31、一条の思惑
冷蔵庫に入っている赤ワインをグラスに注ぎキッチンに立つ。
最高級の肉の水分を取るり切り込みを入れ厚みが均一になるように叩く。
切り込みを入れた方に胡椒をまぶし、両面に焼き色が付くまで強火で焼くと、アルミホイルにスライスしたニンニクを入れ包み弱火で中に火を通す。
カットした葉菜類を水に浸し冷蔵庫に入れておく。
その間に付け合わせの人参といんげんをバターで柔らかく焼く。
肉に丁度火が通る時間にようやく5時になる。
ダイニングテーブルにランチョンマットを敷き、ナイフとフォークを並べ、格好をつけてフィンガーボウルを用意する。
調理をしている間に半分程減ってしまったワインボトルを冷蔵庫に戻し、新品のワインを取り出し、ワイングラスと一緒にテーブルに並べておく。
「よし」
後は一条が来たらサラダとステーキを盛り付けるだけだ。
誰かをもてなす事自体今までしたことが無いためテレビやインターネットで調べてテーブル様式などを調べ上げていた。
時計が5時5分を差した時、インターホンが鳴り、入り口の扉が開いた。
「こんばんわ」
一条が素っ気なくリビングに入り、持っていた鞄をカウチソファーに投げ捨てる。
「おかえりなさい」
一緒に住んでるわけではないがついおかえりと言葉が出てしまった。
調理している間待ち焦がれていたからだろうか。
「今用意するから席で待っていてください」
ダイニングテーブルの椅子を引き一条を椅子へ促す。
「あの後どのくらい寝ていました?」
サラダを盛りつけテーブルに置き、ステーキ用の皿を用意しながら一条に話しかける。
「さっき起きたばっかりです。マツダさんとの約束が無ければ私は二度と起き上がる事はなかったでしょう」
冗談のように聞こえるが病室で見た一条の疲れ切った顔を思い出すと冗談でもないような気がした。
ステーキをお皿に盛りつけていると一条が既にサラダを食べ始めている。
草食動物のようにサラダを食べる姿が背の小ささと相まってとても可愛らしく見える。
ステーキと盛り合わせを皿に乗せテーブルに運び、席に着いた。
ワイングラスに赤ワインを注ぎ少し持ち上げ乾杯をする。
「マツダさん、私を酔わせていけない事をするつもりですね?」
一条もお酒を前に眠気が冷めてきたのか冗談を言う。
「じゃあ今夜はいけない事をする事をすんですね?」
「いや、それは、、、」
一条はこういった恋愛絡みの話題には免疫が無いようで話題を振ってもすぐに黙ってしまう。
「所で一子さん」
黙っている一条に追い打ちをかけるように名前で呼んでみる。
「え、あ、はい!?」
急に名前で呼ばれた一条はフォークに差して頬張るステーキを口の前で止め返事をする。
「今日は随分寝ていたようですね?」
まだ瞼がおぼつかない一条に労いの言葉をかける。
「左腕の手術、大変だったんでしょう?」
ステーキをようやく頬張った一条は咀嚼しながら何度も頷く。
ようやく飲み込んだようで一度ワインを流し込んだ。
「それはもう、右腕と左腕をリンクさせるのがとても大変で久々に労働しました。途中でマツダさんは暴れ出すし、大変でしたよ」
次のステーキを口に運び再び咀嚼をしながらこちらを笑顔で見つめてくる。
「ありがとう、2か月も俺が寝ていたようですね?」
「そう!2か月も私頑張ってました。キスくらいしてもらっても良い位ですよ?」
まだ酔うには早いが一条は過労も相まっていつになく饒舌だった。
確かに交際を始めて既に2か月以上経つが俺がその間ずっと入院中だったので恋人らしい人は何一つしていないしお互い敬語で話ている。
元々俺は両親にも敬語を使うくらい人との距離を取って生活をしていたのでいつも通りと言えばいつも通りだったが一条に限っては母親と普通に会話をしていただけに、俺とは少し違うのかもしれない。
あまり得意ではない話題に困り、聞きたいことを聞くことにした。
「その間キラー発生が無かったというのは本当ですか?」
一条が目線だけこちらに向けて咀嚼したあと口の中の肉を飲み込み語り出した。
「そうです。マツダさん、いや、カズトさんが寝ている間キラーは一度も発生していませんでした。前回の時も同様にマツダさんがこん睡状態にある1か月間はキラーの発生がありませんでした。もしかするとマツダさんがキラー討伐後と昏睡期間には何か関係があるのかもしれません」
言い終わるとグラスのワインを飲み干す。
俺は黙ってグラスにワインを継ぎ足し、話を促すように一条の目を見つめる。
「私は、マツダさんこそがキラーの源だと思っています」
俺は、一条の推測に戦慄しフォークを差したままのステーキを口に運べずに黙って一条の目を見つめ続けた。
2か月間寝ていた間に見た夢が自分の深層心理から生まれた夢だとして、俺が人を殺害して喜んでいた事実は否めない。
キラー討伐時に襲われ無かった事も辻褄が合う。
しかしこれは俺が望んだ事ではなく人類の負の感情が生んだ産物だったとしたら俺はその一端に過ぎない。
実際にキラーの襲撃を受けて生き残った人間は俺だけではない。
「俺だったとしたら、どうしたらいいでしょうね」
平生を装い一条の考えを炙り出す。
「まだ予測です。科学的な根拠を打ち立てられなくては予測は証明に至りません。仮にマツダさんが原因だったとしても私は何もをしてでもマツダさんを救う予定ですのでご安心を」
そう言ってステーキを口に運ぶ。
この一言がどれだけ救われただろう。
自分が連続殺人の原因だったなど耐えられるわけがない。
キラー発生により全世界の国のあり方や都市計画まで全て変えざるを得ない状況になっているというのに。
「万が一マツダさんが原因だったとして、マツダさんがキラーを倒す度に四肢を失っていくとしたら、これ以上マツダさんがキラーを倒すのは得策ではありません」
一条が俺の心労など知らないように淡々と語り出す。
先程からフォークを置いてワイングラスを持っているが口に運ぶことも無く一条の話に耳を傾けていた。
「なんで得策ではないと言えるんです?」
どのような答えが返ってくるかわからなかったが恐る恐る質問を投げかけ答えを求めた。
「キラーが全5体と考えて2体倒した時点で両腕を失っています。四肢に関連していると予想すると後3体倒すと両足と体を失いかねません。最悪頭部がやられてしまえば終わりです」
話しながらステーキを口に運びワインを窘める位余裕がある所はさすが科学者といった所なのかとても重たい話をしているようで本人は落ち着いていて深刻な雰囲気すらない。
俺は動揺を見せまいとステーキを口に運びワインで流し込む。
たちまちワインは無くなり開いたグラスに新しくワインを注ぐ。
ボトルもすぐ空になり銘柄の違う次のワインを冷蔵庫から取り出した。
「でもまだ確信はないわけでしょう?接近戦だったから偶然相打ちのようになった可能性もありますよね?」
可能性を潰せるものなら潰したいと、一条の仮定を打ち消す事ができそうな案を提案する。
「その可能性もありますね。マツダさんからの攻撃〈のみ〉キラーに攻撃を与えられるとしたら、次は銃弾などで攻撃してみるのも良いかもしれません」
先程の一条の仮定だと俺がキラーを倒すと四肢が失われるというのに先程とは正反対の意見に驚いた。
「それでは俺が死ぬ可能性があるのではないんですか?」
一条に軽視された事に腹を立て怪訝な表情を浮かべる。
「あるかもしれません。すみません、マツダさんの気持ちも考えずに軽率でした。科学者としての探求心がつい」
一条が笑みを浮かべいたずらに舌を出しておどけた。
これも科学者としての性なのだろうか、その笑顔を見るとどうしても憎めなくなる。
「それよりもマツダさん!今回左腕の義手はすごいですよ!」
先程よりも満面の笑みで両腕を上下に揺さぶりながら一条がはしゃぐ。
「各種格闘プログラムを入れてあるので様々な動きに対応できます!」
親指を突き上げ、理髪店の店主の様だ。
「一度格闘技の実演映像を見て内容を把握しておけば勝手に体がついていくはずです。これで生存率も激増なわけです」
右腕の時は射撃などの武器が構えるだけで自動で照準を合わせてくれ、左腕も義手になる事で体全体のバランスをとれるようになって格闘技の動きもカバーできるようになっているとの事だった。
「今度の大塚さんとの訓練が楽しみですよ」
その後も一条の義手制作と2か月間に及んだ手術の話等をしてワインボトルが3本開いた所で解散することになり一条は自宅に戻り俺はそのまま自宅で就寝した。
その夜、一条の言葉一つ一つを思い返し、なかなか寝付く事ができなかった。




