依頼
古今東西には様々な物語がある。アーサー王物語や坂田金時、アイヌのユーカラなど有名なものからマイナーなものまで数多くあり、その中には実在したとされるものもある。しかし、これから語る物語は決して華々しいものでも、屈強な英雄の冒険でもない、ある一人の男の物語である。
その男は一度生を終えた。男は生前人の死を生業とし、数多の骸を積み上げてきた暗殺者だった。決して油断せず、偽名を使い分け、確実に依頼を遂行してきたその男の最期はあっけないもので信じていたものに裏切られ散っていった。
目がさめるとそこは白い部屋に黒の調度品が置かれた空間だった。−おかしい、自分は確かに死んだはず−そう思いつつ部屋を注意深く観察していく。どうやら死ぬ前と装備服装は同じのようだ
「ようこそ『ジョシュア・ホフマン』さま、お待ちしておりました」
「!」
突如背後から声をかけられ、さらにいきなり本名で呼ばれた男は素早くホルダーから銃を抜きつつ振り向いた
「お前は誰だ・・・私に何の用だ」
「落ち着きくださいジョシュアさま、私はマリアンヌと申します。いわゆる神の使いといったところでございます」
神の使いなどと自称する目の前の女に男は油断することなく銃を構え続ける。
「ここはどこだ、それ以前に私は死んだはずだ、それなのになぜこうして存在できている」
そう、「視覚」「触覚」「嗅覚」その他すべてが殺される前と変わらないのだ、それが死後の世界だと言われればそこまでなのだが、この目の前の人物が何かを知っていると思えて仕方がなかった
「そうですね。まずあなたをここにお呼びした理由をお話しさせていただきます」
・・・
話しを要約するとこうだ『現実の私は死んだ』ここはいい、殺された記憶が嘘じゃなかったということだからだ。問題は次だ 『私を異世界に飛ばした』だと・・・?しかもそこの世界の人間を救うために俺に依頼したいだと?馬鹿馬鹿しいにもほどがある、だいたいこういうのは日本の高校生が行くものだろう、そんな話を昔の仲間がしていたが。それにそもそも私は暗殺者だ、人の命を奪う側だ、とても救世主になんぞなれない。頭が混乱してきた
「標的はあなたの本業の『人』でございます」
マリアンヌとかいうのが心の中を見透かしたように答えた
「異世界に来てまで人殺しか・・・そんなものそっちの世界に職業としているやつなんてたくさんいるだろう、なぜ俺なんだ?」
「それは標的の話とも繋がってきます。殺してほしい人物というのが我々の送り込んだ転生者、いわゆる『勇者』なのです。」
ーかつてこちらの世界では人と魔族が戦争をしており、魔族が優勢を保っていました、人間たちも懸命に戦っていたのですがやはり魔力保有量、膂力の違いが大きすぎたのもあり魔族は着々と領土を広げていました。神は事態を重く見ましたが世界に直接干渉することはできないという制約があるため、たまたま勇者適正者が多くいた異世界、あなたのいた世界から多数の人物を転生させることによって調整を図ろうとしました。その際に特殊な能力を授けたりしたのです、結果戦争は急速に収束、世界は均衡を取り戻しました。しかし、欲が出たのか力に溺れたのか彼らは様々な国や街に戦いを挑み、現在では第3勢力として人間、魔族と争いを続けています。このままでは再び均衡が崩れてしまうのです、そこであなたに白羽の矢が立ったのですー
「事情はわかった、だが俺を送り込んだところで同じことの繰り返しなんじゃないか?」
「そう、そこなのです。そこがあなたを選んだ理由なのです」
「・・・・」
「誰を送り込むかにあたり契約に忠実でなおかつ確実に任務を遂行できる人物が適任だったのです、それがあなたなのですジョシュアさま」
「まるで俺がその依頼を受けるみたいな物言いだな」
「受けてくださらないのでしょうか」
「正直受けたくない」
「理由を聞かせていただいても?」
男は近くにあった白黒の椅子に腰をかけ、服のポケットに入れていたタバコを吸いながら話し始めた
「まずだ、話に出てなかったが現地の暗殺者を出して任務に失敗しているはずだ、違うか?」
「違いません、しかし・・・」
「二つめ、戦力差が圧倒的すぎる。さっきの話によれば人間より強い魔族とやらが歯が立たないんだろう?さらに能力とやらまで付与されているんだ、暗殺が上手くいかない可能性だってある。数で囲まれたら終わりだ」
「そこは対策を考えてあります、ですので・・・」
「三つめ、私にメリットが一つもない、依頼は双方が同じ立場で初めて成り立つものだと私は考えている。今の話を聞いて「はい、そうですか」といくわけにはいかない。もとより私に金だとかそういうのは一切必要ないし欲しいとも思わない、私のことを調べたのならわかるだろう?」
それだけじゃない、男にはこの話を断る理由があった
ー「私は先にいってるわ・・・だから・・・あなたは・・・もう少し・・・長生きして・・・」
(こんな世界があるんだ、あの世だってあるはずさ、もしあいつに会えたら・・・謝らないとな)
そんな思いにふけっているとマリアンヌが声をあげた
「わかりました、依頼を達成してくれた暁にはあなたの願いを叶えて差し上げます。それでもダメですか?」
どんな甘言が出てきても断る気でいた男は一瞬呆気にとられた
「それは死者を復活させることはできるのか?」
「できます、さすがに何年も前に亡くなった方を蘇らせるのは無理ですが・・・」
やはり断ろう、そう思ったその時自分がなぜ暗殺者の道に入ったのかを思い出した
「例えばだ、適性とやらがある人物以外でまだ生きているやつを連れてくることはできるのか?」
「?、できますが、お仲間ですか?」
「いいや、俺がこの道に入った理由、そいつを殺す」
「では、受けてくれると?」
「ああ、できる範囲のことはしよう」
(何年も探し求め結局見つからなかった・・・俺の妻を殺したやつ。そいつを殺すチャンスがようやくやってきた)
「では依頼の話に入りましょう」
続く