山の中腹にて
「………は!?」
それが異世界に来た北風タイヨウの第一声だった。
しばらくの間現状に理解が追いつかず、ようやく絞り出すことのできた一言であった。
タイヨウの最後の記憶に間違いがなければ自分は確かにトイレにいたばずである。
それがどういう訳か今は山の中腹にいる。
どう考えても家から近くの山までは車で移動しなければならない距離にある。
そしてここに来るまでに車に乗った記憶はない。
どう考えてもここに来るまでの交通手段が思い付かない。
そしてこの場所に見覚えがない。
「なんで?」
なんで自分がこんな所にいるのか?という言葉を言い終えずに絶句してしまう。
タイヨウの周囲をぐるりと囲むように山々がそびえ立っている。
どの山も傾斜が険しく人の出入りを拒むかのような鋭利な先端をしている。
タイヨウの登ったことのある山は登山経験の乏しい人のためにケーブルカーが有料で利用できるようになっていた。
どうやらそういった施設は見当たらない。
それどころか観光で足を踏み入れる人が全くいないと思えるような、未開の地のであるような気がした。
それは木々の感覚に人工的な物がなく枝の手入れもされているようには見えないからだろう。
現在地が山の中腹であるというタイヨウの考えも、周囲の山々からうかがえる見晴らしの良い景色と、自分の足元に生える手入れのされていない植物が、開けた土地に自生していることから推測したものに過ぎない。
西の方角へと傾く日の光を青々とした葉が反射することで、当たり一面黄金色に輝く景色にタイヨウは目を少し細めて見ることとなった。
現在地からなだらかな斜面を見上げていくと、その先には山の頂上がうっすらと視認できる。
ひょっとしたら山頂と思える部分も山の一部でしかないのかもしれない。
いずれにしろタイヨウのいる位置からは随分と距離があるように思えた。
今から目指そうと思うと完全に夜になってしまうことだろう。
ヒュウと生ぬるい風が太陽の露出している肌を通過する。
幸いなことに標高の高い場所にいるにもかかわらずあまり寒くは感じなかった。
日本の四季で言えばどうやらここは現在夏のようである。
周囲に生い茂る草木には蜻蛉が無数に飛び回り、蝉の鳴き声が少し遠くにある木々から聞こえてくる。
そんな田舎を連想させる景色に
「ここは日本のどこかなのか?」
小さく一言呟く。
どこまでも広がる見晴らしのいい景色にその言葉は吸い込まれていく。
自宅と違いタイヨウの言葉に振り返る母も新聞から一瞥する父も悪態をつく妹もここにはいてくれない。
そのせいだろうか?
北風タイヨウが冷静に考えることができたのはここまでであった。
趣味で愛読んでいるライトノベルの主人公であればすぐに気持ちを切り、替え持ち前の行動力と幸運でこれから先の道も切り開いていけることだろう。
しかし夢にしてはリアルで現実にしては突拍子もない展開に、タイヨウはただただ呆然とすることしかできなかった。
「全然意味が分からない、ここどこなんだよ!??」
先程から体勢を変えずに胡座をかいた状態で小さな声で悪態をつく。
万が一人や動物がいた時を考慮して声は絞ってある。
こんな状況でも諍い(いさかい)を避ける臆病な性格は無意識に染み付いた行動をさせる。
ただ声量とは裏腹にタイヨウの心は理不尽な現状に苛立ちが募り、握り拳に自然と力が入る。
「カー、カー!」
「!!」
カラスの一際大きな声にビクっとタイヨウの体が反応する。
その鳴き声はどこかタイヨウに不安を抱かせた。
どうも先程から自分のいるこの場所にどうも居心地の悪さを感じるのだ。
眼前に広がる風景は決して可笑しなものではない。
牧歌的で夕日を反射する葉の光は美しい。
しかしどうにもこの場所に長居する気を起こさせない何かがあるようにタイヨウには感じられる。
ヒュウとまたもやぬるい風が吹くそれにつられて葉がなびく。
まるでそこに意思を感じるかのようにいくつかの葉がタイヨウの足に絡みついてくる。
、
(………ままじっとしていても日が暮れて状況が悪化するだけだ)
条件反射で葉を手で払いながら重い腰を上げる。
ズボンの汚れを払いつつ、
(これは何かの悪戯だ。俺はそんなのに付き合わない!!今にテレビの司会者が草むらから出てくるはずだ!)
と無理やり楽観的に考えることにするとタイヨウは単純に山を降りるという選択取ることにした。
無事に下山できれば御の字であり、適当に歩いて登山道を探せればそれでいいやという考えであった。
そこにはそのうち目覚める悪夢か悪戯にもう少しだけ付き合ってやるかという気持ちしかなかった。
もう少しタイヨウに現状を真面目に受け止める冷静さがあれば、頂上への道を選ぶべきであるという考えに思い至ったはずである。
しかし突拍子もない展開にどこまでも圧倒され半ば不貞腐れているタイヨウの心理状態では、それは無理な注文でしかなかった。
2019/10/1 加筆いたしました。