クレイスの憂鬱 -王の号令-⑫
「普段の立ち回りは全てお任せします。私はいないものだと思って行動してください。」
そして彼は諜報活動の為すぐに姿をくらますとクレイスは更なる溜息と落胆に肩を落として見せる。
「ぐっふっふ。まぁ良いではないか。どこの馬の骨かは知らんがわしらの事を調べるなど土台無理に決まっておるのだ。アミールよ、しっかり側近を務めるのだぞ?」
更にアーヘラの緊張感に欠ける姿勢にはうんざり以外の言葉が出てこない。しかしそれは国家に属する、しかも責任感の強い王族のクレイスだからそう見えるだけなのだ。
犯罪組織も一般的な国家も運営していく上で本当に忠心や誇りを持つ者など極々少数であり、ほとんどの人間は己の立場や収入を護るだけに傾倒していくのだからアーヘラの態度は模範的とも言えるだろう。
もしショウが本格的な策略を打ち出して彼らを劣勢に追い込んだ時、また面白い物が見れる筈だがクレイスにそんな嗜虐性は備わっていないので今はただただ溜息を重ねるだけだ。
「アミール、貴様も細身の割には随分と強いな。余程鍛えてきたのだろう。良ければその話を聞かせてはくれんか?」
それにしてもクレイス個人に興味が湧いたのか、その日の夜にかなり態度を軟化させて接してきたので少しの混乱と苦悩が脳裏を過った。
「様々な猛者に囲まれて育ってますので。そういう方々のお陰で今の僕があります。」
なので当たり障りのない答えで切り抜けようとしたのだがアーヘラはトドのような体形をしていても組織の長なのだ。それを見抜くかのようにこちらの顔を覗いてきたので視線を逸らしそうになったが先に彼が折れてくれる。
「そうか。見た所『緑紅』や『闇の血族』といった特殊な種族でもなさそうだし。見た目以上に努力の人間なんだな。」
「・・・『緑紅』をご存じなのですか?」
そういえばリリー姉妹はそれに該当する。更に彼女達は妹を人質に取られて無理矢理暗殺組織で働かされていた事を思い出すと今度はクレイスの興味が強くなっていった。
「うむ。5年程前にはリリーという『緑紅』の見目麗しい少女が『暗殺』組織の1つで働いていたからな。わしは是非『売春』に引き抜けないかと奔走したものだ。」
まさかこんな場所で彼女の話が聞けるとは。しかしクレイスの知識にはスラヴォフィルが組織ごと壊滅させて救い出していた簡潔なものしかない。
「・・・今その少女はどちらに?」
「ぐふふ。それが面白い事に今では『トリスト』なる場所でヴァッツという大将軍の許嫁という地位を得たらしい。やはりわしの眼に狂いはなかったという事だ。」
「・・・何故その少女が『トリスト』へ?」
「何だ?妙な部分に興味を持つな?」
姉のように慕う彼女の話が気になった部分はある。しかし事前にアンから聞いていた6つの組織の内にあった『暗殺』はもしかすると既に無くなっているのでは?その確認がしたくてつい深入りしてしまったのだが話は更に脱線してしまう。
「はい。それだけ器量の良い少女でしたら僕も見てみたいな、と思いまして。」
「ほう?確かにお前ならつり合いは取れるか・・・しかも『トリスト』の大将軍から奪ったとなれば一気に名声を得られるぞ?ぐふふふふ!」
無理矢理話を逸らしたのがいけなかったのか。アーヘラから略奪を提案されるとクレイスは怒り以上に血の気が引いてしまう。あのヴァッツから大切な人を奪う等、例え親友であっても生きていける気がしない。
「・・・それで何故少女は『暗殺』組織を抜け出せたのでしょうか?」
「む?抜け出した訳ではない。組織が潰されたのだ。その時脱走したらしい。」
「・・・という事は今は『暗殺』組織は存在しない、と?」
ヴァッツからリリーを奪うという話で平常心は乱れていたのだろう。答えを焦ってしまうとこちらの思惑に気が付いたアーヘラが再び顔を覗いてきたので今度は不自然に目を逸らしてしまった。
「・・・・・もし長が二流ならそうなっていただろうな。しかし彼は違った。あらゆる組織の内部を更に細分化している。その中の1つが壊滅した所でほとんど影響は出ておらんよ。求めていた答えを得られて満足か?」
「・・・はい。」
これからはもう少し腹芸も学んでいく必要があるか。最後は安堵と敗北感に弱弱しい返事を漏らす事で話は幕を閉じたのだがその後クレイスの用意した料理によってアーヘラはまた別の方向から彼に興味を抱くようになる。
いつもご愛読いただきありがとうございます。
本作品への質問、誤字などございましたらお気軽にご連絡下さい。
あと登場人物を描いて上げたりしています。
よろしければ一度覗いてみて下さい。↓(´・ω・`)
https://twitter.com/@yoshioka_garyu




