表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

成れの果ての恋人

作者: ねこうさぎ

私の恋人はバイだ。そして私はストレート。

けれど、私とあの子は恋人同士だった。

出会いは高校の教室、二年生で初めて同じクラスになったその子は、明るく活発で、よく笑い、起こる子だった。その振り幅も大きく、笑っているときは大きな声で、涙が出るほど笑って、その笑いが引かず授業中も泣いては先生に怒られる。怒っているときは地団駄を踏みながら怒り喚く。誰にでも好かれる子ではなかったけれど、好きになった相手にはよく懐き、可愛がられる子だった。そんな子でも、涙するときだけは静かになる。それも、私の前でしか泣けない不器用な子だ。しくしくと、という表現がしっくりくるほど静かに、時々漏らす嗚咽さえ小さくただボロボロと涙を落とした。だからきっと、私以外はこの子のことを反省しない子だとか、行いを顧みない子だとか、強がりな子だと思うだろう。誰にどう怒られても何をされてもぐっと唇を噛んで堪えるのだから。

『泣けばいいのに』

いつか、彼女に言ったことがある。泣けば、相手は満足をする。泣いたら許してやろうと思う。理不尽な怒りをぶつけてくる大人や周りの人間は、所詮そんな考えがあることを私はよく知っていた。いや知っている子供は多いだろう。ただ彼女はそれを知らないだけ。

『泣けないの』

そう言ってボロボロ涙を落とす。じゃあなんで私の前では泣くんだとか、そんな気持ちでため息をついた。呆れてしまう、この子は私のことが好きなのだ。

とてもとても、好きなのだ。



秋の空は高く、青く澄み渡るようだった。あの子が嬉しそうに作ったアクセサリーによく似てる。空を閉じ込めたのだと言っていた。魔導作家による作品に触発されて、似たようなものが作りたかったのだという。けれど彼女の魔力は大したことがない。私と同じ、ほんの少しだけ。だからあの子が作ったあのアクセサリーは魔力なんて一欠片も入っていない。ただ樹脂を着色して固めただけだ。

「次はどこに行くの?」

隣に立つあの子がぼんやりとした顔で問いかけてくる。昔みたいに、活発に笑うことも、怒り地団駄を踏むこともなくなったあの子の成れの果て。今のこの子には悲しみ以外の感情は備わっていないが、他の感情がなければ、その悲しみの感情さえも上手く使うことはできないようだ。そんなこと、他の誰も知らないだろう。私だって別に知りたくはなかった。

「あなたはあの図書館に行った後、あっちに行かなかった?」

色のない記憶をたどる。それは数年も前の話だった。私とあの子は、今年でもう28になる。高校を卒業して、あの子はアクセサリー作家として店を出し、私はブラック企業に入った。それがもう10年前。あの子の店はそこそこ栄えて、私は歳を追うごとに病んだ。もうやってられないと、仕事を辞めるとあの子の店で誓ったのが20の時。2年働いて限界だった。あの子は嬉しそうに笑って、それなら一緒に店をしようと誘ってくれた。心配をたくさんかけたんだろう。あの子は変わらず私が大好きだ。

退職届を出して、引き止められて、結局退職は認められなかった。揉めに揉めて帰りが遅くなったあの日、あの子は私を心配して会社の近くまで来ていた。出てきた私を見かけて、カフェの中から嬉しそうに手を振るあの子は高校時代と変わらず喜色をめいいっぱいに乗せた笑顔だった。手を振り返して、一歩を踏み出したところで、居眠りをしていた車に跳ねられたのは私。あの子の目の前で、引かれてしまった。私は痛みも忘れてあの子の顔を見ていた。喜色が散って、真っ青になって、口を押さえて何かを叫ぶあの子を。多分、私の名前を呼んだ。何って、答えてあげないと。平気だと、答えてあげないと。それが私の最後の意識。一度途絶えた、恐らく死んだはずの私。

けれど私の心臓は今、動いている。

「行ったよ。あっちに行った。あそこには魔導作家が住んでいるの。綺麗な魔導瓶を売っているんだよ」

この子は頷いてそう答える。私の旅は順調だ。この子はあの子の行動を全て覚えているから。そしてそれを惜しみなく私に伝えてくれる。この子はあの子で、あの子が最後に私に残した贈り物だから。感情を持たないこの子に、私のことを好きだという気持ちはもうないのかもしれないが。

「魔導瓶を買ったんだったっけ…」

「買わないよ。私は自分で作れるから」

「魔力もないくせに」

「………」

この子は、肝心なところは答えない。沈黙したときは、発言にロックがかかったときだ。つまり、あの子が私に言いたくない内容の時。

歩き出す。兎にも角にも、あの子の歩いた後を追うのだ。そしてあの子と同じ場所にたどり着く。そうすれば、あの子に押し付けられたものを全てこの子に押し付けて返してやれる。その邪魔をするのはあの子だけだ。

私たちの住む世界には魔法がある。けれど科学もある。科学が発展した後で魔法が見つかったから、正直魔法の比重は高くない。できることだって高が知れている。魔導作家とは、魔法を素材に美しいアクセサリーや小物を作る人たちのことだ。魔法はそんな用途に利用されるくらい、精々が《嗜好品》という程度の存在だ。

それは間違いない。そして魔法と聞いて目を輝かせたあの子が私と一緒に魔力検査に行ったこと、そこで私とあの子は同程度のほんのかすかな魔力しかないことがわかったこと、それらも決して間違いではない。けれど、彼女は成し遂げた。恐らく彼女だけが成し遂げた。死者の蘇生と、感情の譲渡を。

「…全く、勝手なことをしてくれるわ」

何度目かわからないため息をつく。隣であの子が首を傾げた。とぼけたふりをしているのだ。理由はこの子だって知っているのに。

あの子は、私のことが大好きだ。

だから、受け入れられるはずがなかった。目の前で当然奪われた私の命を、諦められるはずがなかった。

気付いた時にはあの子は目の前にいて、ごめんねなんて言っていた。相変わらずボロボロと泣いていたけれど、その時の私には感情がないから、昔みたいに涙を掬ってあげなかった。あの子はそれにも泣き出して、ごめんね、ごめんねと繰り返した。

目覚めた頃の私の体は、科学の方で癒したのかたくさんの包帯や薬品に塗れて結構な重症人という程を見せていた。それでも初めはただ一命を取り留めたのだと思っていた。しかし、そうではないと…あの子が関与しているのだと気付いた。それは、看護師たちの会話からだ。

『あの患者さん、確かに心肺停止でやって来たのにね』

『霊安所から突然物音がしたときはびっくりしたわ』

霊安所?つまり私は、一度は確実に死んだと医師の診断を受けたのだ。それならなぜ私は今生きて治療を受けている?それは今の私が、当時の私の記憶を振り返り持った疑問だ。だからあの子には聞けなかった。あの子は自慢だった綺麗な長い髪をバッサリ切っていたから、それを触媒にしたのだろうと想像はつく。しかし、具体的な方法は予想もつかない。死者の蘇生の魔法がないことはどこの図書館の本にだって乗っているし、それは国で禁止されていることだとも、どんな小さな子でも知っている。それでもあの子は成し遂げた。執念ゆえかもしれない。その方法については私はきっとたどり着けないだろう。この子の記憶を頼りにしても、恐らく。その辺りにもあの子はロックをかけているだろうから。

「ごめん下さい」

綺麗な魔法瓶の下げられたアンティーク調の扉をくぐると、中から黒い三角帽子を被った店主がやって来た。格好と魔法に確か関わりはなかったはずだから、この店主の趣味でそれっぽい格好をしているんだろう。そういう店は多いのだとあの子がいつかいっていた。あの子もこういう店をしたがって、けれど魔力がないのだと嘆いていたのをふと思い出す。

「いらっしゃいませ!」

「ごめんなさい、客じゃないんです」

「?」

店主は私の言葉に目を瞬かせた。そして次にこの子に目をやる。あの子なら嬉しそうに店内の雑貨を見て回って、私へ『見てこれ!かわいい!』なんて言ってはしゃいだだろうが、今のこの子はぼんやりと私と店主のやりとりを見るばかりだ。

「えっと、どう言ったご用件で?」

「この子、見覚えないですか?」

背を押すと素直に私の前へ一歩二歩とやってくる、その子をじっと見て目を逸らさないところを見ると、覚えはあるんだろう。案の定、店主はコクリと頷いた。

「もう随分前になるけれど、印象的だったから覚えています。確か、『感情を瓶に詰めて、それを飲んだら感情を持てますか?』なんて聞いて来たかしら」

感情。それはあの子がこだわり、私が今探し求めているものだ。手掛かりが得られそうな気配に安堵と喜びからそっと息を吐き、1つ頷く。

「あなたはなんて答えたんです?」

「ええっと、無理よって言いました。だって出来ないもの。ここにある魔法瓶は、全て私の魔力を詰めています。けれどね、これを飲んだって魔力は増えないのよ。だってこれは」

『色付きの魔力をキラキラと光らせる魔法であって、ポーションではないもの』

記憶にある通りの彼女の言葉に、私は記憶にあるあの子のような様相でため息をついてしまった。そう言えば、あの時のあの子もひどく残念がっていた。あの頃の私はそれを何も言わずに見ていたけれど、きっと今の私とそう変わらない気持ちだったのだろう。

「懐かしいわね。けれど、あの頃とは随分様子が違うみたい。そう言えばあなたも違いますね。あの頃とはなんだか…立場が入れ替わったみたい?」

ぼんやりと立つあの子を店主はよしよしと撫でている。以前の印象からか子供のように思っているのかも知れない。あの子は言動から子供のように見られることが多かった。

「あの子は旅の目的を話しませんでしたか?」

「聞きました、えっと、あなたに感情を持たせたい、だったかしら?あら、成功したの?」

店主の言葉にええまあと答えると、まあすごいと店主は両手を合わせた。

「魔法にそんなことができるなんて、きっと世界初ね。発表はしないの?」

それよりも、人間の蘇生の方がすごい気もするが、恐らく発表することはないだろう。私は知らないので、と首を振ると勿体無いわねと店主は苦笑をした。

「もしかして、あなたは方法を聞きに来てくれた?ならごめんなさい、知らないの」

ここで方法を知れないことは知っている。しかしなんらかの着想は得たのではと思っていたが、無駄足だったか。

「いいえ、勝手に押しかけた身ですから。こちらこそすみません。路銀も少なくて、買っていけないのです」

「それはいいのよ。気にしないで。あっ、でもそうだ。ならお礼の代わりに私も聞いてもいいかしら」

店主は悪戯をする前のように嬉しそうにほころび尋ねてくる。そんなことで良ければと頷くと、やったぁと若く喜んだ。

「どうしてその方法を知りたいの?この子はあなたのためにあなたに感情を与えたのに」

「それは」

わかっている。私のエゴだ。

この店主も気づいているんだろう。私に感情があるのは、あの子から感情を『譲られた』からだ。あの子は私のことが大好きだから、自分の感情さえも犠牲にしてでも私に会いたかったのだ。ただ無表情で無口にそばに立つ私じゃなく、呆れてため息をつく私に。だからあの子はこの子にロックをかけている。私が万が一にもあの子と同じ方法であの子に感情を返してしまわないように。その方法については、語れないようにと。

「…あの子と同じ感情を持っているからかも知れません」

今私が嬉しいこと、腹がたつこと、悲しいことはあの子の感情を元にできている。感情の起伏の激しい子だとは思っていたけれど、ほんの些細な出来事、例えば街で子供が放って置かれているのを見た、店員に偉そうな客を見た、そんなことで暴れたくなるほど腹が立つし、子供が笑って過ごしていることや、お祝いされている人を見ると一緒に笑いたくなるほど嬉しくなる、なんてこと想像もしていなかった。だから、私があの子に感情を返そうと思うのも自然なことなのだ。ぼんやりとただ側に立つあの子は、私が好きなあの子じゃないから。

「あの子は私に悲しみだけは譲ってないんです。それは多分、あの子がとても悲しかったから。けど、ずるくないですか?勝手に私に感情を押し付けて、悲しむ権利もくれないなんて」

あの子が、私らしい私と生きられなくてたくさん泣いたように、私だって、あの子らしいあの子と生きられなくてたくさん泣きたい。

あの子は私のことが大好きだ。

けれど、私だってあの子のことが大好きだ。

「だから探してるんです。同じ方法を見つけ出して、いつかきっとこの感情を半分こします。この子の感情は振り幅が大きいから、半分こするくらいがきっとちょうどいいんです。あの子は私に何でもくれるから、きっと惜しみなく全部渡しちゃったんです。バカな子だから」

頭を撫でると、嬉しそうに笑って、犬じゃないよなんて言って抱きついてきた。今のこの子は頭を撫でても不思議そうに見るばかり。寂しいのは、私だっておんなじだ。

「私がちゃんとしてあげなきゃダメなんです」

「そう…いつか見つかるといいですね」

店主の笑顔に礼を言って、この子と一緒に店を出る。さて、次はどこに行っただろうか。もう何年も前の話だ。あの子は私のために夢だった店を畳んで貯金を崩して6年間必死に方法を求めて旅をした。私も同じくらい努力をしてこの子に貰ったものを返してあげよう。

「おいで」

「うん」

手を伸ばしたらぎゅっと繋いでくる。でも、あの子ならきっと腕を組んでくる。いつかまた腕を組めたらいい。私と生きたい、あの子の夢を叶えてあげたい。

私はあの子の最愛だからね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ