55、マツダ対キラー
米国へのクローン引き渡し当日。
赤石は一晩寝ずに作り上げた仕様書を持ち空軍基地にいた。
相変わらずファイルの表紙には<秘>という一文字が印字されている。
斎藤も技術者として一応同行していた。
V-22航空機で輸送できるサイズのコンテナにクローンをカプセルごと移動し、必要な電源なども一緒に積み込んである。
事前にクローン起動時に連絡を貰うよう要請を行っており、了承は得ているものの確実に連絡を貰えるかどうかが一番心配だった。
実際に13時引き渡しの約束をしていたのだが既に14時を超えている。
赤石と斎藤はいつ到着しても良いようにコートを着込んでコンテナの中で待機していた。
「あいつら、まともに引き渡される気があるんですかねー」
斎藤が待ちきれずに寒さと苛立ちで足を震わす。
赤石は落ち着いているが首はコートの襟に仕舞ったままだ。
「このまま来なければこちらとしてもありがたいんですが・・・」
赤石も待ち疲れたようで普段口にしないような愚痴をこぼす。
斎藤とは年も近くてたまに一緒に飲む仲なので気が緩んでいるのかもしれない。
コンテナの中は照明がついていてコンテナ単体でクローンの制御が出来るように斎藤が徹夜で組み上げている。
寝ずに準備をした二人組が揃いも揃って狭いコンテナの中で愚痴をこぼしあっている滑稽な状況が出来上がっている訳だ。
耐えきれずに赤石が基地に電話をする。
「高城君、米国の輸送機はいまどのあたりですか?」
「衛星からの映像だとようやく出発したというところでしょうか」
「わかりました。ありがとうございます」
赤石が電話を切ると斎藤が少し明るい表情で見つめてくる。
「先程出発したばかりだそうですよ」
赤石に言葉にこの世の終わりを思わせる斎藤の残念そうな顔は絵画にもなる傑作の出来だった。
キラーの引き渡し時間を予め聞いていたマツダは終了予定時間を見計らって再び滑走路へ到着した。
引き渡してから直ぐに起動はしないだろうとの事だった為次の日にも一人訓練に現れたのだった。
だが、門の兵士に話しかけてもまだ使用できないの一点張りだった。
マツダは仕方なく基地に連絡を入れる。
「こんにちわ、高城さん、滑走路のある基地に入れないのですが、何か聞いていますか?」
「マツダさん、今少佐がそちらでクローンの引き渡しの為待機しているのですが米軍の輸送機がまだ到着していないので滑走路が使えないんだと思います」
「そうですか、ありがとうございます」
要件を済ませ電話を切るとマツダは空を眺める。
滑走路に降り立つ輸送機となれば空から来るはずだったからだ。
そのまま一回り空を眺めるが飛翔体が飛んでいる様子はない。
マツダは空を眺めながら長いため息をついた。
暫くして米国の輸送機が基地に近づいてきた。
予定時間から既に二時間は経過している。
これから更に仕様の説明や起動時の連絡の要請の再確認などで一時間程の時間がかかる予定だった。
輸送機が垂直に着陸すると中から年配の米軍兵士と軍人とは少し様子が違う科学者らしき人物が降り立った。
赤石は流暢な英語で挨拶を交わし早速コンテナの方へ誘導する。
基地の外から見ていたマツダにもその姿を小さく確認できた。
時間通りに現れなかった上に赤石はしきりに頭を下げている。
マツダの目には米軍の遅れてきた何者かが大層横柄な態度に見え苛立ちを抑えられないでいた。
昨日の訓練で怒りの矛先に向かってキラーが発生する可能性があったため、空を見上げて気を逸らすが一度見たものを忘れる事も出来ずに苛立ちは募っていった。
ただでさえ半ば強引にクローンを奪われるという内容を聞いていただけに相手の態度には許せないものがあった。
「あいつらさえ余計な事をしなければ・・・」
怒りの矛先が米軍の兵士に向けて頂点に達した時、コンテナ付近にキラーが現れた。
昨日見た通りテレビの電源を入れた時のように忽然と姿が現れたのだった。
しかしそれを見ていたマツダはその刹那にここで殺しが起こった場合に発生する国際問題や赤石の立場など様々なしがらみが頭を走り抜け一瞬心に恐怖が生まれた。
その事が功を奏してキラーの攻撃が兵士を捕らえる直前にキラーは再び姿を消した。
だが、あちらの兵士も気が気ではない。
キラーが現れた事に狼狽し他の兵士に指示を出し、クローンの起動を命じている。
赤石が必死に止めるが聞く耳を持たずついにクローンが起動された。
直前まで赤石、斎藤の両名で説得を試みたがその苦労も空しく案の定クローンの起動と同時にキラーが発生したようだった。
すぐにキラーが現れた事がわかったのは滑走路に一体のキラーが現れたからだった。
マツダには絶好のチャンスだった。
未だキラーを制御する術は身に付けられていないが先日の訓練ではある程度自分の意志で呼び出すことが出来たという自信もある。
マツダは門の兵士に一言
「中でキラーが出た。討伐の為に中に入る」
と、ぶっきらぼうに伝えて跳躍すると塀を飛び越し滑走路へ向かった。
滑走路に現れたキラーは周囲に人がいないためか狼狽えているように見える。
実際はコンテナの中に複数人いるのだが視界に入らないものはターゲットにならないのだろう。
だが、キラーに向けて走ってくるマツダの姿を確認するとキラーもマツダに向かって動き出す。
マツダの義体による動きも人離れした速さだったがキラーの動きも負けずとも劣らない。
マツダにはこのキラーに対して倒さなければならないという気迫が会った為恐怖は無かった。
正面からぶつかり合った二つの影はゴムを叩き付けたかのような高い音を鳴ら幾度となく鳴らしながらぶつかり合う。
その音の激しさにコンテナ内の一同もコンテナから顔を出し外の様子を覗う。
滑走路ではキラーとマツダがものすごい速さで肉弾戦を繰り広げているが動きは互角なのだろう、どちらかが優勢である様子は無かった。
「今すぐクローンを停止してください!」
赤石が斎藤に指示を出すと斎藤は米軍兵士を払い除けてコンピュータを操作しクローンを停止させた。
その瞬間クローンの起動により発生していたキラーも姿を消すことになる。
マツダは息を切らしてその場に座り込み、赤石と斎藤は額から冷たい汗を流し、米国の兵士は事の顛末に付いていけずただただ放心する事しかできなかった。




