32、戦闘訓練2
目が覚めると朝の6時だった。
路上生活が長く外が明るくなる時間には勝手に目が覚めるようになっていたからだ。
空腹を感じ朝食になりそうなものを探したが冷蔵庫の殆どは種類で埋め尽くされ、野菜室に昨日の残りの野菜が少し入っている。
水を切ってボウルごとキッチンに運び昨日作ったオリーブオイルにベーコンとニンニク、塩で味付けをした自作ドレッシングをかけ立ったまま箸で口に頬張っていく。
先日もそうだが以前よりも食欲が出てきたようだった。
2か月間寝ていたという事もあるが、身体能力が上がったせいか生きていくうえでの燃費が変わったのだろう。
リビングに差し込む朝日を眺めながら先日までの路上生活を思い出し、「贅沢は敵だ」と自分に言い聞かせる。
残りの野菜を平らげると食洗機に放り込みスイッチを入れ、バスルーム隣に設けられたランドリールームの洗濯機から昨日着ていた軍の施設の支給品を着る。
自宅から基地までは人通りも殆どなく義手でもあまり問題ないが両腕が義手ともなると目立ちそうで一条の特製グローブが恋しい。
前回の戦闘で右手のグローブは破損してしまったようで使えない。
今日は先日手も足も出なかった大塚へのリベンジを果たそうと基地に向かおうと思っていた為、一条に会った時にでも新しいグローブの制作を打診する必要がある。
万が一だめなら、適当なグローブで間に合わせるしかない。
俺は食洗機が止まったのを確認し、部屋を出た。
軍の基地に着くとまだ朝の7時だというのに赤石と斎藤が作戦室にいた。
「おはようございます」
「マツダさん、おはようございます。もう体は良いのですか?」
「ええ、お陰様で痛みもなく調子も良いです。今日は大塚さんに稽古をつけてもらおうと思って伺いました」
そう言ってファイティングポーズをとってみせ、体の無事を伝える。
「それは殊勝な心がけですね。斎藤君もマツダさんに用事があったようなので稽古が終わってからでよいので研究室を訪ねてあげてください」
「例のドローン移送機の事で相談がありますのでよろしくお願いします」
斎藤も手に持った〈秘〉と書かれたファイルを掲げて研究室への訪問を促してきた。
「わかりました。ぜひ伺わせてもらいます」
「それと、マツダさんに大変申し訳ないのですが」
赤石が言いづらそうな表情で一度止まる。
「どうしました?」
「一条君の事なのですが。いつもギリギリまで寝ているようで、間に合わない事も度々ありまして。もし基地に来る用事があるときで構わないので一条君を叩き起こしてきて頂けないでしょうか?」
なるほどこれは言いづらい話だろうと心から同情した。
「わかりました。偶然家も近いので朝寄ってから来ることにします」
果たして家が近いのが偶然なのかわからないが一条の部屋までは歩数でいえば10歩も歩かずに行くことが出来る。
一応交際をしているという事も知られているので断る理由も思いつかず赤石のお願いを聞き入れる事になった。
その後作戦室から出ると研究等の裏出口からすぐの訓練所に入った。
中にはまだ誰もいない。当直のオペレータ以外は大体8時頃までに集まる事になっているようだ。
軍隊とはいえ急ごしらえの小規模軍隊で本隊のような厳しい規律はない必要ないのだろう。
大塚を待っている間にシャツを脱ぎ、Tシャツ姿になる。
改めてよく見ると両腕が灰色の機械色で筋肉細胞のように細かい筋が無数に繋がっている。
腕を伸縮させるたびに筋が伸びたり縮んだりしていてまるで本物の筋肉のようだ。
筋が肩から体の中まで伸びているが途中から皮膚が張り付いていて筋の動きに合わせて皮膚が伸縮している。
一般に供給されている義手は上下左右の4軸の組み合わせである程度自由に動きを制御している為、脳からの信号を制御装置で受信をしていくつかのシリンダーを使って近い動きを再現している。
それに比べ軍用の義手は今までの腕と同じように細かな動きや手首や肩の捻りまでタイムラグ無く完全に再現されている。
一条の技術がいかに突出していて施術に2か月を要した理由も頷ける。
鏡の前で腕を様々な方向に動かしながら眺めていると大塚が訓練所に入ってきた。
「鏡の前で何やっているんだ?ナルシストの兄ちゃんは」
恥ずかしい所を見られたような気持になり腰に手を当てて振り返り、言い訳を考える。
「いや、あの、凄い技術だなと思ってつい眺めてしまいました」
特に言い訳が思いつくまでもなく思った通りに答えたが一番最もな返答になった。
「まぁいいさ。今日は訓練かい?病み上がりなのに大丈夫かよ?」
「ええ、左腕に仕込まれた格闘技用のプログラムがどのように動くのかも気になって」
「聞いたぜそれ。完全に反則だろう。でもな、俺も兄ちゃんがやっていた睡眠トレーニングをしてもらって丁度体の動きを試したかった所だ」
以前俺が施してもらった睡眠時の筋力トレーニングと同じことを大塚も行ったようだった。
確かに以前から軍人の大きな体つきだったが以前に増して大きく見える。
「じゃあ、今日は俺も本気を出せるって事ですね」
冗談交じりに悪戯な顔を見せ大塚に拳を突き出す。
「よせよ、デパートの穴みたいにされたくねーよ」
大塚も歩きながら拳を突き出しお互いの拳先がぶつかり合う。
先にリングに上がった大塚を追うようにリングに上がるとグローブを渡される。
「万が一のための保険でグローブを付ける。あと、今日は総合格闘技形式で訓練を行う。ただし絞め技は無しだ」
「了解」
お互いに戦闘態勢になり一度拳をぶつけ合い戦闘が開始された。
「来い」
大塚が手招きして挑発する。
今の現状でどのくらい通用するのかを試したかったので事前に格闘技を見て勉強してきたわけではない。
前回同様見様見真似のボクシングの動きをする。
大塚の動きは前よりも素早く避ける動作もかなり余裕がありそうだった。
すると今度は足元を払われてドンと横に倒される。
今回は総合格闘技という事もあり、足も使ってよい事になっているが、拳以外での攻撃方法に疎く、足を振り出しても当たる気配が無い。
(またか!)
大塚の動きを真似て体は動きについていけているのに当てることが出来ない。
それどころか大塚に足を払われたり胴に突きを入れられる等全く歯が立たなかった。
次第に手を出せずに守る一方になる。
体が動いてくれるので避ける事が出来るがかなりの量の打撃を貰う。
殆ど痛くないのは避けられているのもあるがやはり寸止めしてくれているのだろう。
「守るだけでは相手は倒せないぞ!」
そう言って大塚が攻撃の手を速めてくる。
本気を出せば少しくらい、という気持ちはあるが、力加減を間違えると吹き飛ばしかねないという恐怖で手が出せない。
打たれ続けるうちに前回同様の悔しさと自分の情けなさでで苛立ちを隠せなくなった。
大塚が一度大きく後退し両腕を振って制止する。
「休憩だ!」
俺は息を上げながらロープにもたれかかった。
「当てられなくても避けられなくてもイライラするな兄ちゃん。俺がもうそろそろでミンチになる所だった」
そういうと隣に来て俺の肩を2度叩く。
「そんなに、顔に出てましたか?」
「ああ、怖え位だ」
「格闘技用プログラムのお陰でもっとやれると期待値が高かったので自分が情けなくなってしまいました」
「いいや、かなり良くなっている普通の競技大会に出たら簡単に勝てるだろう。俺もびっくりしたが俺自身の身体能力がとんでもない位良くなってやがる。きっとそのせいだろう」
そう言ってリングから降りると端にある冷蔵庫から水を2本取り出し1本を投げて寄こす。
義手のお陰か片手であっけなく受け取るとキャップを開け、一気に半分程を飲み干す。
「また明日も来い。慣れればもっと強くなれる」
大塚が空になった水のペットボトルをゴミ箱に投げ入れると扉が開き斎藤が入ってきた。
「二人とも、作戦室に集まって。キラー発生だ」
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