恩義 -傾国と美女-⑯
まずその提案には不快な点が2つあった。
1つは自分が侍女扱いされた事、もう1つは犯罪を強要された事だ。
「冗談じゃないわ。そんな事をすればヴァッツ様の傍にいられなくなるじゃない!!」
「でもこのままじゃ離れ離れになるんでしょ?少なくとも私の望みを約束してくれるのならヴァッツ様の御傍にいられるわよ?」
何という女だ。見た目は皇女らしく着飾っており、容姿もそれなりに美しいが内面は悪魔なのだろう。もしや自分以上に男を弄ぶのが得意なのでは?と少し感心してしまう程だったがこちらも根っこは似たようなものだ。
「・・・イルフォシアって誰?」
「『トリスト』の第二王女よ。私の愛するクレイス様を唆した女狐ね。どう?やってくれるかしら?」
彼女は他国の王族を毒殺しろと言っているのか。やっと全容が見えてきたハーラーは己の事も棚に上げて呆れた様子を見せつけるもナレットは笑みを浮かべたまま表情を崩さない。
「お断りね。私は・・・ヴァッツ様の傍にいる為なら何でもする覚悟よ。でも彼を悲しませるのは絶対に間違ってる。そんな事をすれば振り向いてもらえなくなるもの。」
「あら~?お年の割には随分と少女思考ね?そんな悠長な事を言ってるとヴァッツ様はリリーやアルヴィーヌに取られちゃうわよ?」
またも初めて聞く名前が出てきたがそこは我慢だ。今はこの悪魔を契約ごと退散させねばならない。
「問題ないわ。だってヴァッツ様はそんな所で女を見ていない。あの御方はきっと・・・・・」
内面で人を判断する筈だ。
となると万が一にも好機は訪れないのではないか?今まで己の欲望を満たす為だけに様々な男に取り入って来た自分を、純粋な彼が選ぶとはとても考えられない。
この戦いは最初から敗北が決定していたのだ。それでも生まれて初めて出会った不思議な青年に心を奪われていたハーラーは諦めたくなかった。やっと本当に手に入れてみたい男が現れたのだから。
「・・・負け戦なのに?」
「・・・それは貴女も同じでしょ?」
クレイスという青年も知らないがその恋敵を毒殺せねばならないと考える程、彼女も好機を掴めないのだろう。
年の功か、経験がものを言うのか。言われっぱなしでやや癪に障ったハーラーは相手の立場も忘れて堂々と言い返すとやっとナレットの表情に陰りが見えた。
「・・・売女如きが随分生意気ねぇ・・・そういえば貴女ってどこの国で引き取るか、揉めるくらいに厄介者なのよねぇ?だったら・・・ここで命を落としても、誰も文句は言わないわよ、ねぇ?」
そして思い出した。彼女は戦闘国家『ネ=ウィン』の皇族である事を。
突然恐ろしい殺意を向けられると一瞬で体が硬直してしまうが仕方ない。ここで散ったら散ったで今までの行いが返って来たのだと諦めよう。
ただ、自分の死をヴァッツは少しでも悲しんでくれるだろうか?
死んでからでもそれだけは知りたい。ハーラーはソーダと対面した時よりも覚悟を決めると再び突然の来客によってそれは阻まれる。
「はいそこまで~。ナレット様、ハーラーは一応重要参考人ですよ?もし手を下したりしたら・・・それこそお兄様が貴女の首を刎ねちゃったりするかも?しれませんね?」
最初に肘をきめられた経験から多少の武芸を身に付けてはいると思っていたが一切の気配もなく、突然2人の間に割って入ったハルカも相当な実力者なのか?
喋り方にこそ緊張感はなかったがこれにはナレットも驚愕しつつ殺気を抑えて再び張り付いたような笑みに戻す。
「・・・流石は『暗闇夜天』の元頭領。素晴らしい技術ですわ。」
そうして皇女は何事もなかったかのように部屋を後にすると残されたハルカは軽く肩をすぼめて見せ、ハーラーは死地からの生還に腰から砕け落ちるのだった。
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