不吉な集落
北風タイヨウの眼前に見下ろすように広がる開けた土地は見る限り人の住む集落と言えた。
視線の先月明かりの照らされているのは、確かに屋根といえるものだ。
家の作りは木材で基礎を作り土と藁で壁を築いた茅葺き屋根の家であり、楕円に広がる土地を囲むようにして建っていた。
そしてそれらの家々の外周には先を鋭利に尖らせた木を隙間なく並べることで、外敵から守る塀のようにしていた。
タイヨウが今いる位置はその集落の正面に位置し、傾斜の上にいるタイヨウを集落側から確認することは難しいように思えた。
タイヨウのいる傾斜の真下には下り坂の道ができており集落へと続いている。
その道は明らかに人口のものと思われる草を踏みしめられた跡がうかがえる。
集落を囲む木の塀その道の続く箇所にはなく、集落への入り口がぽっかり開いていた。
タイヨウが目を細めなんとか確認できた家の数は7棟であった。
一棟に最低2人は住んでいたと仮定しても、少なくとも10人以上は人がいる計算になる。
家の入口はどの家も集落の中心を向いているようだ。
ぐるりと集落を見回したタイヨウの目を引いたのは集落の中心に太い木の幹が四角く互い違いに組みしかれている光景であった。
それはまるでキャンプファイヤに使うセットを連想させた。
準備前なのか今は火がついていない。
「ようやく…ようやく休める。誰かに会える……助かったのかな。俺?…助かったのかな!!」
人がいる会えるという喜びが太陽の胸に広がり駆け出したい衝動にかられる。
過酷な下山をする内にすっかり反応しない心電図のようになっていた心は、希望を見出したことで再び微弱ながらも動き出しはじめていた。
ただその一方でどうにも安易に歩み出すことを拒む何かがその集落にはあるように感じられてならない。
それが一体何なのか分からない。
集落全体が静か過ぎることに原因があるのかもしれない。
陽はとうに没しているもののまだ数時間しか経っていない。
普通であれば家に明かりが灯っていてもおかしくない。
こんな山奥にある集落なのだから電気が通っていなくても可笑しくない。
しかしそれでも蝋燭くらいはありそうなものだ。
(もうみんな寝静まってしまったのだろうか?)
まるでどす黒いカーテンが集落全体を覆っているような静寂はタイヨウに期待よりも不安を次第に抱かせたはじめていた。
(どうしよう。やっと家を見つけたのに……)
(家の作りはどう考えても歴史の教科書でみるようなものだよな……)
(言葉は通じるのかな。それよりもなんか…気味が悪い。何がそう思わせるんだろう?)
(果たして友好的に出迎えてもらえるのかな?)
(いきなり襲われはしないだろうか?)
(いるのは…人間……だろうか?)
悩みはじめると嫌な想像ばかり膨らんできてしまう。
日本を出たことは疎か最近では自室の部屋からすら稀になってしまっていたタイヨウには、またしても状況を打破するアイデアが出てこない。
(あ~~考えるの面倒だ!何でこんな時にあれこれと悩まなくちゃいけないんだ!!俺は一刻も早く休みたいのに…もう腹を括って行くしかない!!!)
自身を鼓舞するように心の中で迷いを捨てると集落に正面から近づいて行くことにする。
ゆっくりと慎重に負傷した右足を庇いながら腰を屈めお尻で滑るように斜面を下りていく。
5分ほどで村へと続く道へと下り立つことができた。
杖を付き時間を掛けて集落の入り口へと歩いていく。
警戒しながら木の塀をくぐる時先程までタイヨウのいた崖上の藪の中から、猫と思われる動物の鳴き声が聞こえてきた。
この世界に来てから初めて聞いたその声にふとタイヨウは振り返ったが、聞こえてきた場所には何もいない。
一度きり聞こえたその猫の声はまるで引き留めるような声に聞こえた。
そうタイヨウには思えてならなかった。
2019/9/3 一部加筆修正いたしました。
2019/10/6 大幅に加筆いたしました。