13、疑念
キラー発生で飛び出していった一条に置き去りにされ、俺は一人グラスやウイスキーボトルを片付けていた。
1体討伐をして賞金を手にして今は何不自由ない生活ができ関係のない話だった。
そのはずだった。
一晩飲み明かし腹を割って過去の辛い思い出を語り合った一条がキラー討伐に奔走している所を見ていると今どのような状況なのか気になって仕方なかった。
久しぶりに異性にと交友し気持ちが昂っているという事もあるだろう。
一通り片付けが終わるとテーブルを拭いてみたりテレビを見たりしながらソワソワし、携帯電話を見る。
特に深い付き合いというわけでもないくせにわざわざ携帯電話で今日のキラー発生の報告など来ない事もわかっている。
落ち着かなくテレビの内容も聞こえていても上の空だった。
手持ち無沙汰でジャグジーに湯を張り、風呂に入る事にした。
よく見る浴室外のパネルで操作するタイプではなく蛇口についているダイアルで吐出量を決めるタイプのようで使い方がわからなかったので程よい時間で止めれば良いと思いそこそこの吐出量を捻る。
リビングに戻ると携帯電話を手にする。
着信はない。
「はぁ、、、」
ため息を漏らしながら冷蔵庫に向かい、何か食べるものがないか見に行こうとしたが、扉を開ける前に中身が何だったかを思い出し、食器乾燥機から先ほど洗ったばかりのグラスを取り、炭酸水を注いだ。
ピピピピピピと、以前にも聞いた着信音が鳴った。
今度は驚かずに電話を手に取り、画面には「赤石」と出ている。
(少佐クラスの番号も入ってるのかこの携帯)
役職の高い人の番号を入れている一条のしたたかさを心の中で褒め称えながら電話に出た。
「もしもし」
「赤石ですが、マツダさんの携帯電話でよろしいでしょうか?」
とても丁寧な口調と、電話に慣れていないおじさん風の話し方だった。
電話の後ろから一条の声で「マツダさんの携帯で間違いありません。私が登録しました」と言っている声が聞こえてきて思わずニヤケてしまう。
「大変恐縮なのですが、迎えを出しますので基地までご足労願えないでしょうか。キラーについて一緒に考察していただきたいのです」
言い方はとても丁寧だったが口調はとても冷たかった。
「わかりました」
先程からキラーがどうなったのか気になっていた俺はすぐに了承した。
先程の電話で了承して間もなく迎えの車が着いた。
屋根もついていない軍用車両に一条が乗っている。
(この人運転できたんだ、、、)
低身長の一条が軍用の〈オープンカー〉を運転している姿が非日常的で可笑しかった。
「お待たせしました」
「全然待っていないですよ」
まるでデートの待ち合わせをしたカップルのようなやり取りを行い車に乗った。
以前よりも身体能力が高くなっていたお陰か映画のように扉を開けずに飛び乗る事ができた。
これも入院中に行ってもらった睡眠トレーニングとやらのおかげなのだろう。
基地に着くと車を建物の入り口前に乗り捨て、すぐに執務室へ向かった。
中に入ると赤石と科学者らしい男性、腕を負傷した男性の3人が待っていた。
「お待たせしました」
「いえ、特に待っていませんよ」
先程同様まるでデートの待ち合わせをしたカップルのようなやり取りになる。
おそらく待ち合わせをしたカップルのやり取りとは世間一般でも行われている事のようだ。
「早速ですがマツダさん」
赤石が話の切り口を作ってくる。
「キラーを倒した時、どうやって奴の動きを封じましたか?」
「どうって、適当に逃げて避けたら袋小路に追い込んだ形になっただけですけど」
赤石の質問の意図が全く分からなかった。
罠か何かを使ったとかそういった話を期待しているのなら残念ながらただのナイフ一本で戦ったと言うほかない。
それに、動きを封じたというよりは勝手にゆっくり迫ってきた感じだった。
「我々は奴とは初めての戦闘だったものでね、一級の特殊部隊が銃弾も効かない動きも捉えられない状態で壊滅しました。そんな相手にどのように戦ったのかぜひご教授頂けないかと」
「何もしてないですよ。最後は死ぬ気で適当にナイフを突き刺しに行ったんですから」
「では、何の抵抗もなく簡単にナイフを突き立てる事が出来たと?」
「そうです。動画でも出回っているんでしょう?それを見ればわかるんじゃないですか?」
尋問されているようで少し嫌な気分になり、声のトーンが自然と下がった。
「そう、我々もその動画を確認しています、人の流れに逆らって走ってくるあなたの姿が路地に入って行くあたりからあなたの腕が千切れるあたりまでしっかりと確認できます。ですがあなたは一度路地に後退しその後奴とポジションを入れ替えています。動きの速いキラーを簡単に避けられている事がわからないんです。その後も奴は殆ど動くことなくあなたに頭部を一突きされている」
「何が、言いたいんですか、、、?」
まくし立てられるように自分の行動を否定されているような気がして、怒りで声が震えた。
「本当に間違っていたら申し訳ありません。邪推ですが、マツダさん、あなたがキラーと組んでいた。その可能性も考えています」
もしかしたらこの場で殺されるのではないか、もしくは監禁か。
何年も路上生活をして辛酸を嘗める日々を過ごしてまで!賞金目当てでも少しは人のためになるだろうと思って命を懸けたのに!右腕を失ってまで!
疑われた衝撃に一気に怒りが沸き上がってきた。
「何を言っているんだあんたは!この腕を見ろ!命がけでやったんだぞ!動画の俺を見たか!あんな惨めな思いをしながら奴を狙っていたんだぞ!」
叫びながら歩み寄り、赤石の胸倉を機械の右腕で握りしめ、顔を近づける。
額と額が付きそうな程。
それからは怒りで息も荒くなり、言葉が出てこない。
「マツダさん、落ち着いてください。我々は可能性の一つ一つを潰したいと考えているだけです」
横に立っていた一条がいつもの声色で淡々となだめてくる。
「お前も俺を疑っているのか」
赤石を乱暴に放し、一条に向き直す。
怒りで息が上がっているせいか言葉を出すのが辛かった。
「はい。疑っています。科学者としては当然のことです」
それを聞いた瞬間心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
これが怒りが頂点に達するという事なのだろう。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭で次の言葉を考えることも出来ず、ありったけの声で叫ぶことしかできなかった。
勢いよく扉を押すと蝶番と共に扉が吹き飛びそのまま出口へと駈け出した。
強化された体はかなり軽くものすごいスピードで、どこまでも走れる気がした。
支給された住まいにも行く気になれず、一通りの少ない道を選んでとにかく走った。
(くそう!くそう!くそう!)
走りながらも怒りが込み上げてくる。
無我夢中で走り抜けた先には、路地裏があった。
3年間慣れ親しんだ我が家と言ってもいいだろう。
いつもの定位置に腰を下ろし深呼吸をする。
電車で7から8駅くらいの距離があっただろうか、強化された体のお陰で息は上がっているが体は疲れてはいなかった。
落ち着いてきた頃、ピピピピピピと携帯電話が鳴った。
どうせ軍からだろうと握りしめ大きく振り被ったが、叩き付ける事が出来ず電源を落として下穿きのポケットにねじ込んだ。
一度立ち上がってしまった為また座り込む気にもなれず、街をふらつく。
辿り着いたのは路上生活を始めてすぐの頃に一度だけ泊まったカプセルホテルだった。




