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それでも歩を進める

タイヨウはこぼれ落ちる涙を腕で乱暴に拭うと、着ているTシャツを無理矢理破いて右足をきつく縛ることで、ようやく出血を抑えることができた。

興奮や怪我のせいで脈がドクンドクンと体の中から聞こえてくる。

そんなタイヨウの状態とは反対に山はとこまでも静謐で、ときおりサワサワと葉の擦れる音はまるで駄々をこねるこねる子供をあやすように優しげだ。


自分を見下ろす物言わぬ木々たちを不気味に感じる一方で、どこまでも無関心な虫の音や風の音が慰めてくれているようにも感じられ、タイヨウの心はどこか諦めにもにた落ち着きを取戻すことができた。


その場にペタリと腰を下ろしたまま夢やドッキリなどと安易な考えを捨て、ようやく自身の置かれてた状況をタイヨウは考えることにした。


自分が何も携帯していないこと

ここがどこだか分からないこと

気温や自生している植物が日本のものに近いこと

夢の可能性が薄いこと

元の世界に帰れるか分からないこと

夕闇が迫りどこかで夜を明かす必要があること

この世界に来てからどれくらい時間が経ったのか、今何時なのか

寝不足であり睡眠を取る必要があること

果たして人は存在するのか

人以外の化け物がいる可能性もあること

熊などの野生の生き物に襲われることも考えること

なるべく早く清潔な水で右足を洗浄し治療する必要があること

そして現状を打破するための情報や知恵が何もないこと。


(何も分からないけどパニックになるな……大丈夫……大丈夫。落ち着け…落ち着け……)


ジリジリとした焦りが胸を締め付け発狂してしまいたくなる衝動を深呼吸することで押さえつける。

これまで進み易い場所をかき分けて下山してきたとはいえ、これからはより慎重に行動する必要を心に刻む。


直近の目標は体を休めることができる場所の確保と、喉を潤し傷を洗浄できる水場の発見に決めた。

洞穴のような場所を見つけることを第一目標にした。


右足の負傷により一層激しく汗は吹き出し、ここまでの疲労と相まって喉の渇きをタイヨウは強烈に感じるようになっていた。

一步一步慎重に歩いてはいるもののズキズキと頭に響く痛みと熱を放ってくる右足のせいで、心が挫けそうになる。

現実世界では家に引きこもる生活が続いたせいで体力などろくになく、欲のままに不規則な生活を送っていたことで我慢の強いられるこの現状から逃れたい思考が頭を占める。


自分がいつまで立っていられるのか分からないことを、タイヨウが一番分かっていた。


「はぁ……はぁ…っく…っそ……痛い痛い痛い……休みたい…帰りたい…終わらせたい」


「くそ!どうしよう。何から…手を…付けたら…いいか…っく…全然分からない!!水が飲みたい!ゆっくりと寝たい!………俺以外に…人は…いないのかよ!!!」


体を休める場所を探すという目的を決めたことで興奮が冷めるた。

すると一転して心細さと不安がまたもや胸に込み上げてくる。


(もう横になって寝ちゃおうかな。別に俺がいなくなっても誰も悲しまないだろうし……。俺の人生ってなんだったんだろ……。ここに来たことに何か意味があるのかな)


ぼーっと足元前方に視線を彷徨わせうすっかり暗くなって見えない足元を探るように歩く。

一度乾いた頬の涙跡を再び雫が静かに伝う。

目元から頬に伝うその流れは外気に触れて冷たく感じる。

目元に熱がある分余計に涼やかに感じた。


手頃な長さの枝を右を負傷した時に探しそれを杖つきにして体重を掛けて歩く。

移動速度は格段に遅くなっていた。

視界は日没による暗さと空を覆う木々そして次々と流れる涙で朧気になっている。

20分ほど歩いただろうか。


(まるで闇の中をさ迷っているみたいだ……ここに来る前の俺の生活と結局は何も変わってない気がするな……)


見渡す限り地面を埋め尽くすように長く伸びた草と葉が生い茂っている。

どの木々の太い幹にも蔦がまとわり付いている。

下山を決め下りはじめた時から続く光景はこの先ずっと死ぬまで続くように感じられた。


(ひょっとした地獄ってこんなところなのかもな……何も与えられず誰とも接することができない。そんな地獄。……それってやだな…)


単調な風景と動作は疲れた体にいつしか眠気を引き起こしていた。

いくら足を止め気を引き締めたところで頭はまどろんでくる。


問題はそれだけではない。


日が沈んだことで気温はみるみる下がり、汗を含んだTシャツとズポンは今や冷たくなってきていた。

そしてTシャツの腹部のあたりを噛み切って足の止血にあてたこともあって、そこから直接体が冷えていっていた。

その上足の出血により体温も下がっており、いつの間にかカチカチと歯が鳴るようになっていた。


蚊やハエに対してあれほど鬱陶しく感じていたが今はどうでもよくなっていた。

時折頬に虫が止まるもののそれを払いのけるのも面倒に感じた。


はぁはぁと荒い息は自身の耳の多くを占めるようになっていた。

もしこのままの状態が後一時間も続いていたならば、タイヨウの精神は錯乱しおかしくなっていたかもしれない。

もはや機械的な動作で動かした木の杖で眼前の草をかき分けた時、急に視界が開けた。


(………?あれ……道がない?)


一泊置いてそのことに気付いたものの衰弱したタイヨウにはそれを喜ぶ気力さえ失われていた。

2019/9/3 一部加筆と修正をいたしました。

2019/10/6 大幅に加筆いたしました。 

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