恩義 -主君-④
「ス、スラヴォフィル様が民に戻られる・・・のですか?」
「うむ。元々ワシは『迷わせの森』で暮らしておったからの。クレイスに王位を譲った後はあの地に戻ってセヴァや子供とのんびり暮らすつもりじゃ。のう?」
「はい。」
彼の影響力や武力を考えるとそれこそ惜しい気がしなくもないが離れた椅子に腰かけ、ずっと成り行きを見守っていたセヴァがとても優しい笑顔を浮かべている所を見ると話はとうについていたのだろう。
「お前の心に間違いはなかった。ワシにそう思わせるようガゼルを支えてやるが良い。」
あえて自分の配下を切り離す決断により全ての問題は解決した。そう受け止めたルサナの心はとても軽かったのだがワミールとハルカは色々と思う所があるのか、少しだけ複雑な表情を浮かべていた。
スラヴォフィルが王位を譲った後の話は他言無用と箝口令を敷かれたが少なくともワミールというクレイスの王位継承に反対する者を無力化する事には成功したのだ。
「まさかワミール様がそのような心変わりをされていたなんて・・・」
それを自慢する意味も含めてイルフォシアやウンディーネを集めるとルサナはクレイスの前で大仰に説明する。これで少しでも彼の寵愛を得られると信じて。
だが彼は難しい表情を浮かべて呟いたまま固まってしまったのでこちらも予想外だ。
「人の心とは移ろい易いですから。ただ・・・父と山賊を同列に並べられると少し腹が立ちますね。」
「・・・でもガゼルはワミール様に認められる程の仕事をこなしてるんだと思う。僕も指名された椅子に座るんじゃなくて皆に認めてもらえるように頑張るよ。ルサナ、貴重な話をありがとう。」
やっぱりクレイスは素晴らしい。今回の件で他者を貶すのではなく自身への戒めへと昇華させるのだから。
更にルサナへの温かい感謝の言葉と吸い込まれそうな双眸を向けられるだけで心は大きく満たされてしまう。ワミールの言う通り、王としての資質は疑いようがない。
「でもこれで大きな障害は乗り越えたんじゃない?クレイス~たまには骨休めしよ~?」
後は他の面々をどう出し抜くか・・・特に最近はウンディーネが城内での立ち位置を確立し始めているらしく、様々な人間との交流はもちろん、姦しい召使い達との仲もとても良いと噂になる程だ。
「そうだね・・・『リングストン』での事件もひと段落したし、少しはのんびりしようかな?」
そんな彼女の提案に思いの外あっさり乗ってくるとイルフォシアでさえも少し驚いている。
「だったら部隊の訓練に従事しなさい。皆それなりに力をつけてきたのよ?貴方が単独行動を取ってる間にね?」
最後はノーヴァラットの提案に深く頷き、しばらく『トリスト』での滞在を決めたようだ。であればこの好機にもっと距離を縮めねばなるまい。
ただそれは周囲の変化を機敏に感じ取っているイルフォシアも考えていたらしい。互いに妙な気迫を放ちつつ目をぎらつかせると意中の想い人はびくりと体を反応させ、対照的にウンディーネとノーヴァラットからは余裕のある笑みが零れていた。
ワミールは真面目なのだ。それ故に自分のせいでスラヴォフィルが最前線から退くのでは?という疑惑を拭えないまま『ボラムス』へ戻る。
「お帰りなさいませ。『トリスト』での急用は済みましたか?」
「はい。全て解決したのですが・・・・・」
出迎えてくれるファイケルヴィは何も知らないのだろう。普段通りに接して来てくれるのでこちらも特に気にせず答えたのだが彼もまた、元『リングストン』の副王なのだ。
「左様でございますか。互いに大変ですな。傀儡の王に仕えるというのは。」
「そうですね・・・」
しかしこれ以上自分の心に嘘をつきたくなかった。それが解決した今、気持ちも新たに仕えねばなるまい。そしてさらりと聞き流したファイケルヴィの言葉に違和感を覚えたワミールは顔を向けると彼の笑みには妙な影が浮かんでいるではないか。
「まさか己の忠誠心を貫く為にクレイス様の次期国王を反対されるとは。私でもそこまで考えませんでしたよ。」
「・・・どこまで知っておられるのですか?」
「どこまで、と仰る意味はわかりかねますが私自身、スラヴォフィル様とは去年の内にお話しさせて頂きました。ガゼル王に直接仕える事を願い出たのもその時です。」
そこまで告げられるとワミールも思わず笑ってしまった。彼の行動に感化されたのが自分だけではないと知って。
「さぁ、傀儡王がお待ちです。行きましょう。」
これが本当に正しいのかどうかはわからない。だが頼りになる宰相も同じ道を歩むというのであれば心強いのは間違いない。
だから今は2人で軽く談笑しながらガゼルの待つ執務室へ向かうのだ。スラヴォフィルから受けた大恩を別の形で返す為に。
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