9、戻ってきた日常
川野に買わされた服のショッピングバッグを手に街をぶらついた。
知人の前でこのカードを使うのは得策ではないだろう。
知人がいなくても義手の存在と関連付けて感付かれる可能性もある。
理髪店の店主のように友好的な人ばかりとは限らないだろうから、あまり人目に付く場所では使わないほうがよさそうだ。
とはいえカード以外の支払い方法は賞金獲得前の残り僅かな貯金のみだった。
(とりあえずATMだな)
カードの後ろ盾もあるため、以前のように小分けにして出金せずに5万円すべてを出金した。
(あと1年は頑張れたな)
残金を見て過酷な路上生活を思い返す。
毎日食事をしないという生活もよいダイエットだと思えば苦にはならなかったし、空腹になるスパンも相応のものになっていったからだ。
キラー討伐寸前に食べ残した弁当の事を思い出し、久々の空腹感を感じる。
(軍の施設で何も出してくれてないな)
仮にも病院施設なのだから簡単な食事でも出てきてもよさそうなものである。
そんな軍の気遣いのなさを憂いながら裏通りにある立ち食いステーキ店に入った。
1食で半額弁当が5回分ほど食べられる為、路上生活を始めてから一度も行かなかった。
店内は昼のピーク時間ともあって席の殆どが埋まっている。
久々の肉に期待を膨らませ300グラムも注文した。ガーリックは多めにしてもらう。
よく焼きが好きなのでウェルダンで注文をしたため提供が遅い。
待ち時間もお弁当にはない久々の感覚だった。
すると、ピピピピピピと電子音がどこかしら聞こえてきた。
暫くなり続けていて鬱陶しいと思い周りを見回したが周囲の人も鬱陶しい表情を浮かべながらこちらを見ていた。
「あ、自分か」
気付きませんでしたと言わんばかりに独り言を放ち携帯電話を取る。
鬱陶しい音が鳴り響いているので画面も大して見ずに電話に出る。
流石にこの場で話しづらいので外に出た。
「マツダさん、携帯電話の使い方を教えるのを忘れていましたね、出方がわかりませんでしたか?」
一条の声だった。
しかも、嫌味たっぷりの第一声である。
「外食してました、携帯の使い方はわかりますよ、着信音が自分のものかわからなかったんですよ」
こちらも精一杯の言い訳をする。
「お食事中しつれいしました。話したいことがあります。今日の夕方宿舎へお邪魔しても良いです?」
「何か用事ですか?」
条件反射で断る理由を探してしまう。
大したことがないようならこちらから施設へ行ったほうがましと思ったからだ。
「義手用の備品を届けに行こうかと思いまして。もちろんこちらの軍からの支給品です」
無料ならば断わる理由がないと思い了承した。
「わかりました。何時頃になります?」
「私の勤務が5時までなので5時5分に伺います」
とんだホワイト企業だ。
勤務時間終了と共に退社できる企業などほんの一握りだろう。
いやむしろ軍である以上は規律にも時間にも厳しいという事だろうか。
「では5時までに帰宅して待ってますね」
こちらも負けずに時間厳守を真似た。
電話を終えて席に戻ったがステーキはまだできていないようだった。
食事を終えても一条との約束まで3時間ほどあった。
今度は部屋になかった日用品を物色しに日用品などが売っている販売店に向かった。
そこに行けば値段はそこそこだが色々なものが売っている、都市型のホームセンターといった所だ。
お店に入ろうとするとまた携帯電話が鳴った。
今度は音はならずにヴゥゥゥとローターの振動音が鳴る。
画面には先ほど番号を教えたばかりの川野の名前が表示されている。
「もしもし」
面倒だが渋々電話に出た。
「おつかれさまです、川野です。今休憩中なんですけど、今度またお酒でも行きませんか?マツダさんの武勇伝聞かせてくださいよ~」
相変わらず軽い男だったが悪い気はしない。
「いいけど、約束はしない。仕事終わった時に連絡くれればいいよ。空いてたら行くから」
「わかりました。また電話しますね」
約束を取り付けられるのは好きじゃなかったので、アポなしで連絡を貰うことにする。
予定を入れてしまうとその時間拘束されることが約束されてしまうので予定を消化してしまうまで心休まらないからだ。
それに、急に行くのが面倒になっても約束してしまっていればどんなに気が重くても行かなくてはならない。
アポなしの方がその時の気分で決められる。
昔からこのスタンスを貫いている為、川野のすぐに引き下がる。
次お酒の誘いをしても良いという確約が出来ただけでもある意味約束ともいえる。
電話を終え一通り店内を見渡してみたが新しい部屋にはバスタオルから髭剃り、スリッパ、シャンプーなど一通りのアメニティがそろっていて特に新しく買うものも思いつかなかった。
当面の着替え用にシンプルで低価格、生地にこだわった世界的に有名な衣料量販店で下着類だけを買って帰った。




