恩義 -傾国と美女-⑪
「ねぇハーラー。君ももう少し皆のお手伝いをしてみない?」
その内容はハーラーが求めているものではない。しかも彼がそんな発言をするようには思えず、もしかしてまた誰かにそう告げるよう唆されたのでは?と周囲を窺うも皆も少し驚いた様子からこれは独断だと理解する。
であればこれは大きな好機だ。何故なら現在ヴァッツがこちらにどれ程好意を抱いているのかを詳しく見定める事が出来るからだ。
「ヴァッツ様、私は今まで力仕事や料理などは全て召使いに任せておりました。ですのでそういった雑務はやった事が無いのです。」
「おや?『エンヴィ=トゥリア』で侍女として働いていたのでは?衣装も侍女のものですよね?」
「・・・これは命令されて仕方なく、です。私は元王妃、本来そういった立場なので下々の雑務を手伝う、というのは難しいのです。」
「そうなの?」
「そんな事は有りませんよ。現にセヴァ様などはスラヴォフィル様の為に料理や洗濯、お掃除までこなされます。王妃だから何もしない、というのは大きな誤りです。」
セヴァとは誰だ?いや、今はそこはどうでもいいだろう。問題はヴァッツがハーラーの主張と補足を入れてきたショウの主張のどちらを選ぶかなのだ。
「そうだよね。ねぇハーラー、この旅では皆が出来る事を分担してやってるんだ。君も少しずつでいいからさ、皆と協力してみない?」
しかし考える間もなく彼は速やかに諭してきたので少し落胆する。どうやら彼の心の傾きはまだまだ浅かったらしい。もう少し悩む素振りくらいは引き出したかったが仕方ない。
「・・・しかしヴァッツ様、私は本当に手慣れておりませんので足手纏いになるかと・・・」
「大丈夫!最初は誰だってそうだよ!!オレなんか最初家事をやろうと思ったら全部粉々になっちゃってさ!!よくじいちゃんに怒られたんだ!!」
ハーラーがここでも敢えて自分の意見を通そうとしたのはヴァッツの好感度をより詳細に計る為だ。ところが彼は励ますだけで決してこちらの意見に同意してくれる素振りはない。
ならば・・・・・ここは仕方がない。
「・・・・・わかりました。では少しだけでもお手伝いさせて頂きます。」
「ほんと?!やったね!!」
彼からの心証と自分の我儘を天秤にかけた場合、子供じみた不透明な部分も加味するとこれ以上拒むのは良くない筈だ。故にハーラーが折れる事を選ぶと周囲は更に驚愕の表情を浮かべている。
だが驚くのはここからなのだ。自身の全てを賭けてこの訳の分からない大将軍を堕として見せる。そう決意したハーラーは密かにほくそ笑むと早速その夜から慣れない後片付けに悪戦苦闘する。
仕方なく。本当に仕方なくだ。
ヴァッツに取り入る事こそ最上だと断定していたハーラーは心の中で何度も「仕方なく」を唱えながら目的遂行の為、我慢して様々な雑務をこなしていると自分でも考えていなかった副反応が起きた。
それは不慣れな自分に付きっきりで、時には手取り足取り指導をしてくれる事だ。
これにはリリー達の気が気でない心情が手に取るようにわかる。今までの屈辱がみるみる晴れていくのを痛感する。だから物覚えの良いハーラーは敢えて不器用を演じ続けるのだ。ヴァッツを独り占めする為に、許嫁や妾に絶望を植え付ける為に。
最後の提案に自分から折れて正解だった。そう思える旅は雑用さえ無ければ最高のものだったが成果は十分だろう。
そしてすっかり忘れていた。己が軟禁された捕虜であり、ソーダのいる『ネ=ウィン』に到着するという事はすなわち本格的な尋問が開始されるのだという事を。
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