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6、有名人

 殺人鬼を狙うという目的のない外出は格別だった。


支給された住まいも商業区から近い中央の行政地区だったため電車で20分もかからない。


電車の中で先ほど手に取った携帯電話を操作する。


以前はちゃんと携帯電話も持っていたので操作は簡単だ。


固定費が必要な携帯電話などは3年前に既に手放していたため、知り合いと連絡を取る手段もない。


むしろ誰とも連絡を取らずに一人で過ごしていた3年間の方が精神的に充実していたといってもいい。


軍から支給されたモスグリーンのパンツにTシャツも悪くない。まずは伸び切った髪と髭を整えに行く事にした。


 いつもの駅前に行くと先日の惨劇がなかったかのように人が行き交っていた。


時間を持て余して歩き回った土地なのですぐに目を付けていた美容室に入った。


前面ガラス張りで店内も清潔感がり、おしゃれな作りのお店だ。


中に入ると一応いらっしゃいませ、と言ってもらえたものの、伸び切った髪と髭は明らかに怪しい奴に見えたのだろう。


一瞬だが眉間にしわが寄るのを見逃さなかった。


駅前で野宿していた時にデパ地下に入った時にもらう店員達のあの視線と一緒だ。


「ちっ」


気分が悪くなり、何も言わず外へ出た。


それも、思い切り聞こえるように舌打ちを残して。


髪を切る気分もなくなったが今時珍しく赤と青のサインポールを出している理髪店があるのを思い出しそちらへ向かうことにした。


店内は椅子が2つだけしかなく、初老の店主が一人いる。


(ファンキー、だな、、、)


アロハシャツに破れたジーンズ、長いグレーヘアーを後ろで結び、額の上にはサングラスが刺さっていた。


(季節感もないし、大丈夫か?)


かなり不安だったがとにかく髪が短くなれば良いと思い店内に入る。


「へいいらっしゃい!」


「ぶふっ!」


理髪店らしくない居酒屋のノリに思わず噴き出した。


「ガッハッハ!兄ちゃん、随分長く伸ばしたなぁ!」


この店主はいつでもテンションが高いのだろう。


格好と合っていて想像通りかそれ以上のキャラだ。


「今日はどうする?」


回転する椅子を向けられて椅子へ誘導され、手際よく首からシートを巻き付けられる。


手を通す所がないあたりいかにも理髪店っぽく新鮮だった。


「髪は耳にかからないくらい短く、髭も剃ってもらえますか?」


必要な事だけ伝えて細かい要求はしなかった。


(見た目もアレだから腕は期待できないもんな)


「オーケー!じゃあ、それ以外はお任せって事でいいかな?」


お任せ、という言葉にかなり不安を感じたが細かい要求をしなかった自分が悪い。


「じゃあお任せでおねがいします」


腹をくくった。


「兄ちゃん、かっこいい義手付けてんだねー!」


「ちょっと、怪我で」


カット中はファンキーな店主の雑談が続き、暫く人と会話していなかった俺には少し鬱陶しく感じたが、こちらが返事に困ると少し黙ってくれる空気の読める店主だった。


「はいできたー!どうよ!?」


カットが終わってから沢山の棒を巻かれていたので想像は付いたが、見事にくねくねしたパーマヘアーにされてしまった。


耳にかかっていないのでスッキリした感覚と生まれて初めてのパーマにわくわくした。


これがお洒落なヘアースタイルというやつなんだろう。


「初めてのパーマなので、変な感じですけど、最高ですね」


素直に褒めることにした。


「そういえば兄ちゃん。この前ここらでアレが出たって知ってるか?」


「ええ、まぁ」


急に低いトーンで自分の関わった話題が出たため一瞬言葉に詰まる。


「しかもよ、アレが退治されたっていうじゃないか。そん時さ、俺のカミさん、やられちまったんだよ。」


殺人鬼が現れてから何人もの人が死んでいったのはわかっていたが、身内を亡くした人の話を聞くのは初めてだった。


しかも、俺が捕まえた殺人鬼にやられて。


(もう少し早く倒していたら、、、)


そう思うと胸が詰まった。


「けどさ、ちゃんと退治してくれた奴がいるんだよ。俺のカミさんの仇取ってくれたんだよ。ありがとうな、兄ちゃん」


「えっ」


「兄ちゃんがやってくれたんだろう?」


誰かに知られていると思ってもみなかったため、急な出来事に心拍数が上がる。


(あの状況を見られていたのか?)


「なんでそう思ったんです?」


すぐに肯定するのも危険だと思い返事をはぐらかす。


殺人鬼、キラーには賞金がかかっていたのだから俺が賞金を手にしたという事もバレているという事になる。


人によっては賞金目当てで近寄ってくる者もいるだろう。


「兄ちゃんみたいな髪伸ばしっぱなしの奴がアレをやっつける動画、めちゃめちゃ拡散されてるんだぞ?しかも腕切られてるところもさ。残酷だよねー。腕切られてまでよくやったと思うよ。そのあとに討伐軍がアレとそいつを回収していったっていうもんだから切られた腕が義手になっていてもおかしくないだろう?で、どうなんだ?兄ちゃんがやってくれたんだろう?」


かなり誤算だった。


あんな惨劇中に動画を回してる人がいただなんて考えもなかった。


通常この手の動画はよくあったが殺人鬼の姿も捉えられずにただ殺戮の映像が延々と続く為、すぐに削除されていたからだ。


「あの、誰にも言わないで欲しいんですけど、、、」


遠回しに肯定して口止めをする。髪をと髭を切ったら動画の男と同一人物だとわかるのはこの店主に限られる。


「やっぱりそうか、、、アレを倒してくれてありがとうな。人には言わねぇよ」


そう言って手を握られた。


「あの、支払いお願いします」


すぐにこの場から逃げたかった。


湿った空気は好きじゃない。


急かすように例のカードを差し出す。


「金はいいよ、伸びたらまた来な!」


ビシッと親指を立てウインクが眩しく、湿った空気が急に温まった。


「いや、でも」


「ほんとにいいって!カミさんの仇うってくれたんだから!それにそんな立派なカード、うちじゃ使えないっての!」


「それじゃ、お言葉に甘えて。必ずまた来ますね」


「あと、そんなカード人に見せんじゃないぞ?兄ちゃん有名人だからな、あぶねえぞ」


「気を付けます」


そう言ってお店を後にした。


帰り際もビシッと立った親指とウインクが眩しかった。

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