への質問、誤字などございましたらお気軽にご連絡下さい。

あと登場人物を描いて上げたりしています。

よろしければ一度覗いてみて下さい。↓(´・ω・`)


https://twitter.com/@yoshioka_garyu

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