恩義 -侍女の務め-⑤
別世界から迷い込んできたにも拘らず、『ウラヴィ大陸』のあった世界が消えてなくなったと告げられてもさほど落胆しなかったのは性格もあるのだろう。
人間社会や故郷などどうでもよい。自分の暮らしにさえ満足出来れば。その最たる思考から気に入った男に取り入って来た。故に親しくしていた人物なども特にいなかった。
ただ己を満たす為だけに生きてきたのだから周囲に思い入れがないのは当然だ。今だけ金だけ自分だけという言葉はハーラーの為にあるのではと思えるほどに、個人主義を貫いてきた。
そんな中自分らしさを失わず、且つ、新しい感情が芽生えたのは間違いなくヴァッツのお陰なのだ。
王妃から突然捕虜のような扱いに堕とされ、辿り着いた大国でも侍女止まり。その時点で己の故郷が崩壊した事実以上に大きな動揺が走っていたハーラーは自暴自棄寸前だった。
そこに突然現れたのが自分よりも秀でた部分を持つ少女達とヴァッツだ。
彼らの傲慢とは違う強い姿勢には形こそ違えど感心と共に羨望も浮かんだ。そしていつものように取り入ろうと考えていたのに気が付けば何故か振り向いてもらいたいという目的に変わっていった。
本当に不思議な青年だ。
何故ここまで彼に惹かれたのか。その答えは気になったものの今は彼の傍に置いてもらえるかもしれない喜びを隠すのに精一杯だ。
「おいおいマジか?まさかお前が篭絡されるとはなぁ。後でイルフォシアが怖いぞ?」
「そんなんじゃないって。ただヴァッツの言ってた事と彼女の態度に納得しただけだよ。」
「それにしても・・・う~~ん。今ヴァッツも大切な時期ですからね。あまり余計な心配事を近くに置きたくないのですが。」
現在ヴァッツの部屋ではクレイスにカズキ、ショウとヴァッツという『トリスト』の未来を担う青年達が小さな机を囲んで悩ましく相談している。というかカズキが『トリスト』の人間である事には少々驚いた。
一応優秀な戦士は国家間の関係が良好なら役職を兼業する事は有るらしいが、少なくとも『ウラヴィ大陸』でそのような話は聞いた事が無い。
更に次期国王というのもあるだろう。ただの優男かと思っていたクレイスの発言力は相当強力なのか、今まで冷酷な印象しか持たなかったショウがとても人間味を帯びた表情で苦悩している様は驚愕以上に歓喜で頬が緩みそうになる。
「オレはいいと思うんだけどなぁ。駄目?」
そこにヴァッツ本人からの了承が宣言されるともはや勝ったも同然だ。心の中でもろ手を挙げて喜ぶハーラーとは裏腹にカズキとショウは困惑した表情で顔を見合わせた。
「・・・これは俺の経験、いや、知人に聞いた話なんだが女を何人も侍らせると色々面倒だぞ?特に重い女はな・・・」
「・・・その知人にお伝えください。それは自業自得だと。」
どうやらこの獣のような青年は見た目通りに派手な女遊びをしているらしい。ヴァッツと同い年なので少し意外だったが二国で将軍の地位に就く程の猛者なら女の方が放っておかないのだろう。
「ちなみにスラヴォフィル様やザラール様はどう仰ってるの?」
「じいちゃんは好きにしていいってさ。」
「ザラール様も任せるそうです。」
現国王と右宰相の承認も降りているとなればもはや障害はないのではないか?早く決定して欲しくて疼く体をもじもじさせていると彼らとは別の位置に控えていたハルカが不思議そうに他の面々を覗き込む。
「いいの?ここで反対しなきゃ決まりそうだけど?」
「・・・これ以上反対したらヴァッツ様が困られるだろ。」
「なので私達はヴァッツ様の意思に従うまでです。」
「よし!それじゃハーラーはオレの・・・えーっと、召使い?でいいのかな?」
「そうですね。専属という形にしましょうか。ただし、ヴァッツへの色目は継続して禁止です。いいですね?」
「はい!!ヴァッツ様!!よろしくお願いしますね?!」
言質を取った瞬間、喜びを爆発させたハーラーはまず計画通りに彼に抱き着こうとしたのだが早速リリーと時雨に抑え付けられる。ちなみにリリーだろうか、妙に良い香りを漂わせているせいで危うく違う世界に足を踏み入れそうになった。
「召使いか・・・レドラみたいなものかな?」
「そうですね。序列では執事の下という事になります。よって詳しい話は彼からお聞きください。」
この先は間違いなくヴァッツの傍に仕えるのだから何でもよい。彼の底知れぬ優しさによって故郷を失った僅かな悲しみを癒されただけでなく、周囲への自然な気遣いも教わったハーラーはただただ嬉しくて今までしたことのない笑顔を浮かべる。
そして彼女という起爆剤が投入された事により、リリー達にも焦りが生まれると彼をめぐる争いは激化の一途を辿るのだった。
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