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苦難

鬱蒼とした草木の生い茂る斜面を北風タイヨウは愚痴をこぼしながら進んでいく。

見渡す限りこの山には人の手入れがされた様子はなく、隙間なく草と木が密生している。

そんな中を少しでも楽そうな道を探しながら、掻き分けて下りていく。


歩き初めて10分程したところで頂上を目指すべきだったとタイヨウは遅ればせながらに気付いた。

しかし、


(どうせ悪い夢なんだからもうどうでもいいや)


という投げやりな気持ちが勝り下り続けることにしていた。


「こんな気持ちの悪い夢を見るやつなんて俺以外いねぇだろ~な。これは覚めたら自慢できるだろうな。・・・・まぁ、話すやつなんていないけどな」


自身の独り言でさらに気分を盛り下げつつ更に歩く。

あくまでも夢であるという事を口に出しておかなければ不安で押しつぶされそうな気がした。

本当はテレビのドッキリや夢などではなく現実であることを、頭の大部分が理解していた。

それには目を瞑り自分の理性に蓋をすることでさらに20分下山した。


タイヨウの予想とは裏腹に一向に登山道は発見できず、草木の密度をますます濃くなり歩き難くなる。

時々、蜘蛛の巣に顔や腕が触れその絡みつく気味の悪い感触に慌てて強く振り払って振りほどく。


その他にも蛾なのか蝶なのか判別のつかない毒毒しい模様の虫が目の前を際どい所で通り過ぎ、これまたタイヨウをゾッとさせた。

太く立派な木々が夕暮れ時の淡い光を遮り、視界を一層悪くする。

振り向いてもタイヨウが通ってきた道はもう分からなくなっていた。


家のトイレからいきなりこんな場所に放り込まれたため靴は履いていない。

素足は泥で汚れ足を滑らせる数も一度や二度ではなかった。

時折水を含み冷たい土を踏み”ずにゅり”という形容しがたい感触にブルっと体が震えることもあった。


そんな未知の経験を30分ほど続ける内にしだいに頭は冷静になってきていた。

タイヨウはようやく焦りを覚え始めていた。


「クソ!これは夢じゃないのかよ!それに異世界ものならもう人と出会ってる展開だろ!俺は世界を救う勇者じゃないのかよ!!」


天を仰いで声を張り上げる。

百歩譲って夢でなかったとしても過酷過ぎるとタイヨウの不満が爆発した。


自分の好きな異世界では主人公はこんな目には合わない。

少なくとも何らかの説明が登場人物からあるはずだ。

そうでなければ物語として成立しない。


冒頭で可愛い女の子との出会いがあって嬉し恥ずかしのエピソードで盛り上がるはずなのだ。

こんな寂しい状態が延々と続くはずがない。


背に張り付く汗が不快だ。

額からも汗が流れ落ちて目に入るのも痛いし邪魔だ。

その匂いに惹かれてか蚊や蝿が近くを飛び回るのも鬱陶しい。

風呂に入っていなかったせいで髪がベトベトして気持ち悪い。


家に閉じこもってばかりの生活を続けていたこともあり、山の斜面を下りる行為はすぐにタイヨウを疲弊させた。

こんな所に来ていなければ自室のベッドで寝ていたことを想像するとムカムカと怒りが込み上げてくる。

自堕落で歪な生活習慣による寝不足もイライラに拍車をかけていた。


歩くという単調な行動により意識が内へ内へと深く沈んでいく。

視界の悪い山を素足で歩くにはこの時のタイヨウの意識はあまりにも散漫過ぎた。


何気なく踏み出した右足は根本で折れ乾いて硬化した木の幹を思い切り踏み抜いた。


「ぐあっ!!~~~っ!!~~~~~~!!!っく!う~~~」


靴も履いていない状態で山を歩くには警戒心が無さ過ぎた。

頭を突き抜けるような痛みが走り涙が目尻から溢れ出す。

食いしばった歯の間からはヨダレが流れ出た。

痛みでガクガクと震えながら腰を屈め右足の裏の状態を確認しようとする。


(おびただ)しい血が小指側土踏まずのあたりから出ている。

暗くて傷の深さがどれぼどなのか検討もつかない。

痛みの激しさから今までに負ったどんな傷よりも酷いことが想像できるくらいだ。


屈み込み溢れ出る血を見たことでタイヨウは余計にパニックになった。

どっと汗が吹き出しはぁはぁと息が上がる。

両手にぬるりと広がる血に頭が真っ白になる。


「ここどこなんだよ!なんなんだよ!!なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!!!!」


「クソ!夢なら痛みで目を覚ませよ!!もういいだろうが!十分だろ!!悪ふざけなら満足しただろ!!」


「誰かなんとかしてくれよ!ドッキリだったらスタッフ出てこいよ!!!」


「………あいつら俺をついに山に捨てやがったのか!!許せねぇ!!!」


思いつくまま大声を出すものの山に吸い込まれ虚空へと消えていく。


「うぅ・・・・・・そうだ、ここが異世界なら魔法が使えるはずだよな。・・ヒール!!!ヒ―――ル!!!」


負傷した右足を両手で包みゲームで定番の癒やし魔法を唱える。

何も起きない。


「………。ヒールでダメならなんなら効くんだよ………俺にどうしろってんだよ……」


途方にくれ弱々しく呟くもそれに答えてくれる者は誰もいなかった。

2019/9/3 一部加筆修正いたしました。

2019/10/1 加筆いたしました。

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