クレイスの憂鬱 -王と王-㉒
自分は何の為に潜んでいたのだ?寝ては起きてを繰り返すファーンは獄中で何度も自問自答する。
この世界に迷い込んで既に16年。一度目にした人物の姿形に変身出来る能力を使い、少しずつ『リングストン』の根幹に近づけていたというのにその計画も1人の人物によって完全に破壊された。
自分が元居た世界にも感情を奪い去るような存在はいたがそれはあくまで一時的なものだ。
怒りや悲しみが消えたとしても残った記憶が希釈されない限りはまた沸々と湧き出てくる。芽生えた時の爆発力は二度と得られないがそれでも感情は再び心を過るものだ。
では今回ヴァッツから奪われた力は何処へ行ったのだろう?
普通に考えると能力を、特に先天性のものを奪う等絶対に不可能な筈だ。これは己の体の一部なのだから。ならばただ極端に弱まっている、つまり封印のような形になっているだけか?
幾度と考えても答えに辿り着けないファーンは時折その能力を解放しようと力むが体内から反応するものはない。
以前からヴァッツの想像を超える活躍はいくつも聞いてはいたもののこのような力を持っていたとは想定外が過ぎる。
(・・・もう少しだけ待ってみるか。)
もしかするともう二度と変身出来ないのかもしれない。それでも16年という活動期間が、全て水泡に帰す恐怖が放棄する事を拒むのだ。
・・・ティク=ティーキなら理解してくれる筈だ。
投獄されてからも一切の情報を漏らしていないのだから自分にはまだ利用価値が十分残っている。奴がそこに気が付いてくれれば・・・
今まで己の力だけでどのような困難も乗り越えてきたファーンは初めて陥った窮地に不安と怒りが収まらない。
もし変身能力が戻れば必ず奴らを始末してやる。
だから今はそれを上回る怨恨を胸に命を繋ぐしかなかったのだ。必ずその時が訪れる筈だと信じて・・・
ところが既に時世は大きく変わっていた。彼の淡い期待が入り込む余地などない程に。
「このままでは私の立場も危ういか・・・」
裏の国家を率いてきたティク=ティーキは自身の持つ最も小さく、そして厳重な警備が整った別宅で嘆息を漏らすと同じ室内にいたがさつな男も静かに頷いている。
「まぁ『リングストン』では相当稼がせて貰ったからな。俺も出来ればこの関係を続けたかったが潮時じゃないか?」
それは他でもない、五大実業家の一人であるブラシャルだ。彼は横暴さが目立つものの間違いなく木工業界の頂点に立つ男であり、確かな商才を持っていた。
だから他の仲間にも打ち明ける事無く、1人でティク=ティーキとの密約を交わし続けて大儲けしていたのだ。
周囲には独裁国家である『リングストン』に事業を持ち込むなど正気の沙汰ではないと喧伝して回り、あえて誰にも近づけさせないよう提案したのはティク=ティーキだがハイディンなどは無意識に周囲を見下したり、自分こそが最も優秀なのだから集団を仕切るのが当然と言った性格なので最後まで気が付く事はなかった。
しかし器量に見合わぬ成功体験というのは誰しも勘違いしてしまうものなのだ。真に優秀でない限りは。
「ふむ・・・よく今日まで取引に応じてくれた。礼を言うぞ、ブラシャル。」
「とんでもない!こちらこそ、よく俺みたいながさつな男を信じてくれた。お陰で事業もより大きく成長させる事に成功した。感謝する。」
彼は確かにがざつな性格だがそれは今に始まった事ではない。若い頃から、事業を拡大したいと大志を抱いた頃からずっとこうだった。
だからティク=ティーキは信用したのだ。彼ががさつに振舞っているというのは様々な快楽や欲望の誘惑に負ける事無く、初志を忘れずに実直に邁進し続ける証左なのだと見抜いて。
これは独裁国家という過酷な環境下で様々な人物と接してきた彼の経験と慧眼故だろう。
結果、共に裏の国家を運営してみると双方が思っていた以上の相乗効果を生み出せた。あらゆる官人がそれなりの隠し資産を築けただけでなく裏で暗躍出来る組織も作れたのだから大成功だ。
「また機会があれば是非一緒に仕事をさせてもらいたいものだ!」
「ふっふっふ。私ももう歳だからな。しかしその願いを胸にもう少し生き長らえてみよう。」
それから笑いあった2人は杯を交わして今後の約束を取り決めると早々に別れを告げる。もし『リングストン』に再び独裁者が現れない限りは二度と裏の国家を樹立しない事を誓って。
様々な要因があるものの心から信頼しあった2人の間に他者を利用する事しか頭にないファーンの存在など既に無い。
なのに彼は牢屋の中でその日をいつまでも夢見て、再び彼らとこの国をどう利用すべきかを考えながら残りの余生を過ごすのだ。いつまでも、いつまでも。
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