40、キラーの正体
目が覚めると俺は慣れ親しんでいたはずの裏路地にいた。
以前にも出勤前の過去に戻った事があったが今回も自意識が残っていてはっきりと過去に戻ってきたという認識もある。
今回は特にこれから出勤という事も無ければ何かしなければならないという事もない。
服装の痛みからすると路上生活を始めて間もない頃なのだろう。
ポケットにはいつも肌身離さず持ち歩いている銀行のキャッシュカードと僅かばかりのお金が入った財布が入っている。
当時は何も考えずにこういった生活を行っていたようだが普通の生活よりもかなり裕福な生活を行うようになってからこの状況を体験すると、かなり苦痛を強いられるようだ。
とりあえず当時行っていたように下穿きと腹の間にサバイバルナイフを隠して街中を巡回する。
行く当てもなくぶらぶらし、腰掛けられる所を見つけてはそこで暫く人間観察をする。
歩いている人間を眺めていても特に珍しい事も無く面白い事件も起こらなかったがこれが日課になっていた。
人の通りを見る限り出勤する人々は出勤を終え、一時的に落ち着く時間帯だった。
この時間帯はいつも商業区の少し外れにある川に行き水浴びをする。
身なりは多少汚くても匂いを発して周囲に迷惑が掛からないように気を使って毎日通っていた。
もちろん雨の日に来ることは無かった。
この時間帯は人通りも殆ど無いので服を洗い、川を囲っている柵に結び付けてあるタオルを使い体をこする。
これだけでも十分匂いを抑えられた。
体を拭き終わると洗った服を絞りそのまま着て歩きながら乾かす。
長時間裸で乾くのを待っている事も出来なかったので最善の方法だと思っていた。
先に下穿きを穿き上着に首を通すと周りは急に夕方の繁華街に変わった。
急に小汚い男が現れたからか周囲の視線が集まる。
人目を気にしながら胸元で止まっていた上着を下ろし、状況を確認する。
空は薄っすらと明るくサラリーマンが多く歩いている所を見ると季節は夏だろう。
既に1件目を終えたグループもいるようで辺りは既に賑わっている。
「お!お前ホームレスか!珍しいなぁ!頑張れよ!」
まだ薄っすらと明るい時間帯なのに既に酔いが回っている者もいるようで不必要に声をかけてくる。
返事をする必要もなく無視をして酔った男のいない方へ歩き出す。
すると肩を思い切り握られたようで痛みが走る。
ここしばらく腕から肩にかけての感覚が無かった為、懐かしさのあまり痛みよりも気持ち良い感覚だ。
「おい、うちの社長が話しかけてるのに無視するんじゃねーよ!」
明らかに若い男が威勢よく話しかけてくる。
応対するのも馬鹿馬鹿しく再び無視をして歩き出す。
後ろで最初話しかけてきた中年が若い男をなだめているようだが若い男は執拗に俺の腕を掴むなどして謝罪を要求する。
ただここにいただけで勝手に話しかけてきておいて謝罪を要求するなどこのような暴威があってよいのだろうか。
あまりにも執拗で主張も筋が通っていなさ過ぎた為苛立ちが募ってくる。
前回同様いつの間にか両腕が義手の状態に戻っており、掴まれていた肩の感覚も無くなる。
「黙れよゴミ野郎」
あまりの執拗さについ乱暴な言葉で罵ってしまう。
もしかすると無意識のうちに相手を怒らせようとしていたのだろうか、若い男は激昂して殴り掛かってくる。
「調子にのるなよホームレースごときが!」
若い男は腹や太腿などを殴ったり蹴ったりを繰り返しているが、大塚の寸止めよりも痛みを感じない。
いつの間にか周りには人垣が出来ており、若い連中などは大盛り上がりだ。
<社長のお付きの若者が無礼なホームレスに制裁を加えている>という図式が完成され、完全に若い男に加勢する形となっている。
周囲からの野次も多く怒りが抑えきれなくなった頃、若い男の拳が俺の顔面を直撃した。
今までよりも強い痛みが走り鼻を押さえると手に血が付く。
俺は血を見た瞬間に押さえていた怒りが爆発し、若い男の顔面に思い切り拳を振るった。
手加減をしたつもりだったが若い男の顔面は胴体から離れ、肉片となって人垣にまき散らされた。
人垣だったものは様々な高さで叫び声を上げながら崩れ去っていく。
だが、先日の職場同様に怒りは収まらずに人垣を作っていた奴らを捕まえては殴り、また両腕を持って引き千切り、頭を掴んではそのまま握り潰し、腕を振り回しては体を真っ二つに叩き割っていった。
目につく人間全てを殺し尽くした頃、今俺が行っている行為こそがキラー発生時に怒る現象と酷似している事に気が付き我に返る。
周りの惨劇が俺自身に恐怖を植え付けた。
自分自身がキラーの発生源であり、キラーの行動が自分自身の行動に基づいている事が裏付けられたからだ。
俺は自分自身への恐怖で固まり、その場でしゃがみ込み頭を抱えた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!あああぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝!」
暫くの間行き場の無い叫びを続けた後、背中に温もりが覆った。
背中の温もりが後ろから抱きしめながら頭を撫でて一言。
「大丈夫、マツダさんは悪くない」
とても温かい口調で一条が救いの言葉をかけてくれた事に安堵し、そのまま意識が薄れていった。




