<プロローグ>
夜の闇を照らす大きな炎、燃えているのは私たちの村だ。そこでは小綺麗な格好をした人間たちが残虐の限りを尽くしていた。家々に火を放ち、そこから逃げ出す獣人や子供を抱いて逃げ出す獣人たちを矢で射る。獣人たちも戦うが、多勢に無勢、仲間を守りながら戦うのは簡単ではない。村一番の獣人も仲間たちを庇って傷を増やしていく。
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あの日のことは十年たった今でも昨日のように覚えている。結局生き残ったのは私と私を抱いて逃げた母親の二人だけだった。そしてあれから二人で身を隠すように暮らし、病によって死の淵を彷徨うことになった母親から私は驚愕の事実を知らされた。あの事件は騎士団の蛮行であったというのだ。
当時国境際に出没する盗賊に悩まされていた王国は少数の騎士を派遣した。しかし、そこは盗賊たちの縄張りであり、なかなか尻尾を出さない。任務に失敗し、業を煮やしていた騎士たちは偶然近くにあり通りかかった私たちの村を理由もなく襲ったのだという。今思えば私はこの時に自らの運命を決めたといってもいい。
母親の死後、私は王国の裏社会に入り込んでスリに盗み、時には殺しをやって生計を立ててきた。母親は私がこんな生き方をするのは望んでいなかっただろうが、そもそも私のような獣人が群れから離れて一人でやっていけるわけもない。同じ種族の獣人でもほかの群れから来た相手を受け入れることはないのだ。私のように仲間の死んだ獣人はどちらにしろ一人で生きながらえていくしかない。
しかし、私にとってこうして生きていくというのは目的を達成するための一つの過程にすぎない。私の本当の目的は復讐だ。あの日私の父親を殺し、仲間を殺し、私から村を奪った奴らへの復讐こそが私の目的だ。そもそもこの稼業に身を投じたのだって奴らの情報を得るためである。 だが、奴らを探すのは思っていたよりも簡単だった。街や騎士団などわからない村で暮らし、母親と二人身を隠しながら生きてきた私でも奴らにたどり着けるほど奴らに関する情報があふれていたのだ。
数年にわたり戦争のない状態が続いた王国では盗賊の討伐という功績であっても大きな手柄であり、それ以降同じようなこともなかった。そんなこともあり十年以上たった今でもその功績は酒場で歌われ、子供たちにも物語として語られるなどして語り継がれてきていたのだ。
どうやらあの日の出来事は完全に捏造され、第一次討伐は痛み分け、第二次討伐で盗賊たちを討ち取ったということになっているようだ。強い敵との戦い討ち取ることはできなかったものの再戦を挑んで討ち取ることができたというのは一種の英雄物語の側面を持っているということなのだろう。
しかしそんなウソにまみれた英雄たちも残るは二人だけだ。昨日の夜、私は残る三人のうちの一人を殺した。男は王国の下級貴族となっていたがやることは最初から決まっていた。私は背後から男に近づき、首に手を回すと同時に深々と男の背中に短剣を突き刺したのだ。
「おい、聞いたか昨日の夜―――」
「男爵が殺されたっていう事件だろ―――」
「下級貴族とはいえ、十数年前の英雄だったからな。騎士団の連中も敵を取ろうとピリピリして―――」
しかし下級とはいえ貴族を殺した影響は大きかった。どういうルートで情報が流れているのか、昨日のことは瞬く間に王都に住む人々に噂されることになってしまった。また、厄介なことに住民たちが言っているように騎士団もやけにピリピリしている。パーティーを組まず一人だけの冒険者というのは少なく、巡回をしている騎士から目をつけられるなどしてしまいかねない状況ははっきり言って好ましくない。
そんなこともあり獣人一人だけでは街では動きづらい状況だ。しかし、今からほかの冒険者に加わろうにも今からとなるとリスクが高すぎるし、冒険者には思っている以上に察しのいい奴がいるのだ。そうなると、ここで下手に行動をとるのは得策ではない。
現状をどう打破するべきか悩んでいると、私は目の前にちょうどよさそうなのを見つけた。