86、贖罪
和服売り場を離れた俺はそこら中にいる全ての人の視線を集めていた。
解きかかって伸びきったパーマ頭に真っ白な袴に小袖と羽織、左手は無く顔以外の肌の色は真っ黒な格好である。
デパートを出てからも遠目でもこちらに注目が集まっている事がわかるほどだ。
殆どの者が携帯電話をこちらに向け撮影をしているようだったが、最後に自分の姿を世に曝け出すのも悪くない。
最後に慌てた買った雪駄も丁度白い鼻緒の物があったお陰でお気に入りだった。
最後の戦いの前に一度行っておきたい所があった。
初めてのキラー討伐からお世話になっている理髪店だ。
「こんにちわ」
店は営業していて相変わらず客はいなかった。
「おお!兄ちゃん!はははっ!なんて格好だよ!」
「格好いいでしょう?たまには和服でもと思って」
「格好いいけど、これから結婚式でもやるのかと思ったぜ!」
「違いますよ!結婚式で白いのを着るのは女性ですから。どちらかというとこれは葬式用です」
「お前葬式っていやぁ黒い着物だろう・・・?まさか、手も無いし、そういう事なのか?」
「ええ、俺ももう長くはもたないみたいです」
「そうか、そうか」
店主は目に涙を浮かべながら少し微笑んだ。
「よし!格好よく散れるようにその服装にピッタリな髪形を作ってやるよ!」
奇妙な格好の男が入って行ったという事もあり、理髪店の前には人垣が出来、常識の無い何名かが携帯電話を片手に窓ガラスに張り付いている。
俺達はそんなことを気にも留めずに俺が初めてこの店に入った時の事や俺がクローンのキラーを倒した時の話で盛り上がった。
「よし、最後の髭を剃って完成だ」
それにしても、理髪店の髭剃りの泡といい、剃刀の切れ味といい、なんて心地の良い髭剃りなのだろう。
こんな事なら直ぐ近くに引っ越して毎日髭を剃ってもらいたいものだ。
髭を剃り終わり、鏡を見るとそこには白い着物姿の侍がいた。
「この髪形は?」
「マンバンっていう奴だ。ちょっと前に流行ったんだが今日の服装にはピッタリだろう?」
「はい、おでこから剃り上げてちょんまげみたいになるかと思ってました」
「ははは!今時そんな髪型格好よくないからな!」
「ははは、そうですね。でも本当に、格好いい髪形にしてくれてありがとうございました」
「これから何が起こるのか俺にはわからないが、生き延びれるもんならまた来てくれ」
「はい、その時は必ず」
そして俺は笑顔で送り出してくれる店主を背に店を出た。
扉が閉まる前に店主の鼻を啜る音が妙に湿っぽく、申し訳ない気持ちになった。
髪型を整えた俺は人垣を掻き分けて銀行に寄り、最後の挨拶とちょっとした手続きを済ませてタクシーを拾った。
「キラー討伐軍の基地までお願いできますか?」
「かしこまりました」
こんな格好で左手も無く、タクシーの運転手に散々茶化されて色々と詮索されるだろうと思って覚悟していたが物静かな運転手だったようで終始静かなままで基地に着くことが出来た。
道中室内鏡からこちらを覗く姿を何度も目撃したがそれでも何も詮索されなかったのは本当に助かる。
基地に着くと斎藤から始め大塚、高城に最後の挨拶を済ませて執務室へ向かう。
皆目に涙を浮かべて送り出してくれたがその様子を俺が茶化す事で和やかに別れの挨拶を済ますことが出来ただろう。
「赤石少佐、いますか?」
俺は執務室の扉を叩き返事を待つ。
「どうぞ」
中に入り俺の姿を見るやいなやその場で立ち上がりそのまま固まって動かない。
「マツダさん、その格好は?」
「死装束ってやつですよ。今から最後のキラー討伐に向かいます」
「そうか」
力が抜けた様に椅子にもたれかかり大きなため息を吐く。
「何も言わないでください。決意を固めてきました」
「・・・」
「あと、最後の後処理だけお願いする形になってしまいます。お手数おかけします」
「手間だなんてとんでもない。もちろんなんでも協力しますよ」
「なんでも?」
俺は赤石のなんでもという言葉に大いに甘えようと企んだ。
「我々に出来る事ならば」
「では、俺の死後、もし一条がひょっこり現れても叱らないであげてください」
「ええ、約束します。マツダさん、今まで本当に、ありがとうございました」
赤石が立ち上がり机よりも低く腰を折る。
俺は静かに敬礼して腰を折ったままの赤石を背に執務室を出た。
研究室に向かい斎藤に行先を設定してもらったドローンに乗り込む。
正面のハッチは先日破壊してしまっている為片手で支えなければならなかったが背面のハッチだけあれば飛ばされる事はないだろう。
滑走路に着くと高城にお願いしていた通り既に的の発生器が置いてある。
いつもよりも多い野次馬に丁寧に礼をして、斎藤に教わった通りに的の自動走行を解除するための操作を行った。
上手くいったようで無事動かない的を出現させることが出来た。
そして射撃訓練所の時と同じ位置になるように距離を取りその場で正座をする。
今までそんな気配も無かったくせに武士道というのをやってみたかったからだ。
白い装束の効果も相まってこれから自分が行う事とその結果を潔く受け入れる事ができそうだ。
いつの間にか野次馬に混じり沢山の救急車やパトカーが集まっていて一斉に敬礼をしている。
キラーの対応で長年苦しめられてきた人達が最後のキラー討伐の話を聞いて集まってきているのだろう。
俺が野次馬の方に顔を向けた事に気付いた一人がこちらに手を振る。
高城だった。
高城だけではなくキラー討伐軍の全てのスタッフが集まっている。
「これは失敗できないな」
的の方に向き直ると袖に潜ませておいたゴルフボールを的目掛けて戦力投球し、キラーで的を破壊するイメージを描いた。
ゴルフボールが的を捉える直前確かにキラーが現れ、的もろとも破壊できたはずだ。
わかっていた事だが最後のキラー討伐時に俺の頭部は体から離れ、地面に叩き付けられているだろう。
そして首元から流れる血で真っ白な死装束が赤く染まり最後の瞬間に綺麗な彩を添えてくれる。
俺はてっきり体から離れていく首から自分の体から噴き出る血を眺める最後を期待していたのだが頭が地面に叩き付けられた衝撃も無く、体から離れた様子も無いが何も見る事も出来ず、痛みを感じる事も無かった。
ただ間違いないのは俺が最後のキラーの討伐に成功したという事だ。
これで自分の犯した罪を償えたのだろうか。
だんだんと薄れていく意識にこれまでの出来事が走馬灯の様に流れ俺はゆっくりと意識を失っていった。




