murders 〜あるひとつの狂気の話〜
※注意 残酷描写あり
十二月、七日。
その日も、世界という名の巨大な枠組みは日常を続けていた。
続いている。
そのことに、誰一人疑問を抱くこともなく、誰一人抜け出したいと考えることもなく、誰一人その中にいることを自覚することもなく、そして誰一人それを壊したいとも考えることもない。
そんな無感動な、しかしそれ故に存在する流れのある日々。
いつもどおりの流れ、いつもどおりの行動。
すべては、いつもどおり、『日常』の中を流れていく。
たった一箇所、その学校を置き去りにして。
× × × ×
今日も、いつもどおりの、けれどちょっとだけ非日常の混じった日が続くはずだった。
いつものように遅刻ぎりぎりに登校して、いつものように適当に授業受けて、いつものように気の会う連中と適当に話をあわせて、そしていつもどおりの昼休み。
本来ならばいつもどおり、話の合う連中の誘いを適当に受けて、適当な場所で適当な話でもしながら昼食、そしてそのあとに午前中と変わることない退屈な授業を受け、いよいよ決意とともに行動を起こす。
そう続くことに、何の疑いも抱いていなかった。
しかし、現状。
そう続くことがなかったことを、実感している。
僕は今現在、果たして明日の朝日を拝めるかもどうかわからないような状況に置かれているのだ。
今僕がいる場所は、暗い場所。具体的な部屋の名前を挙げるならば第三倉庫という、校舎二階に存在する資料や備品などが雑多に保管されている部屋だ。もちろん、用もない限りはいろうとするものもおらず、もし入ってきたとしてもそれは倉庫の中身に用があるものか、もしくは人の目に付かないことを利用し、よからぬことに及ぼうとするような連中だけだ。
無論、普段の僕はこんなところを利用したりするはずもない。
しかし、今は。
普段とは、
違うのだ。
日常ならざる異常。
いくら最近の僕が読書という文化から離れて久しいとはいえ、さすがにその表現を忘れることなどない。そして、今日という日が終わった瞬間、忘れることすらできなくなるはずだ。
「……………はっ」
自嘲するかのように、僕は笑った。
なにが『今日という日が終わったら』だ。
自分が、このままここでひざを抱えていて、その結果が訪れてると思っているのか?
自分が何も行動しなくても、誰かが結果を起こしてくれるとでも?
そんなこと、ありえるはずないだろう。もしその結果がほしいのなら、僕以外の誰が動けばいい?
第一、
僕以外のものが、
あの存在を停止せしめるなんて、
そんな妄言、
信じられるのか?
思考した時間、わずかに数秒。
僕は第三倉庫の固く冷たい床から立ち上がった。
あたりは暗い。しかしこの三十分ほどの間に目は慣れているため、歩くのに支障はない。
眼前の、隙間から光を内部に送り込むドアに手をかけ、開く。
――――――むっ
開けた瞬間鼻をつくのは、鉄さびの臭い。
開けた瞬間皮膚に感じるのは、ねっとりとした冷気と、異常な気配。
開けた瞬間死角に入ったのは、紅い色。
その赤は、『緋色』。
人体の持つ、命の色。
校舎内が、校舎内の廊下全体が血の色で満たされていた。
× × × ×
始まりは、わずかに三十分のこと。
予兆も前兆も予感も推測も憶測も感覚も予言も妄言も危惧も危機感も戯言も戯言も忠告も警告も予告も準備も打ち合わせも計画も筋書きも台本も思想も直感も怠慢も何もなく、
ある一人の少女が、ひとつの行動に出た。
いや、ある一人の少女なんていったら失礼かもしれない。同い年の人間をそう呼ぶことが失礼につながることぐらいは、いくら僕がたまに常識はずれな行動に出ることのある常識はずれであるとはいえ、知っている。
とにかく、ある一人の女子生徒が行動に出た。
『殺人』という名の、
日常を破壊する行動に。
否定することも、釈明することもできない、『生命の否定』という名の行為に。
一階の、廊下で。
手近にいた一人の少女の首に、
カッターナイフをつきこんで。
一人目を終えたあと、彼女の行動はすばやかった。
続いて二人目、三人目、四人目五人目、六人目。
まさに片付けるというような正確さ、容赦のなさで、彼女は次々と手近にいる人物の命を奪っていった。
確か、八人目が片付けられたときだったと思う。ようやく悲鳴が上がったのは。
その悲鳴が上がった同時に、周りの人間は今まで呆然としていた状態から一気に回復。パニックに陥り、一気に逃走を図った。
が、その程度であわてる彼女ではなかった。
逃走のために一階にやってくる人々を、彼女は次々と片付けて行った。見ていたからわかるのだが、それはもう、素人とは思えない手際のよさだったように思える。
そのとき、僕は階段のてっぺんからその様子を見ていた。
まさに早業だった、としか言い様がない。次々とあがる血の飛沫。倒れていく同輩。染まって行く彼女の体。次々に上がる悲鳴。
それは惨劇であり、同時にそれは殺人であったのだろう。出なければ、僕があんなにも見とれるわけがない。
それほどに見事な、殺人だった。
助かる人は、たぶんいないと思う。正確な医学知識を持っているわけではないからなんともいえないけど、とにかく彼女が狙っていたのは『首』や『目』、『胸部』といった致命傷になりやすい部分だけだった。
そして、パニックの波が収束、否それを構成する人間のほとんどが殺害されて、人の流れが全然別の方向に流れ出した後、彼女は、更なる獲物を求めて上の階へと上がってきた。
倉庫へと逃げ込んだのはそのときのこと。
以来、今になるまで倉庫の外を見ていない。
三十分で彼女は、どれだけの生命を蹂躙したのだろうか。廊下の壁にも、床にも、ドアにも窓にも血がびっしりだった。どれだけの狂気を使ったら、こんな破壊を起こせるのだろうか。
僕はとにかく、彼女の足取りを追うことにした。
どうしてそんなことを起こしたかはわからない。だけど、ただなんとなくそうするべきだと思ったのだ。
廊下へ全身を出す。
眼前に一人目の死体。女子生徒。『口』が首にもう一つ増えていて、その両方から吐血している。
その隣に二人目の死体。男子生徒。制服の胸部に大穴が開いていて、その中から微妙に肋骨と、わずかな内臓が顔を出していた。
向かい側に三人目。女子生徒。うつろに開いた目の片方が穴になっており、そこからちょっとだけ、その人の『頭の中身』が伺えた。
「………………………」
紅い引きずった後の先に四人目。あたり一面が赤くなるほど自分の命を放出していて、うつぶせに倒れてる。その隙間からその人の『中身』がチラッとだけ見えた。
その上に五人目。背中からガラスが生えている。
どうもこれだけの数を行う少し前に、最初使っていたカッターを紛失したかしたらしい。近場のガラスが一枚、割れていて、明らかに破片の不足が見て取れた。
「………なるほど」
なかなかに賢い人だ。それとも鋭い人というべきなのだろうか。
自分の周りにあふれているのが、『凶器(狂気)』であることを理解している。
それゆえ、今まで使っていた獲物がなくなった程度で中止にはしないだろう。
血の池を踏みつけ、先に進む。
すぐ先に六人目。仰向けに倒れて、鳩尾に空いた『口』から盛大に『嘔吐物』を吐き出し、『口』の中身をさらしている。
教室のドアが開いていた。覗いてみたら、そこに七、八、九、十人目がいた。全員がうつぶせになに、頭の辺りに血の池を広げて倒れている。ガツンと思い切りやられたらしく、三人ともインスタントな『能無し』状態だった。
三階への階段に十一人目。両目がガラスに成り代わっている。その上のほうに十二人目。上から突き落とされでもしたのか、首やら腕やら足やらがあらぬ方向へ曲がっている。
「へぇ―――十二人全員死亡か……………」
おい国家権力、お前ら一体何してんだ。さっさとこないから、どんどんどんどん彼女のスコアが伸びてんだろうが。こんなことのために俺らは税金払ってねぇ!
とか思っているぼくも、ちゃんとわかってる。校舎の外になんだかうるさい音を発する白い車が止まってることを。正確な位置をつかみ損ねてる、といったところか。それでも人海戦術で何とでもなると思うけど、どうなんだろう。その手の物事に関してそれほど正確な知識を持っているわけではないので、はっきりとは言えなかった。
そこで、僕は今までの彼女について考えてみることにした。
彼女は僕のクラスメイトで、頭がよくて、明るくて、そして異様なほど野に大人びていた。周囲の雰囲気を読むのも上手く、他人の感情に対しても敏感。人の考えを無碍にしない人物であったので人の流れの中心を覗けば、いつもそこに彼女はいた。
見た目の良し悪しはよくわからないけど、きっと彼女は美人な方に入る人物だったのだろう。だから、個人的にはあまり好ましい事態ではないけど、彼女に惹かれている男子も多かったはずだ。
踊り場に十三人目。両目に深い穴。指でも突っ込まれたのだろうか。胡乱に上を見上げるその目には、何も入っていない。
それよりもちょっと上の階段に十四人目。不良生徒だろうか、やけにだらしない格好をしている。手にはバタフライナイフを握っているが、そこには本人の首から噴出したもの以上の血はついていない。
「………………………」
少し考えて、バタフライナイフをもらっていくことにした。
「ほぅ。刃渡り八センチか。金属柄だね。しかも片刃か………いいやつだね、ちゃんと刃も和式だし」
何があるかわからなかったので、収納せずにそのまま持って歩くことにした。
死体は廊下へ続いていく。この校舎は四階建て、プラス屋上。だったらこの階か、上の階、あるいは屋上にいるはずだ。
教室の中に十四から二十人目。全員が首をザックリ。どうやら再び刃物を入手したらしい。そういえば下の階の家庭科室のドアが開けっぱなしになっていた。あそこは、刃物の宝庫。なるほど、今度は包丁か。便利なもの取られた。
その教室の前の廊下に二十一人目。背中に包丁一本。どうやら逃げようとしたところを一発食らったか。本気で容赦するつもりはないらしい。
横のガラスが大破していた。見下ろしてみれば、その下に二十二人目。ありとあらゆる方向に曲がった手足、全身いたるところから飛び出した白骨。ありゃあ、どんな風に手を尽くしても助からないだろう。
隣の教室に二十三から二十五人目。入り口から近い順に、首をばっさり、眼球空っぽ、内臓むき出し。
隣を覗いてみれば、やっぱり死体。たぶん二十五から二十七人目? 中途半端に解体されていて、正確に何人かはわからなかった。悪趣味なことに、開きっぱなしになった弁当箱に内臓がつめられている。
「………………………」
さすがに臭いがきつい。これだけの数の破壊だ。そりゃ、においもひどくなるだろう。だけど、ここまで二十七人皆殺しか。教員連中の死体がないところを見ると、とっとと生徒を見捨てて逃げ出したらしい。正解だ、教師たちよ。生き残りたいなら、あれには会っちゃいけません。
けれど、皮肉なものだ。
彼女は、確かに頭がよかったし、明るかったし、大人びてもいたし、人の流れの中心だったけど、そんな彼女が学校で目立っていたかといえばそうでもなかったのだ。少なくとも、クラスでは人気だったし、見た目も悪いほうではないけど、教師に対して目立っていたかといえばそんなことはなかった。確かにいろいろできる人だけど、それよりも上ならもっといる、そんな感じ。用はどこにでも一人いる感じの人。人より全体的にちょっと出ているだけの人間に対して集まる注目なんて、たいしたものではない。
それに、彼女は孤独だった。
ぬきんでたものはなかったとは言っても、彼女は『万能』だったのだ。大抵の人は近寄りがたいものを感じ、そして実際に近寄ることもせずにただただ彼女を『便利屋』扱いしていた。そして教師も、その状況をはっきりと認識していながらも、何もしなかったのだ。
けど、今は。
きっと一部の、自分こそすべての生徒の理解者になれる、などと言う高慢以上の傲慢、過剰以上の異常な自信を抱く教師はこう思っているだろう。
ああ、もし自分がもっと目を光らせていたなら、と。
けれど安心してください、先生方。そんなことしても、この悲劇は防げませんから。
真の異常は、決して目に見えないものです。
残酷劇は続く。
割れたガラスに二十八人目。背中からガラスが生えていて、反対側からもやっぱりガラスが生えている。デキソコナイの洗濯物のようだった。
反対側のドアに二十九人目。自分の中身を出しているくせに、ドアの中身に興味がおありのようだ。しかし、何もドアにはめられたガラスに首突っ込んで覗かなくとも………………
角を曲がった先に、三十人目。おお、いよいよ夢の三十人代に突入か。ここまで来ると、怖がるよりも感心してしまう。よく三十人も破壊しました。おめでとう。
その先の廊下に、手前から順番に三十一人目、三十二人目、三十三人目、三十四人目、三十五人目、三十六人目、三十七人目、三十八人目。全員がきれいに首をやられてる。血の海の広がり方がひどく、死体を踏まないと靴に血がしみこんでしまいそうだ。ちょっとごめんなさい、死体さん。そんな怖い目で見ないで。あなたも生きてたらこうしたでしょ? うんうん。自分がすることがどれだけやられる人にとっていやなことかは、自分がされてみないとわからないものです。
四階へ、上がる。
まだ蹂躙のあとが新しい。それに、足跡も、ある。そしてそれに従うかのような滴下血痕も。
壁に立てかけるようにして、三十九人目。まだぶちまけられてる内臓がきれいだ。血もまだ出てるし、この人がやられたのもそんなに前のことじゃない。
遠くのほうでガラスの割れる音。方向から判断するに、屋上のほうだ。もしかしたら、事態を何一つ把握していないサボり組みの皆様がいるかもしれない。その方々はお気の毒様です。ご冥福をお祈りしておきましょう! いやな事があったらさっさと切り替えてしまうのが一番です。
ちょっと進んだ先に、まだまだ新鮮な四十人目。両手首を切り裂かれた上で腹に穴を開けられている。だくだくと血の臭いを広げるその人は、急げばまだ助かるかもしれないと考えてしまうほどに、まだ人間らしかった。でもお気の毒。僕、その手の知識も、道具も持ってないから。お気の毒様です。
教室を覗いてみた。
今までの階とは違い、そこには一人しかいなかった。珍しいことに教員。首に包丁で開けられたような幅の広い穴ができてる。
絶叫が響いた。
「…………あららら」
どうも、屋上には本当にサボり組がいたらしい。ご愁傷様。ご冥福を、一応祈っときます。もう帰ってこないでね、怖いから。
角を曲がる。
そこ先にあるのは、階段だ。屋上へと続く、ほかの階にあるものと比べるとはるかに短いように見えるもの。
その階段には、『足跡』があった。
血の色の、印章。
四十一人もの人間を完膚なきまでに崩壊させた、いや、四十人というのはまだ自分が確認しただけの量なので、一階の分と屋上の分を含めたらもっと多いかもしれない。とにかく、それだけの破壊を行った、彼女のいる証。
もう一度、彼女について思考してみよう。
彼女は教師に対して目立つことは、確かにしてなかった。男子生徒に人気があると入っても、それもあくまでクラス内での比較の話。けれど、何も一番でなければ惹かれている人物がいないという理屈はないのだ。
そう、たとえばこの僕のように。
僕は確かに、
彼女という存在に、
心底惚れ込んでいた…………
この放課後、
告白しようと、トチ狂ったとしか思えない行動に出ようと、
本気で、考えていたぐらいに………
僕は走り出す。
ようやく会えるのだ。この残酷劇の主と。
パーティーの、主催者と。
そして、
僕が、惚れ込んでしまった人物と。
屋上へ駆け上がり、開きっぱなしになっているドアから寒天の元へ。
そこに屹立するは血色の衣纏う惨劇の主
死に接触し歓喜する、ただ一人の|存在不適合者(殺戮者)
美しい、少女だった。
自分と同い年、同じクラスはずのその少女は、今はそう思えない。全身を血色に染めて、手には血色の鋼を握って、足元に屍を置いて、そして悠然と微笑んでいる。
人にはありえない、人間には見えないような妖艶さ。
そんなものをもつ存在を、僕は『美しい』と、証することにしている。
たとえその人物が、それだけ『異常』であろうとも。
「……………まだ、いたんだ」
その人は、つぶやき、そして。
「………ようやく、来てくれた」
一気に、破顔した。
僕は、
「………どうもこんにちわ」
恭しく頭を下げ、
「此度はこのような立派な惨劇にお招きいただき、ありがとうございます。先ほどまで下では意見させていただいた死体(芸術品)を見せていただき、感謝します」
気取った言葉で、挨拶を述べ、
「では早速ですが…………」
頭を上げ、腕を前へ。
そしてそこに握られているものを、バタフライナイフを、突きつけた。
「僕と、殺し合い(ダンス)でも、いかがですか?」
宣言した。
「…………………」
それを聞いて、少女はしばらく黙り込んだ。顔を曇り空に向け、手にした包丁を地面に向け、そして意識はどこかへ向いている。その様は歳相応の少女そのもので、先ほどの惨劇を引き起こした張本人とは到底思えない。
「…………………………」
「…………………………」
僕たち二人は、それぞれの思惑の元黙り込んだ。
やがて、
「ねえ」
「何でしょうか?」
「殺し合い(ダンス)の前に、すこしお話でもいかが?」
「………喜んで」
× × × ×
ざくっ
どしっ
× × × ×
十二月。
とある高校にて、未曾有の大量殺人事件が発生した。
とある女子生徒(××セリカ 十六歳)が何らかの理由により、目に付く生徒全てを虐殺した事件である。
最終的には、死者 59名 怪我人 1名をだす大惨事となった。
唯一の生存者である××××××さん(十六歳)は腹部に重傷をおったものの、病院側の処置によって一命を取り留め、現在私立の総合病院に入院している。
容疑者は、首を大きく切り裂かれて死亡していた。この部分に関して、生存者である××××××の関連が問われているが、今の所確認はできていないらしい。
× × × ×
意外と結末はつまらない結果に終わった。
ベッドの上で半身を起こし、手にした新聞に目を通しながら僕はそんな風なことを考えていた。
彼女は僕に包丁を突き刺し、僕は彼女ののどを切り裂いた。そして切り裂いた瞬間に彼女は絶命、したかはどうかはわからないけど、とにかくその瞬間に意識を消失させて倒れた。
先に傷つけられたのは、僕。
そのあと離れることなく僕に首を切り裂かれたのは、彼女。
結果として『彼女』という名の狂気の塊は『僕』というそれ以上の狂気によって止められた。
最期の会話の中、彼女はほとんど、それらしいことを語らなかった。
自分の行動の正当性がどうとか、世界がどうとか、周りがどうとか、言わなかった。
語った内容は、要約すればわずかに数単語分。そのことばでさえ、世界や社会などに向けられた言葉ではありえなかった。
あんな言葉を、世界に向けて言う馬鹿はいるまい。
あれはきっと、
僕に向けられた言葉だ。
「…………あ〜あ、考えてみたら先越されちゃったのか、僕」
内心で、大きく嘆息する。
殺し合い(ダンス)の直前の会話の中で、彼女は
僕に向けて赤面必死な言葉をかけ、
そして直後に|舞踏(殺し合い)をはじめ、
何も言わずに、
死んだのだ。
正直なところ、かなりうれしい言葉だった。それはもう、あんな言葉だ。いわれて舞い上がらない男はいるまい。
「そういえば、返事、できなかったな…………」
新聞をたたむ。
――――まったく、あんな瞬間に………
そういえば。
「あ………考えてみれば、僕、人を殺しちゃったのか―――」
あ〜あ、と心の中で再び嘆息する。
やってしまった。
「これじゃあ、退院しても夜に出歩けないじゃないか………」
僕が殺人者であるとか、彼女が殺戮者であるとか。
そんなこと、本人が気にしなければどうでもいいことだ。
その程度のこと、罪悪感に思う馬鹿がどこにいる。
そもそも、僕たちは、たぶん方向性が同じだけど、程度の違う、社会的に見たバケモノだ。
ならば、
完全に狂ってしまうことに、抵抗はいらない。
しかし、きっと僕はそれを良しとしない。
僕は彼女に、生かされたから。
あの瞬間、彼女は僕を殺せた。
けど、彼女は僕という存在を生かすことを選び、そして僕に殺されることを選んだ。命を対価にした贈り物だ。それを捨てるなんて、どうかしてる。
「さて、と」
入院期間、一ヶ月。残りは三週間。
どうすごすと、しようか。
「人、殺さないようにしないとなぁ………」
ちょっとだけ、気が重かった。
病院から眺める空は、雪の白。
僕がもう間逆の色を、生命の赤を見ることは、なさそうだ。