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20、マツダの決意

 一条と一緒にバーを出ると雑居ビルの前には以前見たことのあるあの非日常的な車があった。


エレベータを降りた時から一条に手を引かれていて、車の助手席に誘導される。


なんとなく気まずく、この冷たい空気を打開する気の利いた言葉が思い浮かばない。


「そういえば、この前はすみませんでした」


運転席に乗り込んだ一条に先日の作戦室での騒動を謝罪した。


「なんの事です?」


「軍の基地で騒いでしまって、よく考えたらちゃんと対話すべきでした」


「あの場は怒って当然の流れなので問題ありません。それよりも、石田舞衣子と親密な関係になっていた事の方が大問題ですよ」


そう言ってシフトレバーをセカンドに入れ、タイヤを鳴らし勢いよく出発した。


「一条さん」


「なんです?」


「これ、飲酒運転では?」


「石田舞衣子と親密になるよりはましです」


一条はすこし眉間に皺を寄せながら思い切りアクセルを踏み込んだ。



 自宅前に着いた俺と一条はオートロックの扉を抜け、エレベータ前に来た。


(そう言えば冷蔵庫にさっきのバーよりも高そうなのが沢山あったな)


エレベータに乗り込むと一条が2階のボタンを押した。


「え、俺の部屋で飲むんじゃないんですか?」


「男性の部屋に行くのですから一度お母さんに一言かけてきます」


「じゃあ、先に部屋片付けておきますね」


3階のボタンを押そうと手を伸ばすと、一条に手首を捕らえられ、エレベータから引っ張り出された。


「一応、マツダさんも一声かけてあげてください。お母さんも安心しますので」


そういうと俺の返事を待たずにカードキーで扉を開ける。


「お母さんただいま」


一条が呼びかけると程なくして母親が奥からやってきた。


「あら、お帰り。あら、あらあら、この方が彼氏さんなの?」


「え!?」


一条の母親の勢いにたじろぐ。


「そう、3階の。今からちょっとマツダさんの部屋で飲んでくるから先に寝てて」


「一子が連れてくる彼氏だったらもっと地味な子かと思ってたけどお洒落でイケメンで、お母さん、うらやましいわぁ」


一条も一条だが母親の存在感もかなり強烈だった。


「いや、あの」


終始一条親子の展開に驚かされながら一条一子に手を引かれながらエレベータに放り込まれた。



 3階に着くと一条はあたかも自分の部屋かのようにスペアのカードキーで解錠する。


先日来た時は早朝にキラーが発生した為奪取するのを忘れていた。


「そのカード、今日こそ置いて行ってもらいますよ」


説教を垂れながらポケットに仕舞った財布や携帯電話などをリビングボードの引き出しに片付けた。


「今日はジンにしましょう」


そういうと日本語の書かれたラベルの瓶とカクテルグラスを2つを抱えてソファーテーブルに置いた。


カードキーの事など聞いていないフリだった。


「一条さん、今日なぜバーに来たんです?」


「マツダさん、まずは飲みましょう」


そういうとジンを注いだカクテルグラスを差し出す。


先程からこちらの話を聞かない一条に不満を抱きながら渋々グラスを受け取る。


「乾杯」


互いにグラスを軽く持ち上げ、グラスに口をつける。


一条は半分くらい口に含み、ゆっくりと飲み込む。


「まず、カードキーは置いていきません」


お酒が入ってようやくこちらの質問に答える気になったようだった。


「理由は?」


「私の家のカードと兼用だからです」


「それはずるいでしょう」


「私が家に帰れなかったら、エントランスの中で野宿することになっていまいます」


「じゃあ、早く新しい自宅専用のカードを作ってくださいよ」


この調子だと話が進まないだろうとここで切り上げる事にする。


「じゃあ次、なんでバーに?」


一条はグラスに残っているジンを飲み干し2杯目を注ぐ。


「今日、キラー4体が日本に同時発生しました」


「え!4体も?」


「そうです。1体倒された報復かのような現れ方ですよね。発生場所は居住区なので少し距離はありましたがマツダさんから強いドーパミン反応があったので救助しに行きました」


「ど、ドーパミン?」


「そうです。今日はとても怒ったあとに何か良い事があったのでは?例えば、石田舞衣子とイチャイチャしていたとか」


「いや、なんとなくその流れで合ってはいるんだけど、なんでわかったんです?」


「その義手からGPS情報と一緒にマツダさんの生体情報を取得できるようになっています」


「はぁ!?それはプライバシーを侵害し過ぎでしょう!」


「軍に協力してもらえると思っていたので他の隊員同様遠隔で管理できるように準備をしていました」


一条のとんでもない発言に混乱し、グラスに入ったジンを一気に飲み干す。


「随分勝手な事してくれるじゃないですか。今は軍人でも協力もしていないんだから勝手に管理するのはやめてほしいですね」


強めに釘をさすつもりだったが、予想以上に効果があったようで一条がうつむいたまま黙った。


そして黙ったままグラスを傾け、すぐにグラスを置く。


「マツダさん、私は、私たちは5年間キラーと戦ってきました」


顔を上げたと思えばまっすぐこちらの目を見つめて神妙な面持ちで、ゆっくりと話し始めた。


目に一杯の涙を溜め、唇を震わせながら。


「戦ってきたと言えば嘘になります。先日まで交戦すらしたことがなかったのですから。被害が出るたびに被害者の報告と自軍の被害状況を報告しなければならないんです。被害者が沢山いるのにキラー討伐軍の被害すらないと、メディアでもネットでも叩かれ続けていました。5年間、ほとんど毎日ですよ?」


溢れてきた涙を白衣の袖で擦りこちらへ向き直した。


「そして先日マツダさんがキラーを討伐してくれました。5年間私達が待ち望んでいたことを成し遂げてくれたんです。キラー討伐の報告を受けた時は基地内全員で号泣でしたよ」


当時の風景を思い出しているのか再び目に一杯の涙を溜めながら微笑んでいる。


「この人なら私達のヒーローになってくれるんじゃないかと、私達をこの苦しみから解放してくれるんじゃないかって。期待して頑張って最高の義手を作って、、、」


「でも俺、、、」


「ええ、振られちゃいましたけどね。そして今日は国内同時4体です。1体倒された事の報復のようなものであれば今後も国内の被害は加速していくと思います。また被害を報告するだけの辛い日々が続くんだと思うと心折れそうです」


そして一度グラスを持って立ち上がり、残りのジンを流し込んで隣に座り、俺の手を握った。


「マツダさん、お願いです、キラー討伐に協力してください。軍人にならなくていいんです。キラーが現れた時にやつけるヒーローのようなポジションでいいんです。命懸けでキラーに向かって行ったんでしょう?殆ど死ぬ気でだったんでしょう?今日みたいに石田舞衣子みたいなのに騙されて!傷ついて!人生投げ出したくなる前に私を、私達を、人類を助けてください!」


真剣な眼差しで小柄な一条に見つめられ、泣きながら懇願されたのでうまく断る理由が見つからなかった。


それにこんなにも誰かに必要とされた事が今までにあっただろうか?


人同士の騙しあいに巻き込まれてまた傷つくのは俺の性格上必然とも言っていい。


「どうせ死ぬ気で戦って一条さんに腕まで直して貰えたんだ、なんとかやってみるよ」


一条に強く握られた手を両手で握り返すと、一条は大声を上げて泣いた。


小さい子供が泣いているようで見ていられなく優しく抱き寄せ、頭を撫でてやると、俺の目にも涙が溢れてきた。



 どれくらいそうしていただろうか。


一条は俺の腰に腕を回し未だすすり泣いている。


5年間もの間キラーと戦ってきた事が余程大変だったのだろう。


一条のすすり泣きと冷蔵庫の音が静寂に響く。


「マツダさん」


俺に抱き着いた格好のまま大声で泣き枯らした声で一条が呼ぶ。


「なんです?」


俺も優しく答える。


「もう一つお願いがあります」


「入隊はしませんよ?」


泣き止んだ子を笑わせようとするかのように茶化した。


「入隊は結構です。私とお付き合いをして欲しいです」


「え!?」


急な申し出に驚いて妙な声が出た。


今までそんな素振りも無かったし、医者と患者、科学者とモルモットのような関係だとばかり思っていた。


一条は一度俺から離れて先程同様手を握りながら目を見つめてくる。


「私達は、似た者同士だって前に言いましたよね。周囲の人間から感じる敵意がわかるんですよ。私も、マツダさんも。だから私達は人を傷つける方法も知っている。知っているから傷つけない方法も知っている。優しい関係が作れるはずなんです」


「そうなのかもしれないけど、、、」


「私は今まで研究ばっかりで、この5年間はキラー討伐に追われて、恋、をしたことが無かったんです。生まれて初めてお付き合いがしたいな、って思ったんです。これも人助けの一つと思って、ね?」


先程のキラー討伐の援助依頼よろしく、気迫が込められていた。


「義手を作ってる間ずっと考えていたんです。なぜ路上生活までしてキラー討伐を狙っていたのか。どうしてそんな状況に追い込まれたのか。正義でも恨みでもなければ身投げなのか。色々考えた結果、私とマツダさんが似た者同士なんです。そして考え過ぎてマツダさんの事が頭から離れなくなりました。これはマツダさんの責任です。責任を取ってもらう必要があります」


またしても気迫たっぷりで意味の分からない論理だった。


「わかりました」


一条の気迫が可笑しく思い、同時に愛おしくも思えた。


「わかったって、何がわかりましたか?わかった結果、答えは?」


「わかったので、お付き合いしましょう」


なんとかこの小動物のような子供のような小さい子を安心させたくて精一杯の微笑みを送った。


一条は小さくありがとうと言い、また目に涙を浮かべて抱きついてきた。


それを俺は優しく抱きしめた。


日中仕事の為日曜お休みにします。

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