天神 -神々の復讐-⑨
力を失ったイラが捕虜として働く中、『神族』達と人間の違いに疑問を浮かべるまでそう時間はかからなかった。
「私達も人間に堕とされた筈なんだけどな・・・なんでこんなに違うんだろ?」
混沌とした『神界』では生きていくだけで必死だった。それはわかる。だが人間世界の知識を蓄えている同族もいた筈だ。
それを使えば自分達も家畜の御世話をしたり農作物を育てるといった道もあった筈なのに、何故『神族』は奪い合う事しかしてこなかったのだろう?何故人間の方が秩序を保って暮らせているのだろう?
いくら同列に堕ちたとはいえ、神がかり的な力を持っていた元『神族』の方が全てにおいて上ではないのか?
「イラ。食事の用意が出来たぞ。」
お気に入りの羊のお腹を枕代わりにぼんやり空を眺めているとワーディライが呼びに来てくれる。彼曰く、「正当な労働には正当な報酬が発生する。そしてそれは当然。」という話らしい。
お陰で捕虜と言う立場でありながら強姦される事もなく、毎日が忙しいながらも楽しく、健やかに暮らせている。
この違いは何なのだ?
相違点はすぐにわかるも理由に全く見当がつかないイラは羊の頭をもしゃもしゃと撫でた後、珍しく頭を働かせながら館に戻ると素直な性格は顔に出ていたらしい。
「珍しいな。単純な貴様も悩みがあるのか?」
「ええ、あなたをどうしたら働かせる事が出来るか、日夜考えているわ!」
彼らは別世界から来た異邦人らしく、更に『ダブラム』を崩壊させた罪人だ。であればさっさと処刑でもすれば良いのにメラーヴィの恩情によって今は捕虜として扱われている。
「ねぇワーディライ。どうして『ダブラム』はこんなにも平和なの?」
なので基本的に忌み嫌っているイラは彼との話を早々に切り上げるとまずはこんがり焼けた肉を一口つまみながら真っ直ぐな瞳で疑問を切り出す。
すると3人は目を丸くして互いの顔を見合っているのだからおかしな質問だったというのは伝わって来た。
「イラよ。『ダブラム』のどの辺りを見てそう判断したのだ?」
「え?だって食べ物には困らないし乱暴はしてこないし、捕虜っていう立場がこんなにも快適なら私、力が戻るまでずっとここに居たいわ。」
そもそもここには戦いの気配すらない。ワーディライも漆黒の大槌を使って何かをする素振りすら見せないしどこかに出向いている様子もない。そんな安全な場所を平和と呼ばず何というのだ?
「・・・確か『神界』では残った供物を奪い合っていたそうだな?つまり『神族』も潤沢な食料さえ備蓄してあればそれ程荒れなかった可能性も・・・」
「いいや、それは違うぞワーディライ。」
そこに頼んでもいない存在が口を挟んでくるとイラの機嫌は目に見えて悪くなる。未だ労働に対してはぼんやりとした意識しか持ち合わせていないものの、全く働かないア=ディラファの話など聞くに値しない。
そう思って強く睨みつけても彼には暖簾に腕押しといった様子だ。
「どういう事じゃ?」
「うむ。恐らく『神族』とは生まれた時から選ばれし者なのだ。誰よりも強く神々しい。故に全てを与えられ、手に入れてきたのだろう。」
言われてみるとその通りかもしれない。ただの怠け者だとばかり思っていたが今の発言には元『神族』であるイラもつい無意識に頷いてしまった。
「であれば奪い合うのは必然だ。我も同じだからな。献上されるのが当然であり、更に欲する時は歯向かうものを全てねじ伏せて、その全てを奪う。これは強き者の宿命なのだ。」
力を失った今、改めて聞くと傲慢そのものではないか。ただ自分にもそういった部分は多分にあったので今度は少し恥じ入るように俯いてしまう。
「・・・つまりイラはその部分で平和だと判断したのか。ふむふむ。」
「あの、どの部分?」
「うむ。恐らく『神族』には農業技術がなかった、もしくは持っていたとしても働く気はなかったんだな。そうすると有るものを奪い合う形となる。」
それは理解出来る。そもそも働くという概念を持ち合わせていないのだから仕方のない事なのかもしれない。
「しかしわしらは違う。基本的に余計な争いは避けるのだ。だから余程の事が無い限りは平和であろうと努力し続けておる。酪農や農業で貯えるのもそれが理由じゃよ。」
つまり『ダブラム』の現状も国民や他国民がある意味協力し合っている、もっと広義に捉えるなら人間達全員の基本思想が平和を形成しているのだ。戦いが滅多に起こらないのもそういった理由らしい。
「余計な争いは遺恨を生む。それはイラ、お前も沢山経験しただろう?」
「・・・・・うん。」
『神界』と比べて居心地が良いのは当然だろう。ここには他者を平気で踏みにじる傲慢な存在などそうそういないのだから。
やっと答えが心の中に収まるとイラは思い出したかのように目の前の食事に手を伸ばし始める。そして今、享受できている安息の日々とそれを与えてくれた人間達に初めて感謝を抱くのだった。
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