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ダークハンター~さよなら、おじさん~

作者: ごしいちご

 ある日、お父さんがおじさんを拾ってきた。

 そのおじさんはどう見ても不審者だった。

 ぼさぼさの髪ともじゃもじゃのひげを伸ばして、まさに不潔そのものだった。

 あちこちの公園を転々としていて、もう1年近くお風呂に入っていないそうだ。酸っぱいにおいがする。

 簡単に言えばホームレスだ。

 何日も洗濯していないことが丸わかりの、汚れた上下のジャージ――よく見ると、市内でも偏差値の恐ろしく高い高校の校章が入ったジャージを着ている。おじさんの出身校だろうか? もしかして頭は良いのか?

 腕には見ただけで高そうだと分かる銀色の腕時計。なんで浮浪者がこんな物を? 

 顔には大きなサングラス。真っ黒に塗られたレンズでおじさんの目を隠している。.

 所持品は大きな旅行バッグに、大きな楽器ケースらしきもの。

 ミュージシャンのなり損ないか?

 なんでお父さんは仕事帰りにこんな人を拾って家に連れてきたのか?


 「お久しぶりです。彩姉ちゃん」

 「半ちゃん……? もしかして半ちゃんなの……?」

 「はい。長いこと連絡できなくてすみません」

 「敬語はやめて……心配したのよ? 日本を出てから音信不通で、年賀状も来ないし。私たちの結婚式にも来なかったし」

 「ごめん……こっちも色々忙しくて。それよりも雄兄ちゃんと結婚したんだね。おめでとう」

 

 お父さんのことを『雄兄ちゃん』、お母さんのことを『彩姉ちゃん』と親し気に呼び、頭を下げるおじさん。

 お母さんが懐かしむようにおじさんの汚い手を握る。

 まさか……知り合いなのか……?

 

 「お父さん……この人誰? お父さんとお母さんの知り合いなの?」

 

 私は全ての元凶である、仕事帰りのお父さんに尋ねる。

 

 「この人は半ちゃん……黒田半治郎くん。お父さんとお母さんの年の離れた幼なじみだ」


 マジか。

 うちの真面目な両親にこんな怪しい格好の幼なじみがいたとは。

 そしてお父さんは驚くべき提案をしてきた。


 「半ちゃんをしばらくうちに置きたいんだけど、いいかな?」


 おいオヤジ、正気か?

 なんでこの怪しさ満点の不潔なおじさんを、我が家に一緒に住まわせるのか?

 私という、お年ごろの中学生の娘がいるんだぞ?

 小学生の弟の教育にも悪いだろ?

 お母さんも反対するはず――


 「何か事情があるのね? いいわ。半ちゃん、しばらく和室で寝泊まりしてちょうだい?」

  

 なに考えてんだオフクロ?

 幼馴染だか知らんが、このおじさんは現在進行形で不審者だ。


 「ごめん……ありがとう……」

 「気にするなよ、半ちゃん。俺たちの仲じゃないか」

 「ゆっくりしていってね、半ちゃん」

 「ありがとう……雄兄ちゃん、彩姉ちゃん。お世話になります!」


 おじさんは再び、両親に深々と頭を下げる。

 

 「そうだ、うちの娘と息子だ。お姉ちゃんの(ゆめ)と――」

 「弟の(のぞむ)です! よろしく、おじちゃん!」

 「望くんか、よろしく。僕は黒田半治郎です」

 

 望が元気よく自己紹介し、おじさんと握手する。この弟は両親同様、この不審者に対して警戒心がないらしい。

 おじさんは私の方を振り向く。私は思わず後ずさる。


 「夢ちゃん……だね? よろしく」

 「……よろしくお願いします」


 私は小さな声を絞り出した。

 うちの家族はなぜかこの怪しいおじさんに対して警戒心が薄すぎる。

 私が何とかしなければ……



 

 その日、おじさんは両親によって強制的にお風呂に入れられ、長いひげを剃らされた。

 何十日着ていたかわからないジャージと下着は洗濯機行きとなり、おじさんはお父さんの服を着せられた。

 ぼさぼさの長い髪はくしでとかされ、お母さんの手によって後ろできれいに束ねられた。

 サングラスも外させようとしたが、 


 「ごめん! これだけは勘弁して!」


 とおじさんに言われ、やむなく怪しい雰囲気を増大させている真っ黒なサングラスだけは外すことができなかった。

 それでもさっきよりはましになったか。


 「さあ、召し上がれ」

 「ありがとう、彩姉ちゃん。いただきます!」

 

 夕食はなぜかこの怪しいおじさんと一緒に食べることになった。

 おじさんは嬉しそうにお母さんの手料理を頬張っている。サングラスの隙間から涙が流れている。

 今までどんなまずい飯を食べていたのか。


 「半ちゃん、どうしてホームレスになったのか、そろそろ教えてくれないか?」

 「半ちゃん、現役でハーバード大に行ったんでしょ? それなのになんでホームレスなんかに?」


 ちょっと待て、このおじさんハーバード大出身かよ⁉

 

 「お姉ちゃん、ハーバード大って?」

 「……東大よりも難しいアメリカの大学」

 「おじちゃんってすごいね!」


 望は無邪気におじさんを称賛しているが、私には訳が分からない。

 ハーバード大学に現役で合格? ってことは超がいくつあっても追いつかないようなエリート様じゃないか! どこで何を間違ったらホームレスなんかに落ちぶれるんだ?



 「あー……それは……」


 おじさんは私と望の方を見る。サングラスで隠れているため表情は読めない。


 「……夢ちゃんと望くんが寝てからにしてくれないか? ちょっと子供には聞かせられないような話なんだ……」


 おじさんはそう言って、テレビのバラエティー番組に目を向ける。いつも通りのつまらない内容なのに、おじさんは大笑いしていた。どのくらいの期間アメリカにいたのかはわからないが、よほど懐かしいのだろうか?




 その日、私と望はいつもより早く寝かされた。

 お父さんとお母さん、そしておじさんの3人でお酒を飲んでじっくり語り明かすそうだ。

 大人ってズルい。




 家に来た次の日、おじさんはお母さんと買い物に出かけ、服を買ってきた。もちろんおじさんの服だ。おじさんは高校のジャージ1着と下着の上下1セットしかしか着るものを持っていなかったらしい。家に帰ると、おじさんは灰色のスウェットに、黒のジャケットとパンツという格好になっていた。地味だけど、不審者感はだいぶ減った気がする。パジャマとか、ほかにもいろいろ買ったらしい。

 しかし、このおじさんに我が家の家計から服代を出したのか……私たちにはいつも節約言っているのにうちの親は何を考えているのか――


 「でも、半ちゃんがいきなり分厚い札束を取り出した時にはびっくりしたわ。あれ、いくらくらいあったの?」

 「銀行の人の話だと、一束で100万円だそうです」


 はあ⁉

 このホームレスのおじさんが100万円を取り出しただと?

 一体どういうことだ?

 なぜ昨日までホームレスだった人間がそんな大金を持っている?

 ……いや、ちょっと待て、じゃあおじさんは自分のお金で服を買ったっていうこと?

 ……正確にはおかあさんに『買わされた』っていうことか?


 「おじちゃんお金持ちなんだ! すごーい!」

 「ははは、そうでもないよ」


 望は無邪気におじさんをすごいすごい言っているが、もうちょっと怪しめ!

 落ち着け、夢。落ち着くんだ……もしかしたらおじさんのお金じゃなくて借りた金かもしれないじゃないか……

 

 「おじちゃんいくらくらい貯金あるのー?」

 「んーっと……日本に帰ってくるときにいろいろ売り払ったから……4億ドルくらいかなあ……」


 望の悪意のない興味本位の質問に、おじさんはあっさりと答えた。

 いや……待て……冗談だろう……きっと冗談だろう……

 4億ドルって……今1ドル108円だから……日本円に換算すると432億円……

 そんな億万長者がホームレスなんかやってるわけないだろ!


 「……ははは、面白い冗談ですね」

 「それが冗談じゃないのよ、夢ちゃん。半ちゃんったら、旅行バックの中に札束をたくさん入れていて……もう、半ちゃん今いくら持っているの?」

 

 嘘でしょ……

 私の考えは実の母親の手によって木っ端みじんに粉砕された。

 おじさんは思い出すようにして計算する。


 「えーっと……日本に帰るとき1億ドルだけ換金して――」


 108億円。

 

 「帰ってきてすぐに慈善団体に2億円渡して――」


 106億円。


 「この街に戻ってくるのにバス代とタクシー代で1万5千円くらいかかって――」


 マイナス1万5千円。

 105億9998万5000円。


 「ゲンさんたちに1束ずつ渡したから……全部で12束渡して――」


 100万円×10束=1200万円。

 105億8798万円5000円。


 「この一年で札束が4つ消えたから――」


 マイナス400万円。

 105億8398万5000円。


 「あと105億円くらいかな?」

 「夢ちゃん、どうだった?」

 「推定所持金105億8398万5000円」


 私は電卓をはじいておじさんの所持金を割り出す。

 いや、これだけじゃ不十分だ。換金していない3億ドルがあるから――


 「……正確には329億8398万5000円」


 一生遊んで……いや、豪遊して暮らせるだけの金額だ。

 なんでこのおじさんはホームレスなんかしていたのだろう?


 「すごいやおじちゃん! ヒーロースナックがいっぱい買えるね!」

 「……っ! そ、そうだね……今度箱買いしようか?」


 あれ?

 望の発した『ヒーロースナック』という言葉に一瞬おじさんが動揺したような……

 ヒーロースナックというのは、日本を含む世界各地で活躍する、特殊能力を持った正義の超人『ヒーロー』のカードが一枚入ったスナック菓子だ。

 ヒーローは警察や軍が対応できないような事件・事故や、特殊能力を悪用する犯罪者の起こす事件の解決に投入される。彼らの活躍はテレビや新聞、ネットで大きく取り上げられ、有名人として扱われている。世界中に多くのファンがいるヒーローも少なくない。

 この『ヒーローカード』は小学生の男の子を中心に人気で、私が小学生の頃も男の子たちが教室でこっそりヒーローカードの交換をして楽しんでいた。

 小学生男子である望も例にもれず、このヒーローカードに現在夢中になっている。


 「それとホワイトファングのフィギュアも欲しいなあ」

 「……の、望くんはホワイトファングが好きなのかい?」

 

 ……今度は望の発した『ホワイトファング』という言葉に反応した。

 ホワイトファングとは、ニューヨークを中心に活躍していたヒーローの一人だ。2年前に引退したが、その圧倒的な強さと寡黙で謙虚な姿勢で老若男女問わず今でも根強い人気を誇っている。他のヒーローとは異なり、『犯人を殺さない』というポリシーを守り続けていたことも人気の理由の1つだった。

 全身を覆う鎧のようなヒーロースーツはホワイトファングの名を現すように真っ白。複数の特殊能力と武器を自在に操り、人命最優先で事件を解決する。他のヒーローとは違い素顔を晒さず、ヘルメットとゴーグル、マスクで顔を隠していたので、その正体は不明のままだ。

 また、現場に登場する際には『WHITE FANG』の黒文字が刻まれた白い鉄製のカードを投げて、犯人の銃や現場の地面に突き刺すという不思議なこだわりを持っていた。

 望が欲しがっているのは、彼が引退した今でもおもちゃ屋さんに並ぶ超人気商品、ホワイトファングの8分の1のフィギュアだ。全身各部が自由自在に動かせるらしい。さらにホワイトファングが登場時に投げつける鉄製のカード(本物)も付属するという。


 「そうだなあ……今度の土日におじちゃんと買いに行こうか?」

 「いいの⁉」

 「ダメよ、望ちゃん。ホワイトファングのフィギュアはお誕生日のプレゼントだったでしょ?」

 「はーい……」

 「半ちゃんもあんまり子供たちを甘やかさないで」

 「はーい……」


 ……おじさんは普通の調子を取り戻した。

 怪しい……

 『ヒーロー』『ホワイトファング』

 おじさんはこの二つの言葉に怯えている……


 

 

 「ねえ、夢……もしかしてそのおじさん、犯罪者じゃないの?」


 次の日、学校で私は親友の美香におじさんのことを相談した。

 美香の推理では、おじさんは犯罪者だということらしい。


 「理由を聞いてもいい?」

 「莫大なお金を持っているくせに、ホームレスなんて社会から身を隠すような生活をしている。つまり、その莫大なお金は強盗とかで手に入れたお金で、今は捜査の手が及ばないように隠れて生活しているってことよ!」

 「なるほど……」


 確かにそう考えれば説明がつく。汚れたお金を所持し続けるため、あえて人目が付かないようなひどい環境に身を堕としたのか。

 さすがハーバード大卒。腐っても考えることが違う。


 「ヒーローやホワイトファングって言葉に反応したのは……」

 「アメリカにいたんでしょ? ホワイトファングと戦って捕まったとかじゃない? それでトラウマになったとか?」

 「ありうる……」

 

 ってちょっと待って。ということは……


 「おじさんは特殊能力持ちの犯罪者?」

 「そうなるわね」


 美香は人ごとのように言うが、こっちはたまったもんじゃない!

 特殊能力者は非常に希少で、先天性・後天性を含めて100人に1人いるかいないか。そこそこ大きなうちの中学校にも2人しかいない。

 私も、弟も、両親も、特殊能力なんて持っていない。

 おじさんが何の能力を持っているかはわからない。つまり、対策を立てられない。

 もしおじさんがなんかの弾みで私たちに特殊能力を使ってきたら……!


 「……手の打ちようがないわね」

 「そんなあ……どうすればいいの?」

 「ヒーローに頼るしかないでしょ?」


 美香は簡単に言うが、この街を拠点にしているヒーローはいない。活動範囲にしているヒーローは何人かいるけど、みんなマイナー。すぐに駆け付けてくれるかどうか……


 「知らない? 『ダークハンター』彼の活動拠点はこの街だって噂よ?」

 「そうなの⁉」

 「まあ、あくまで噂だけど……」


 ダークハンターは1年前から登場したヒーローだ。

 顔はホワイトファングと同じくヘルメットとゴーグル、マスクで隠しており、その素顔は分からない。

 全身を黒のジャンパーと黒のグローブ、ブーツ、黒のマフラーで覆い、特殊拳銃と特殊警棒、そして複数の特殊能力を駆使して、事件を解決する。

 ホワイトファングを意識しているのか、登場する際には『DARK HAUNTER』の白文字が刻まれた黒いカードを犯人や地面に向かって投げつける。

 そして彼の最大の特徴は、唯一の『野良ヒーロー』であることだ。

 通常、ヒーローはその所属によって2つのタイプに分類される。 

 企業に雇われ、その企業のイメージを背負い、企業の慈善事業として活動する『民間ヒーロー』と警察や軍といった公的な機関の一員として活動する『公的ヒーロー』だ。

 数としては民間ヒーローの方が圧倒的に多く、メディアに露出することが多い有名なヒーローのほとんどが民間ヒーロー。一方で、数こそ少ないけれど、公的ヒーローは民間ヒーローよりもより広範囲で活動しており、助けを呼べばほぼ必ず来てくれる。

 ヒーローは企業か公的機関のどちらかに所属して、お金をもらうということが常識だった。

 その常識を打ち破ったのが、ダークハンターだった。

 ダークハンターは企業にも公的機関にも所属せず、ヒーローとして活動している。

 活動資金はどこから出ているのか、なぜどこにも所属していないのか、正体は誰なのか、全く分からないことだらけ。いつしかそんなダークハンターは野良ヒーローと呼ばれるようになった。

 ちなみにダークハンターの活動自体はお役所の許可を取っていないため、いくら正義のためであっても違法なのだという。そのため他のヒーローと追いかけっこをすることもあるらしい。


 「でも、活動範囲を分析すると、ちょうどこの街がダークハンターの活動拠点として推測されるそうよ?」

 「そうなんだ。でもダークハンターって登場するの遅いしなあ……」


 ダークハンターが現れるのは、最初に駆け付けた民間ヒーローや公的ヒーローがピンチになってからということがほとんどだ。できればおじさんが特殊能力を発動したらすぐに来てくれると嬉しいんだけど……


 「そうでもないらしいよ?ダークハンターは大声で助けを呼べば大体来てくれるらしいから」

 「そうなの⁉」

 「噂だけどね」


 噂でも十分だ。

 他に頼れるものがない。

 おじさんが不審な動きをしないかじっくり観察して、まずいと思ったら大きな声でダークハンターを呼ぼう。




 その後、1か月。

 私は注意深くおじさんの様子を観察した。

 おじさんは普段働きもせず、ずっと家にいるらしい。

 専業主婦であるお母さんの手伝いをしたり、望と遊んだり、宿題を見たりしている。

 夜はお父さんやお母さんとお酒を飲んでいる。

 一見するとただのニートだが、私はおかしなことに気づいた。

 ……この街の周辺で事件や事故が起きる直前、おじさんは外に出かけている。

 所持品の大きな楽器ケースのような物を持って。

 おじさんはこの楽器ケースのような物の中身について、決して話さない。

 望に教えてとせがまれた時にも、「おじちゃんの大事なものが入っているんだ」と言ってはぐらかした。

 きっと、何か悪だくみをしているに違いない。私はそう確信した。

 おじさんが出かけた日と、事件や事故が起きた日をノートに記録していく。

 ……ビンゴだ。

 確率にして100%。

 おじさんは外出する時、必ずあの大きな楽器ケースのような物を持っていく。

 おじさんが外出した日には、必ず事件や事故が起きている。

 おじさんは、外で悪事を働いている……!

 しかし……証拠がない。

 あの楽器ケースを開けるか?

 でも、もし爆発物とかが出てきたらどうしよう?

 楽器ケースを開けたことがおじさんにばれたら?

 ……たぶん私は殺される。おじさんの特殊能力で。

 結局、私は何もできずにいた……




 日曜日。そして望の誕生日。

 今日は家族で、近所の大型ショッピングモールで買い物だ。

 買い物のメインは、望のリクエストであるホワイトファングのフィギュアと、誕生日ケーキだ。あとは適当にウィンドウショッピングをすることになる。

 そしてなぜか……おじさんも一緒だ。


 「半ちゃん、そのケースはトランクに入れてくれ」

 「了解。悪いね、雄兄ちゃん」

 「いいさ。大事なものなんだろう?」

 「ああ……」


 お父さんとお母さんはなぜかおじさんがあの怪しい楽器ケースを持ち歩くのに寛容だった。一体何を考えているのか……

 お父さんの運転する車で、ショッピングモールに向かう。

 今のところおじさんに怪しい様子はない。いつも通り仲良さげに望と話をしている。

 

 「夢ちゃん、どうしたの? なんか最近変よ?」

 「別に……何でもない……」


 お母さん、私の心配より、おじさんが怪しい動きをしないか気にしていてほしい。

 車はショッピングモールの立体駐車場に入る。

 おじさんに怪しい動きはない。

 みんなが車を降りて、ショッピングモールの中に入ろうとする……

 今だ!


 「おじさん、その大きな荷物は持って行かなくていいんじゃないですか?」


 私はおじさんにそう提案した。

 おじさんが何を企んっでいるのかは知らないけど、あの大きな楽器ケースが何かしらの鍵になっているはず。

 つまり、この楽器ケースとおじさんを引き離してしまえば、おじさんは何もできない。

 事件の発生を防ぐことができる!

 我ながら完璧な作戦だ。


 「あー……でも……」

 「いいんじゃない、たまには?」

 「そうだよ。たまにはその荷物を持たずにゆっくりしたらいいよ」


 能天気なお母さんとお父さんの援護射撃が入る。

 これはいける。

 

 「……そうだね。たまにはいいか!」

 

 やった!

 私はおじさんから、怪しいケースを引き離すことに成功した。




 「お母さーん! おもちゃ屋さん!」

 「……はいはい。夢ちゃんはどうする?」

 「私は服とか見てる」

 「終わったら電話するわ」

 「はーい。いってらっしゃーい」 


 望と両親とおじさんは、おもちゃ屋さんに入っていった。

 おじさんが一緒だけど、あの楽器ケースがない以上、何も悪だくみはできまい。 

 私はすがすがしい気分で、ウィンドウショッピングを楽しむことができる!

 ……そう思っていたのは、この時までだった。

 エスカレーターで2階に降りたその時、事件が起きた。

 突然、ショッピングモール内に銃声が響く。


 「ひっ!」


 私は思わずしゃがみ込んだ。

 恐怖で……恐怖で体が動かない!

 周囲の状況の確認なんてとてもできない!

 こんなこと初めてだ。

 どうして? おじさんと楽器ケースは引き離した! 事件なんて起きないはず……


 「動くな! 動けば殺す!」

 「お前たちは人質だ! 我ら『ニュージェネレーション』のな!」


 涙でかすんだ視界越しに、銃を乱射した犯人たちを見る。

 銃を持った犯人たちは全部で10人……いや、もっといる。数えきれない。

 混乱する頭を整理する。

 ニュージェネレーションという名前は聞いたことがある。最近日本各地でテロ活動をしている過激な武装組織だ。特殊能力者たちが支配する世界を目指して、政治家の暗殺や危険な人体実験、そして今みたいな大規模な人質事件を起こしている。

 特殊能力者……!

 最悪の想像が頭をよぎる。

 あの大きな楽器ケースは、数ある道具の一つに過ぎない。

 本命の道具は別にあった……!

 そしてこの犯人たちの中に……おじさんがいる……

 おじさんは特殊能力者だ。ニュージェネレーションの構成員であるとみて間違いない。

 ああ、もうだめだ……

 私は絶望し、その場に崩れ落ちた。


 「おいテメエ! 誰が寝転がっていいと言った!」

 

 犯人の一人が私の頭に銃口を突きつける。

 ああ……私、ここで死んじゃうんだ。

 お母さん……お父さん……望……

 今までの出来事が、ものすごいスピードで頭の中を駆け巡る。


 「見せしめだ! 死ねえ!」


 バイバイ……




 ……あれ?

 私……生きてる……?

 目の前の状況を確認する。

 天国じゃない。ショッピングモールの中だ。

 私を撃とうとした犯人は、私の目の前で倒れていた。

 

 「何が起きたの……?」


 思わずつぶやくが、答えは返ってこない。

 その代わり、銃を持った犯人たちが、次々と倒れていく。犯人たちは見えない攻撃に対し、あてずっぽうのように銃を撃ちまくる。

 しかし見えない攻撃はやまない。


 「ダメだ! どこから攻撃してやがる!」

 「くそっ! 撤退だ!」


 見えない攻撃に恐れをなして、犯人たちは逃げ出した。

 私は……助かった……?

 

 「夢ちゃん!」 

 

 望と両親と一緒だったはずのおじさんが、エスカレーターを走り下りてくる。

 その手に握られているのは、カード型の拳銃。


 「おじさんが……やったんですか?」

 「あー……この電気麻酔銃のことは黙っていてくれないかな? 無許可で日本に持ち込んだものなんだ……」

 

 おじさんはバツが悪そうにカード型の拳銃を折りたたんでポケットにしまう。

 おじさんはニュージェネレーションじゃなかった。

 でも、おじさんは特殊能力者だった。

 きっと姿や気配を消す能力だろう。

 姿や気配を消して移動しながら、犯人たちを撃ったんだ。


 「……こ、殺したんですか?」

 「いや、電気麻酔銃だから死んでないよ。それよりも、夢ちゃん、立てる?」

 「はい……」

 

 私は立ち上がろうとする。が、足に力が入らない。

 恐怖でぶるぶる震えている。立てない。

 遠くで爆音が轟く。建物が大きく揺れる。

 外だ。外で爆発が起こっている。


 「みなさん! 従業員の誘導に従って避難してください!」

 「外はテロリストたちによって囲まれています! 絶対に外に出ないでください!」

 「立体駐車場へ避難してください!」


 爆音に負けじと、ショッピングモールの店員の声が響く。

 建物が大きく揺れる中、ショッピングモールの買い物客たちが一斉に移動を始める。


 「夢ちゃん、立ち上がるよ……よいっしょ!」

 

 おじさんは動けない私の肩を持って立ち上がると、店員の指示に従って、立体駐車場まで私を連れていってくれた。

 おじさんは、良い人だった。

 ……ごめんなさい。

 ……疑ってごめんなさい。

 ……犯罪者みたいに思って、ごめんなさい。

 謝罪の言葉が口にできない。

 まだ恐怖で体が震えている。


 「ごめん、夢ちゃん……夢ちゃんたちを、巻き込んでしまった……」


 え?

 おじさんは何を言っているんだろう?

 この事件はおじさんのせいじゃない。むしろおじさんがいたからこそ、私は……私だけじゃない、ショッピングモールのお客さんみんなが助かったのに……


 「やっぱり僕は……」

 「夢ちゃん!」


 お母さんの声が響く。

 お父さんとお母さんと望だ。よかった、みんな無事らしい。

 

 「夢ちゃん……よかった……無事で……」


 お母さんが私を抱きしめる。私もお母さんの体にしがみつくように抱き着く。おじさんがそっと私から離れた。

 

 「ありがとう、半ちゃん。夢ちゃんを助けてくれて……これ、必要だろう?」


 お父さんが、あの大きな楽器ケースのような物をおじさんに手渡す。

 おじさんは何も言わずにそれを受け取った。

 サングラスで、おじさんの表情は読めない。


 「ありがとう……行ってくる」


 おじさんはそう言うと、ケースを抱えたまま、独りショッピングモールの中に戻っていった。




 男子トイレの個室に入った黒田半治郎は、特注の大きなギターケースを開けた。

 中身はギターではない。

 ニューヨークを去るときに、数少ない信頼できる知り合いから、餞別としてもらったものだ。

 半治郎は彩香に選んでもらった黒のジャケットを脱ぎ、ギターケースの中の上下の黒いコンバットジャンパーを着こむ。

 靴を脱ぎ、ジェットブーツをはく。

 腕時計を外し、シールドグローブをはめる。

 装備ベルトを腰に巻き、エナジーマグナムとエナジーロッド、カードケースを装着する。

 首にマフラーを巻く。

 サングラスを外し、ヘルメットをかぶる。ゴーグルとマスクで顔を隠す。

 これで準備完了だ。

 全身黒ずくめの半治郎。

 その姿は――




 事件はすぐに解決した。

 私たちが立体駐車場に避難してすぐ、野良ヒーローであるダークハンターが現れたのだ。

 ニュージェネレーションは自衛隊から盗み出した10輌の戦車をワープ能力で出現させ、ショッピングモールの建物ごと私たちを人質にした。

 要求は身代金1000兆円。

 今回は珍しく、ダークハンターが一番乗りだった。

 カードを戦車の装甲に突き刺し、ニュージェネレーションの前に登場すると、銃やバズーカで武装した200人のテロリストたちを次々と殴り、撃ち、叩いて昏倒させていった。

 この事件の犯人の中で、実際に特殊能力を持った者は3名しかおらず、残りのメンバーは洗脳された一般人だった。

 ダークハンターは誰も殺すことなく鎮圧すると、他のヒーローが来る前に、いつものように空のかなたへ飛び去って行った。

 事件が解決すると、私たちはバスに乗せられて病院に運ばれ、検査と警察の取り調べを受けた。

 結局その日はほぼ丸一日、病院で過ごすことになった。

 ……おじさんは、姿を見せなかった。

 

 「きっと先に帰っているさ」


 お父さんはそう言っていたが、私は何か嫌な予感がした。

 夜になり、ようやく解放された私たちは、へとへとに疲れた状態で家に帰りついた。

 結局、望の誕生日プレゼントも誕生日ケーキも買えなかった。望にとっては散々な誕生日になってしまった。


 「ただいまー」

 「おじちゃーん! 帰ったよー!」


 望がおじさんを呼ぶが、返事がない。


 「半ちゃーん?」

 「半ちゃーん? いないのー?」


 お父さんとお母さんも呼びかけるが、返事がない。

 寝ているのだろうか?

 私たちはおじさんの部屋に入った。

 そこに、おじさんはいなかった。

 おじさんの旅行バッグと、大きな楽器ケースのような物もない。

 代わりに、ホワイトファングのフィギュアが置かれていた。

 そして布団が丁寧にたたまれ、その上に一枚の紙と札束が一つ置かれていた。


 『お世話になりました。みんなを巻き込めません。さようなら。 黒田半治郎』

 『追伸 冷蔵庫にケーキが入っています。お誕生日おめでとう、望くん』


 おじさんは、いなくなってしまった。

 ごめんなさいを言うことも、さよならを言うこともできなかった。

 どうして……?

 巻き込めない……

 私にも同じことを言った。

 おじさんが事件を引き起こしたんじゃなくて、事件がある所におじさんが行っていたとしたら……

 ちょっと待って……

 いや……まさか……!

 それじゃあ、おじさんの正体は……!

 あの大きな楽器ケースの中身は……!

 馬鹿だ……私はなんて馬鹿なんだろう……!


 「半ちゃん……どうして……」

 「半ちゃんのせいじゃない……正しいことをしただけなのに……」


 悲しげにつぶやく両親は、きっとおじさんの正体を知っている。

 この家に来た時……両親とお酒を飲みながら、おじさんは自分がアメリカで何をしていたのかを話したのだろう。

 どうして日本に帰ってきたのかも、どうしてホームレスになったのかも。

 想像でしかないけど、きっと何か辛いことがあったに違いない。


 「おじちゃん……どっか行っちゃったの……?」


 望が寂しそうに両親に聞く。両親は悲しそうな表情でうなずいた。

 私は両親に尋ねた。


 「ねえ……お父さん、お母さん、もしかして、おじさんは……」

 「……わかった。正直に話そう……半ちゃんのケーキを食べながら」


 お父さんとお母さんは、おじさんの正体について話し始めた。

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